第二章 『憤怒の果てに』
あんなに怒ったのは、あんなに人を殺そうとしたのはいつ以来だろう。
考えて見ればこの世界に来てから怒った事なんて今まであっただろうか。
いつもなら殺すという罪の意識を押し殺してドリムなり破綻者を葬ってきた。
だけど今回は違う。自分で殺したいと思ってしまったのだ。僕が......僕自身が......そう思ってしまったのだ。
************
迷焦は目覚めるなり一人にしては巨大なベッドから起き上がった。簡素なベッド、石畳の床。窓から差し込む光はまだ明るい。
どうやら迷焦は寮で眠っていたらしい。状況を把握するよりも前に迷焦は鏡で自分の顔を覗く。迷焦の瞳はさっきまでとは違いちゃんと黒っぽい。今ではあの時の殺意が嘘のように吹き飛んでいる。むしろいつもよりも清々しいほどだ。
「よぉ! 大丈夫だったか兄貴」
爆音寺が水の入ったコップを持ちやってきた。そのコップを受け取り迷焦は一気に飲み干す。
「まあなんとか。それよりもクレオスさんに謝りに行かなきゃ。どこにいるかわかる?」
「呆れたぜ兄貴。自分を恥曝しにしたあの野郎になんで謝りに行くんだよ」
爆音寺は椅子を引っ張り出し、それにまたがった。迷焦は頬をかいてバツが悪そうに目に少し力を入れる。
「先に手を出したのは僕のほうだし。それに罰の内容や接触理由も聞いておきたいから」
迷焦はベッドから出てまだ疲労感の残る体で立ち上がる。
それを見て爆音寺は呆れた様子で立ち上がる。
「しょうがねえ俺も行くぜ」
「うん、ありがと。それと今何時?」
「確か......二時くらいかな」
「そっかぁ......お昼食いそびれちまった」
ハハハ......。迷焦はお腹をさすりクレオス、敵の本拠地へと出向くのだった。
************
「で、落ち着いたのかい迷焦殿。さっきのようにいきなり刃物を向けられては危ないからな」
部屋全体はどちらかと言うと落ち着きのある校長室みたいな威厳のある雰囲気をかもちだす。家具は全て木製の茶褐色。
そして部屋の注意を集める机に肘をつけ、クレオスが指を組んで笑みを浮かべていた。
相変わらずクレオスの笑みは侮蔑の念が込められている。爆音寺はそれだけで苛立ちが立ちこめているが迷焦は動じない。本当に落ち着いたらしい。
迷焦は前に出ると一礼する。
「先ほどはすみませんでした。今はだいぶ落ち着いていますのでどうか安心してください」
それで、と迷焦はそこで眼差しを少し鋭くする。
「罰の件の前に一つ。なぜクレオスさんは僕を挑発するような言葉を会話の口々に挟んだのですか? それをお聞かせ願いたい」
迷焦はクレオスの表情を探る。クレオスはガブリエルであるディオロスの弟だといった。
なら考えようによってはボルス教の後ろにはガブリエルの存在があるのかも知れない。
そこはきちんと見極めておく必要があった。
クレオスは驚きに溢れた顔を隠そうとはせず、むしろ愉快そうに語る。
「迷焦殿よ。貴殿にはいささか心が無いように思えたのでな。何かに固執するあまり自我を失う貴殿を見るのが辛くてな」
「真面目に言ってますかそれ」
クレオスの愉快そうな言葉に迷焦の声のトーンが下がる。クレオスは組んだ指をほどき椅子を引く。
「冗談だよ。問いの答えは君が罰を耐え抜いたらにしよう」
クレオスは立ち上がり机に手を着ける。
「私との公式戦でな。勝てば罪を帳消しにし、問いにも答えよう。ただ、負けた時は公衆の面前で恥を晒して頂く。どうかね? まあはなから貴殿に決定権はないが」
憤怒の形相の爆音寺を抑え迷焦はクレオスの顔を見た。全体的に人を見下したかのような表情。しかし瞳だけは真っ直ぐに迷焦を捉える。
「わかりました。あくまでも公式戦なんですね。失礼しました」
迷焦がすぐさま部屋を出て行きそれに続いて爆音寺もクレオスを睨めつけながら立ち去る。
後に残されたクレオスの元に同じ派閥の一人が爆音寺と入れ替わるようにして部屋に入る。
