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第二章 『嫉妬からの殺意』

 無道迷焦は決して弱いわけじゃない。創造魔法が使える事を除けば魔法才能はゴミだが武術に関して言えばどの武器でもそつなくこなせる。失った身体能力のままでさえ平均よりは上にあると思う。

 ただ迷焦の取り巻く環境が悪かった。爆音寺、栞、ノエル。この三人が優秀なだけなのだ。

 ノエルなんて学院ではお嬢様と呼ばれているらしい。


 しかし迷焦はそれを良しとしなかった。自分がただ弱いだけだと。失った身体能力はいつ戻るのかわからない。だから迷焦は一人で特訓を行うのだった。


 林で一人剣を振る。しなやかに無駄の無いよう。動きを変えつつ流れるように、一つの剣芸であるかのように剣を振る。

 額から出る一粒の汗が朝露のように零れ落ちる。徐々に日の光が静寂を払うこの林で迷焦は大地を舞う。

 空を斬るその剣は数をこなすと共に一振りに発する音が次第に微かになってゆく。

 百回、千回、万を越す数剣を振り続ける迷焦は体の一部であるかのようにその動きに磨きをかけた。

 ただ一つ。強くなるため。その一点を目指して。



************


 相変わらず爆音寺の朝は遅く、迷焦がいつものようにお越しにかかる。

 幸い今日は朝食に間に合ったらしく食堂の席で食事をとる。

 パンをむしゃむしゃとかじる爆音寺は食堂の真ん中を陣取るある集団を遠目から見る。その真ん中には赤、黄色と派手な服に額から生える一角という目立ちまくる少女がいる。迷焦たちと同じパーティーのノエルだ。彼女は相変わらずの口調だが、その仕草には気品を感じられる。

 一応学院のお嬢様らしい。


「ほんとだったんだな、あいつがこの学院の二大勢力の内の一派閥だったなんてな」


 この学院内に存在する二大勢力。この間の金髪の男のいるボルス教。

 そして最終試練を目指す最大規模の組織、マグナファクトゥム。そしてノエルはそこの幹部だそうだ。


「それは僕も思った。爆音寺が寝坊さえしなければもっと前に知れたのに」


「俺は学院の拘束には縛られねえ人間なんだよ。それよりあれだ。兄貴も最終試練目指すんだろ。だったら知り合いのノエルに頼めばその......マグナファクトゥム? が協力してくれるんじゃねえか」


「以外! 爆音寺が頭を使ってる!!」


「俺だってガブリエルの野郎との戦いから変わったっつーの!」


 わおと開いた口を抑える迷焦は内心で確かにと呟く。ハルシオン内で最大規模の組織集団の力を借りられれば確かに最終試練に多いに役立つ事だろう。ただ......


「僕は他人の庇護を受けるつもりはないよ。勝ったとしても組織の方々に利益のほとんどがいきそうだからね」


 迷焦の目標は最終試練をクリアして栞の願いの妹の蘇生と迷焦の弟の蘇生を叶える事だ。

 しかし最終試練では神を倒して誰かが神になるというものだ。他の誰かが神となったとして迷焦たちの願いを聞き届けてくれるのだろうか。くれないだろう。だから迷焦は他人の傘下になるつもりなど微塵もなかった。

 

 迷焦がきっぱりと告げると爆音寺は嬉しそうにして肩を叩いた。


「それでこそ兄貴だ。兄貴のパーティーには俺が付くから安心しろ! もちろん利益はいらねえ。言うなれば神よりも強くなったっつう証が利益だかんな」

 

 迷焦は参加してくれる仲間が増えた事に喜びながらも心の端で何かがくすぶった。

 蠢く何かを感じながら迷焦はそれを悟られぬよう笑顔でこう言った。


「おう、期待してるよ」


 

 そしてそんな迷焦を何者かが食堂の出入り口付近で観察していた。


「そろそろ迷焦を正してやるか」

 

 まるで迷焦の中に芽生える負の感情を知っているかのように、しかしどこか危ないと感じる声音で。

 金髪の男が何人かを引き連れて不気味な笑みを浮かべた。



************


 

「で、メイメイは最近体の調子どう?」


 授業の終わり。廊下でシーカー(生徒)たちの声や足音が慌ただしく飛び交うこの場所で、栞はたまたま会った迷焦と隣を歩いて何気ない会話を楽しむ。

 迷焦は顎に拳を当てて考える。もう片方の手を開いたり閉じたりしながら体の調子を確かめる。


「ぼちぼち。やっとこさ十二の時の自分に追いついた感じかな」


 ひとえに早朝の訓練の成果だろう。地道にコツコツやることは無駄じゃ無いのだ。

 

