第一章 『日常~妖精のような少女~』
<翌朝>
早朝は肌寒いとさえ思える。森林に囲まれたここでならなおさらだろう。ウッドハウスの窓縁には小鳥たちがおもむろに集まり、朝のお喋りを始める。
そのお喋りには目覚まし効果もあるのかこの家の家主はそのうるさいと思えるほど騒がしく聞こえるさえずりによって目を覚ます。
まだ眠いのか閉じかけの目をこすり、ぼさぼさの髪のまま洗面台に向かう。
パシャパシャと顔を洗い、付着した水滴を丁寧にタオルで拭く。黒髪9:白髪1となっている髪を根元から解かし、寝癖が直ったら即終了。
彼は洗面台に手を突き、鏡に写る自身を見る。眠気が覚めたのかさっきよりもシャキッとした目をして、今日初の言葉を放つ。
「よし、今日も頑張りますか」
無道迷焦はこうして今日も1日を始める。
******
<王立治安院サンレンス街-会議室>
「だ~か~ら~。なんで一回目の通信切っちゃだ~か~ら~。なんで一回目の通信切っちゃうんですか! あれからが大事でしてね」
金茶色の髪をした少女が頬を膨らませ、その短髪が激しく揺れるほど激しく(自己主張の強い方はかなり)会議用の台を叩く。
少女が怒る原因は昨日、会話中の迷焦にいきなり通信を切られ、重要な一言が言えなかったかららしい。
少女の名はラル チャイリ。短髪の一カ所が三つ編みとなっているのがポイントだ。昨日の通信相手でもあり、迷焦の後輩だ。
可愛らしい顔立ちに明るさで満ち溢れている彼女にはファンが多いと聞き、どこかのアイドルの人?が第一印象だ。
対する迷焦は頭をフル稼働させ、必死の言い訳ならぬ和解の言葉を頭のインデックスから捜す。
見つけたのか、何事もなかったように平静を装う。
「敵の通信妨害がなかなかにハイスペックでしてね」
「彼らドリムにそんな知能はありません! 大体ドリムが単純な行動しかしないって教えたの先輩じゃないですか」
「ほら、あれだよ。奴らも日々進化をしているんだよ。人型ゴキブリみたいにさ。ちょ、ごめんなさい。だから手に持ってる杖離して。「攻撃だぞ☆」とか可愛い声で魔法ぶち込むのだけは勘弁してくれ」
迷焦は即座に頭を下げる。魔法が放たれたが最後、軽くてもスキンヘッドになることは覚悟しなくてはいけないからだ。
後輩に無様に頭下げる駄目な先輩の姿がそこにあった。
「おい、いくらお前らがお熱いからといってもだな、そろそろ本題に入んねぇと仕切り役のヒサミが怒り出すぞ」
2人の間に割って入った金髪の少年の一言で、みんなの視線がヒサミと呼ばれる女性の方に集まった。
腰まで伸ばした見事な黒髪を持つヒサミが髪を手で弄っている。きりっとした目元に端正なその顔には不満の表情がにじみ出ている。真面目な彼女からすれば時間通りに会議を進めたいのだろう。
もしくはただ2人で楽しそうに会話しているのが単にうらやましかっただけなのかもしれないが。
「あの、ヒサミ先輩。まさか苛々の原因に僕も含まれているので御座いましょうか」
「当然です。中立立場のあなたまでそっち側にいってしまっては私一人で3人をまとめなきゃいけないんですよ。嫌ですよ金髪のチャラ男がすでにいるというのに」
「おい、こら。平然と俺をディスってんじゃねーよヒサミ......こうなったらお前が今でもぬいぐるみと一緒に寝ている事を2人にばらしてやるか」
途端、ヒサミの顔が赤くなりだし、わなわなとしだす。
「なぁっ! なぜそれを......お願いします。それだけは勘弁して! もういいです。ユーリ君には残業確定、手当て無しの刑です」
すでに2人の耳に入っているきもするのだが......。ともかく真面目委員長キャラが開始早々崩壊寸前でかなり悪質な粛正を行うヒサミに助け船を上げるべくメイジが動く。
「ヒサミ先輩、キャラが崩れてます! きずいてください。これこそがユーリ先輩の真の罠なんですよ」