「よろしいのですか? あそこまで怒らせるような事を口にしてしまって。他の派閥争いに支障が生じるのでは」
その言葉にクレオスは人を見下した顔を辞め、厳格のある顔に戻した。
「いいんだ。あれくらいやらないと迷焦殿はいつまでたっても進めないからな。まだまだ頑張ってもらわねば再戦の時に兄上に示しがつかないというものだ」
クレオスは眉間にしわを寄せ、難しそうな顔をする。
「彼は一度壊れた。これからは彼次第だよ。全く悪役も良いもんじゃないね」
************
迷焦と爆音寺はクレオスの部屋を出ると寮に戻り途中から合流した栞との三人で公式戦の対策を練る事にした。もちろん授業はさぼって。迷焦はクレオスにガブリエルの兄がいる事、もしかしたらボルス教はガブリエルと繋がりがあるかも知れない事を知らないであろう爆音寺に告げた。
「よくわかんねえけどクレオスが危険なのはわかった。けどそんなに強いのかクレオスの野郎は」
首を傾げる爆音寺。彼のレベルとなると大抵の事は怖くなくなるらしい。
「僕の怒りモードでも倒しきれなかったんだよ。何でもかんでも木っ端みじんに出来る爆音寺には及ばなくとも僕よりは強いよ」
それに、と迷焦は怪訝そうな顔をする。
「今はあの時の怒りモード? は使えないし。またストレスを貯めるのはめんどくさいし」
「良かったぁ......ならメイメイは何が出来るの? それによって戦法が変わるけど」
栞はいつ始まるかわからない公式戦のために速急に対応したいらしい。とにかく迷焦は自分のステータスを把握出来るだけ答えてみた。
「僕が得意とするのは創造魔法。そして武器の補助で氷魔法も使える。武器に苦手はなかったはず。近距離・剣、中距離・槍、遠距離・弓で使い分けえる。あとは敵との相性や気分でたまにだけど双剣やバスターソードも使うかな。
説明すると、
1.<氷魔法>
氷を生成する。地面の凍結、氷を使った武器なんかが作れる。
2.<創造魔法>
媒体を使って様々な物が作れる。(媒体が無く場合は数十秒で消滅する)
迷焦の場合は氷魔法で作った氷を媒体とする。
弱点は作った物のクオリティーは媒体に使った物のクオリティーに影響されそれより上のクオリティーになることはない。
氷精剣アクウィールを様々な武器に変える事をよくする。
3.<扱える武器>
特に苦手はない。主に剣、槍、弓を使う。
4.<身体能力>
常人よりは上くらい。ただし腕力は常人以下。回避ならばそこそこ出来る。(前はダントツで凄かったが)
「とりあえずこんなのかな。いつものの戦法は剣である程度対処して距離や相性によっては武器のチェンジ。相手の動きを制限してから氷の槍なりなんなりを大量投下、かな。
重い武器が使えないから空中から投下しか出来ないんだよ。腕力が低いからなぁ」
迷焦は自分の手を開いたり閉じたりする。その手は男子にしてはあまりにも細く弱々しい。
そんな手を見てため息をする迷焦に栞は大丈夫と声をかける。
「メイメイなら腕力の差はすぐに埋めれるって。問題はクレオスって人が使う炎だよね」
「確かに。炎の盾なんて聞いたことなかったよ。それにあの剣技。剣に火を纏わせてくるんだろうな。僕の魔法は結局のとこ火力不足だから相性でいえば悪い」
考えてもまとまらない。でも考えなければディオロスの時の二の前になってしまう。そもそも公式戦では寸止めなのか?もしくは迷焦にだけ不利な状況にされるのでは。
ぐるぐると不安が文字となって頭を回る。
頭に手をおく迷焦は何も思いつかない様子で顔を青くする。
「なぁ兄貴。魔法やら武器の変化なんかする時に技名でもいったらどうよ」
「「はぁ?」」
突然の爆音寺の言葉に二人の声がシンクロする。
「だからさぁ、考えても意味ないし。それよりも戦いで楽しめるようにしなくちゃ」
「てことはなんだ。僕はわざわざ中二くさいセリフを吐かなきゃいそないの、やだよそれ。というか真面目に考えてくれ」