「それから剣、槍、弓とあとブレスレット。とりあえず僕の武器の変化の種類はこれくらいまで扱えるようになったよ。栞に言われた通りブレスレットっていいねこれ!」


 そう言って迷焦は左手首にはめられた紺碧のブレスレットをかざす。

 創造魔法によって形を変化させた聖霊級武器だ。ブレスレットは迷焦の腕で淡い青の光を放ち、端から見てもただのアクセサリーにしか見えない。

 ブレスレットとという形を提案した栞は得意げに胸を張る。


「その形から一気に剣に変えれば不意打ちもしやすいでしょ!」


「まあこの学院内では使わなそうだけどね。そもそも僕は暗殺やりたいわけじゃないんだけど。持ち運びには優れるからありがとね栞」


 えへへ、栞は嬉しそうに笑う。その仕草が子供っぽく、まるで父の日にプレゼントを渡した娘のようだ。

 これでも栞は学院の中じゃミステリアス系な少女らしい。妖精じみた容姿もあってか学院内ではそこそこ人気でちょくちょくパーティーへのお誘いがようなのだ。


「栞さん、お時間頂けますか?」


 後ろから男の人らしい声が聞こえ、二人は同時に振り返った。

 見ると背丈の高い金髪の男が後ろにお仲間を二人ほど引き連れていた。

 また勧誘だろう。迷焦は呆れた様子であったが金髪の男の顔を見るなり顔がこわばる。

 

「唐突ながら栞さん。我が派閥、ボルス教の傘下になっていただけませんか」


 そう。金髪の男はボルス教であり、前に爆音寺といざこざのあった奴だった。

 しかしそんな事があったとつゆ知らず、栞は背の背丈に動じない様子で言葉を投げかける。


「あなた誰ですか? 自分の名前を最初に言う。常識だよ」


 こんな言葉が返ってくると思わなかったのだろう。一瞬だが頬の辺りがピクリと動いた。しかしそれだけで真剣な眼差しを絶やさない。


「失礼しました。私はクレオス・ラナベント。昨年の剣帝試練優勝者、ディオロスの弟に当たります」


 金髪で長身にして体つきが良い。そして厳格な顔立ちはよく見れば整っている。そしてクレオスといえばこの学院では名の知れた炎使いの名剣士だ。

 そして彼が放った一単語が迷焦に強烈な敵意を生み出させる。


「なあっ!」

 

 今のセリフ、あれは迷焦に向けて放った言葉だ。

 ディオロスとは昨年ガブリエルとなり、迷焦が最終試練を一度諦めた原因なのだ。そのディオロスという言葉を出したからには何かをしでかすつもりなのかもしれない。

 警戒する迷焦を見るなりクレオスは邪悪な笑みを浮かべる。


「栞さんの魔法才能は素晴らしい。しかし今のパーティーは連携どころか個々の力でごり押ししているような物でしょう。それでは栞さんは活かしきれない。

 試しだけでも内のに入って頂けないでしょうか。優秀な剣士の揃った我がパーティーに」

 

 クレオスは深々と栞の前でお辞儀をする。一見礼儀正しいように見えるがこれもさり気なく迷焦を侮辱している。

 今の栞のパーティーで剣士なのは迷焦だけだ。もちろん正式な区別はない。だが剣を握っているのが迷焦だけなのだ。そして優秀な剣士、つまりは迷焦よりも優秀な剣士がいるからそいつは捨てろという事だ。

 迷焦は必死で怒りを堪えるがその姿を見てクレオスは笑っている節がある。迷焦はこみ上げてくる怒りを抑えきれず今にもはちきれそうになる。まるで怒りを閉じこめておくガラスに亀裂が入るような。