キャラ崩壊のヒサミを助け、なおかつ金髪ユーリを棚に上げるという難易度の高い会話を使う迷焦。彼がこの二年間に成長させたものはなにも戦いだけではない。
「まさか、そんなっ、あのユーリ君がそんな事をするようになるだなんて。馬鹿で女ったらしだけしか取り柄がないと思っていたのに」
「おい、今度は俺をバカキャラに仕立て上げるつもりか! そうはイカねぇ。というか馬鹿で女ったらしとかプラス要素一個もねぇじゃん」
普段は真面目な委員長キャラのヒサミと、黙っていればイケメンなユーリの口論の様子を見て、ラルと迷焦は互いに彼らが力尽きるのさまを見守った。
それからしばらくして、ユーリが音を上げた事によって争いが終わる。
「では、本題に入ろう。今日も1人この世界に転移した者がいる。ただな。この町周辺に転移したはずなのだが、道に迷ったらしく、郊外の森に入ってしまったようなのだ。
つまり今日の任務は探索となる。心してかかれ」
これが迷焦たちの仕事。王立治安院と呼ばれ、主な仕事は
1.異世界転移、転生者、召還者にこの世界についてのガイドをする。
2.この世界の害悪の排除。
3.チート持ちがその力で住民の迷惑にる行為をしている際、ガブリエル(違反者処刑戦闘隊)よりも前にチート持ちを粛正する事。
この世界はチート持ちや転移者にかなり厳しい。ガブリエルと呼ばれるこの世界の法を守りし者。チート殺しにして、空の上の天界に住むとか、神の力を扱うとかされる無茶苦茶な奴らがいるのだ。
その実態はチート能力者だけを多少の行いで粛正しようとする危ない奴らなのだ。
そんな奴らに目を付けられる前にこの世界についての法などを教えるのが王立治安院である。
「私とユーリ君は街の中を。ラルと迷焦は森の方をお願いします」
こうして今日も迷焦は仕事を行うのだ。
************
<聖域の森入り口>
サンレンス街の郊外にあるこの森は動物たちやドリムが多く、冒険者たちの狩り場となっている。森は茂みや枝葉が多く、隠れるのには適しているが探すのには不便なとこなのだ。
さらに森の奥に行くほどドリムの強さが上がり、最奥には天に浮遊するとされる天界にすら届きうるとされるほどの高さを誇る世界樹がある。その中にあるダンジョンをクリアする事が冒険者の最大の憧れだといえる。しかし当然のように難易度が高く未だ踏破したものはいない。
現在迷焦たちのいる場所はまだ入り口であるためモンスターの数は少なく、木漏れ日をさすくらいには木々の間隔が開いている。道は土で固められており、迷焦の家も付近にあるため彼の散歩コースとなっている。
「しっかし、先輩。この森隠れるところのオンパレードじゃないですか!」
「まあ隠れ場所が多くて未だに新しい隠れ家を作るガキンチョがいるくらいだからね。でもほら、きずいたら神秘的な場所に迷い込んでいた的な展開を望んじゃったりするもんだよ。新たな発見と思えばいいかもしれないよ」
そう言う迷焦も楽しいと言った表情は無いらしく夏の日差しを真っ向から受けしまっている。そのため彼の中には苦痛の文字しかない。
「でもやっぱりめんどくさいよなぁ。大体僕まで行く必要あるのかな?」
「あっ、本音出ました? いくら先輩が人見知りだからって一人さぼるのは許せません。社会に出るために必要なのはコミュニケーションですよ!」
ラルは拳をぐっとする。ラルの性格上、本当にコミュニケーションだけでこれからの人生を切り抜けようとするだろう。
迷焦は社会という言葉に反応したのか少し怪訝な顔をする。
「僕が嫌いな物は社会と糞親とナスだと言う事をお忘れですか。......最後のはたんに好き嫌いなだけだけど。とにかく僕はコミュニケーションは必要最低限でいいよ」
言い終えてから迷焦はきずく。隣に歩いていたラルがいない事に。振り返って辺りを見回してもいない。
「ラルっ! どこだ!」