「真面目だぜ。例えばさ兄貴も一度くらいなら魔法や必殺技を使う時に決めゼリフ言った事あるだろ。それやるとその威力が上がった風に感じないか」
ようは妄想だ。しかし案外この方法は悪くないかもしれない。迷焦が恥ずかしがってたまに氷魔法の時に『眠れ』って言っているだけだがようは発動させるための詠唱みたいなものだ。
これを使うとイメージで魔法を発動するこの世界では様々な利点があったりもする。
魔法などはそこセリフに関連した何かをイメージしやすく、結果的に発動時間の単純に繋がるし声に出せばその分やる気も上がり威力も高くなる。
「確かにそうだけど」
まだその中二病セリフに抵抗のある迷焦は言葉を渋る。
「でもそれ大半の人が使ってるよ」
「なっ! なら恥ずかしくないのか」
栞のその一言によって迷焦の決意が決まったようだ。
それからはあれよこれよと迷焦がその動作に関連しやすいセリフを考える。
一通り決め終え、話題はクレオスが何を企んでいるのかにうつる。
「クレオスって学院内に存在する二大勢力とか言われる内の一派閥のボスだろ。ボルス教だっけ、知らねえけど」
「なんでわざわざ公式戦を罰に選ぶのかなぁ。メイメイをみんなの前で痛めつけたいから?」
______なんつードSだ。そんなに恨んでたんですかねあの人。
迷焦は動揺を隠せずわなわなする。
「精神攻撃はやだなぁ。まあ向こうは僕を通して同じパーティーのノエルの派閥を攻撃する。が打倒かな。ただ僕は派閥に入ってないからノエルの方に被害がいくと思いにくいけど」
顎に手を置き考える人ポーズをとる迷焦の耳に扉を開く音が届く。
「その通り。うちの派閥を攻撃したいなら派閥内の一人を貶めれるなり罠に嵌めるなりすればいい。そうした方が派閥にダメージは与えられる。なのになぜ迷焦なのか」
そこには話で出てきた学院内の二大勢力のもう一つの首領にして最終試練攻略の最大大手“マグナファクトゥム”の幹部。
ノエルレイド・テオス・ユニコーンがなぜか男子寮のしかも寮塔の最上階のこの場所にへとやってきていた。
「ノエルさん!? あなたも授業さぼったんですか! 」
「問題はそこじゃないっつーの。うちの派閥に関わりそうだから栞たんのためにやってきたんや」
ノエルは相変わらずの派手な服を手で摘まみ、服が床に触れないようにして座る。
「ええか。クレオスの阿呆がわざわざ公式戦という形を取って迷焦と戦う。それはうちの派閥にとっては挑発であってもダメージにはならない。つまりは迷焦単独を狙っているんやな」
「なんで僕を? やっぱりあの時剣を向けた事を根に持っているから?!」
「知らんわそんな腐れ男共の考えなんか。それに勝てばその理由を聞けるんやろ。勝てばいいだけやないか」
「そんな気楽な。負けたらノエルさんの派閥にどんな被害が及ぶかわかんないのに」
するとノエルはただ単純に、
「負けはあり得んよ」
ノエルは負けた時のビジョンを持ち合わせていないのかつまらなそうに髪をいじる。
「一年前に見たあんたの方が断然強かったで」
「一年前?」
一年前といえば迷焦は何をしていたか。
ディオロスに剣帝試練で負けた後、様々な神獣と死闘を繰り広げていた。だとするとそれを目撃したらしい。各地を渡り歩いたのだから目撃者がこの学院にいてもおかしくない。
「あああの戦いを目撃した方だったのか。あの時はそりゃ必死で......まあそれでも神獣には結局一回も勝てませんでしたけどね。」
「でも今度戦うのは人。楽勝さね」
「そうだといいですね」
栞と爆音寺が話についていけない中、迷焦はクレオスへの戦いに自信を持ち始めていた。
そう。天災と恐れられた神獣との戦いで生きているんだから人くらいならなんとかなると。
そしてそのすぐ後、公式戦の時刻と場所が言い渡された。
『夜七時、魔法実習室にて行う。罰を受ける迷焦初等には始まる直前までルールを知らせないものとする』
迷焦に課せられた罰はなんと公式戦。ルールを直前まで知らされないままの迷焦は勝てるのか。
クレオスの強さに注目です!