慌てた迷焦は茂みの中に入る。______まさか結構強いドリムの襲撃か。だとしても気配がなかったぞ。
ざぁざぁと茂みの中を無理やり通り、服が破け、顔に傷が出来るが、そんな事を気にしていられないほど余裕はない。
ようやく広いところに抜け出した迷焦はその場の光景を見て、息をのんだ。
そこには小さいながらも泉があった。そしてその泉から流れる水が、ここにある植物を潤わせる。森の中のはずなのにかなり眩しい。見上げると葉で覆われているはずの中央部分がぽっかりと開いていて、青空が見え、金色の日差しがこの域を包んでいたのだ。
ここは隠れ秘境と言われる場所で、神秘的な森の泉の空間がそこにある。それは聖域とも思えるように人に荒らされた痕跡がなく、鹿やウサギが自由に走っている。
迷焦はそれを視線で追うと一本の巨大な大樹に突き当たる。正確には根だ。あまりにもでかい根が鹿の寝床と化している。
「通った時にはきずかなかったけど相変わらずこの森の大樹は大きいよな」
迷焦は感心するように大樹に魅入る。この領域は大樹が何本もこの泉を囲うようにして立っているためあまり人にはきずかれない。まさしく秘密の隠れ場所となっている。
妖精でも現れそうな場所だ。
この場所が気に入ったのかしばらく眺めていた迷焦はふと、なにかの音を聞いた。微かにだがそれは少女の声とわかった。
ラルかもしれない。そう思った迷焦はすぐさまその方角を目指す。(ただし動物たちを怯えさせないように走りはしない)
そして迷焦は根の一角に座る1人の少女を見た。銀髪をたなびかせ、動物たちを優しく撫でている。不思議な事にその少女は動物たちに囲まれていた。
見事な銀髪は肩まで伸び、混じる緑色の髪が異彩を放つ。瞳はペリドットのように透き通る緑色で、遠目から見ても思わず少女の瞳に引き込まれそうになる。
服は裾に向けて広がった白いワルピースを身纏い、少女の妖精めいた雰囲気を強調すると共に肌がいかに白いかを物語る。
まるで迷焦はおとぎ話の中に入ってしまったのではないかと思えるほどの可憐な少女に迷焦は思わず見とれていた。
雰囲気からして違う。迷焦が今まで出会った女性にこれほどまでに不思議な雰囲気をか持ち出す人がいただろうか。
本当にこんな少女が存在するのか。そう思えてしまうほど少女は人間離れしているのだ。
少女の顔は穏やかで微笑すらしている。それは何にまみれてもいない純粋無垢な笑顔だった。この夢世界ではその人の心が形になるといっても過言じゃない。人間みなどこかしら汚れている物なのだ。しかしそれが少女にはない。
奇跡としかいいようのない少女なのだ。
しばらくその光景を眺めているとふいに少女がこちらに近づいてきた。驚いて後ろに下がろうとする迷焦の手を少女の手が優しく包む。
「ねぇ、何で泣いてるの?」
少女が迷焦の顔に覗き込む。その頬にはうっすらと赤みがあり、可憐の言葉がよく似合う。
そして少女の言葉の意味にきずき、迷焦は自分が涙を流している事を初めて知る。
「あれ、ごめん。なんか感極まったっていうか」
少女にハンカチを貸してもらい、情けないながら涙を拭く。
不思議だ。迷焦は社会への不信感から信用のない、初対面の相手にはきつい態度をとるのが普通なのだ。しかしそれが無い。少女の妖精めいたその容姿にただ感極まっただけだと思うが。
「その、ありがとう。僕は無道迷焦。一人の少女を探しているんだけど茶色の髪の人見なかった?」
少女はメイジを不思議そうに見る。やがて小鳥のさえずりのような声が迷焦の耳に届く。
「ワタシは栞。夢美奈栞......です。見てない......ワタシもその道に迷っちゃったんから」
この少女こそが迷焦たちの捜す今日異世界転移した人だった。
今回はメイジの日常風景を描いたのですがどうでしょう。いきなりキャラが増えてすみません。
無道迷焦 主人公
ラルチャイリ 後輩
ユーリ ちゃらそうな先輩
ヒサミ 普段は真面目な先輩