「ちょっと良いですかクレオスさん。勝手に僕の仲間を引き込もうとしないでください」


 迷焦が横から抗議するとクレオスからさっきまでの礼儀正しさが消え、軽蔑に似た眼差しを向けてきた。


「部外者は黙って頂きたい。私は栞さんと話をしているんだ。弱者は黙って立ち去れ!」


 バキバキバキ。

 その時明確に迷焦の中にで殻が破れるような音が鳴り響き、眠っていた闇が動き出す。


弱いのは嫌だ。


惨めなのは嫌だ。


周りよりも強くありたい。


強さが欲しい。


あいつを殺したい


刃向かう者を全部凪払える強さをよこせ。



 迷焦がこれまで心の奥にため込んでいた醜い部分が蠢きだす。嫉妬、憤怒、強欲。様々な闇が迷焦を殺戮の衝動を駆り立てる。

 まるで悪魔が乗り移ったかのように。迷焦の闇が他の闇を呼び寄せたかのように。

 明確にオーラが変わる。

 迷焦の雰囲気が殺意に満ちた者の物へと。

 そして血の赤と化したその瞳はクレオスを捉える。

 そして迷焦は殺意に満ちた匂いを漂わせながら明るく笑う。


「死ね」


 迷焦はブレスレットと化したアクウィールをすぐさま剣型に戻しクレオスの背後に一瞬で駆け寄った。

 クレオスもここでようやく何が起こったのかを察知した。自分が殺されかけているとあう事を。腰に掛けてある厚みのある剣を抜くや迷焦の剣に合わせて攻撃を防ぐ。

 迷焦は剣が防がれると即座に後ろに跳ね、その反動で前に飛び出す。さすがは名剣士、突如の事態でも冷静に対応してくる。

 迷焦を止めるべくクレオスは動き出しのところを狙う。動き出しならば一旦動きを止めるか左右に横転して避けるかしかない。クレオスの剣は正確に迷焦を抑えにいく。

 だが迷焦はそれをターンで回避。速度を維持したままクレオスの懐に飛び込む。

 殺すために。

 そう。クレオスは迷焦を殺せない。なぜなら今ここで殺すとクレオスの立場が危ぶまれるからだ。そうした殺さないよう無意識の内に動きをセーブした剣では殺す事だけを考えた迷焦の剣は防げない。

 クレオスは炎魔法で作られた火炎の障壁で迷焦の攻撃を一度防ぐ。さらに炎で迷焦にダメージを与えようとするがそれは氷魔法で相殺される。

 迷焦は確信した。今の自分はクレオスよりも強いと。


 栞はそんな迷焦を見て苦痛に歪んだ顔をする。単純に悲しめないのだ。

 なぜなら今の迷焦の動きはかつて失ったはずの機動力に近づいているものだからだ。迷焦が強くなる。それは喜ばしい事だが今の迷焦の顔を見ても喜べはしない。あれは殺戮者の瞳だから。

 普段から迷焦は身内のためなら人を殺すと冗談めいた口調で言っていた。

 しかし今は身内のためじゃない。迷焦は自分のために剣を振るい、目の前の敵を殺そうとしている。

 本当にこれでいいのか、栞は迷焦の姿を見ながらそう感じた。


 この戦いはもう迷焦が一方的に攻める風に変わっていった。クレオスも攻める。しかし迷焦はその攻撃を軽々といなし、弾き、火花が辺りにはじけ散る。廊下には無数の亀裂や切り傷が目立つ。

 腕力ではクレオスに劣るものの殺意という感情が今の迷焦を強化する。


「やっぱりなぁ。強さは意志の強さばかりだと思ってたけど一瞬の勝負ならより強い感情を持っている方が強いよね。それが殺意だとしても」


 クレオスは足を狙って剣を滑らすがこれも迷焦は高く飛ぶ事によって回避される。そのままの勢いで上からクレオスにたたみかける。

 迷焦の体からは黒い瘴気みたいな物がうっすらとだが出ている。

 この感じは、


「破綻者だと! 闇へと落ちたか馬鹿者が!」


 その言葉に栞の耳がピクリと反応する。

 破綻者とはこの世界に住む人が自分を呪い、負の感情に犯され存在理由という人間の殻を壊したもの。人間の醜いもう一つの姿のはずだ。

 しかし迷焦の姿は化け物などではなくいつものままだ。

 だとすれば存在理由の方に問題がある。それはこの世界で自身を他の物と区別するためのに自身の存在する意味を形とした肉体の代わりなのだ。本来なら破綻者になる際自身が存在する意味を否定する、もしくはねじ曲がる事で化け物の姿になる。

だから............


「貴様、存在理由を書き換えたのか」


 つばぜり合いとなり、剣が音をたてて炎と氷がぶつかり合う。

 そしてその問いに迷焦は軽く答える。


「うん。だってこの世界の定義は曖昧だからね。何も書き換えれないなんて事はないんですよ」


「しかしそれでは元に戻れなくなるぞ」


「必要ないですよ」


 剣の角度を変え弾く迷焦。そして動きのギアはさらに高まりつつある。

 そしてクレオスは剣の腹で叩きにきだした。少しでも迷焦に当てやすくするためだろう。

 迷焦はそれも難なく回避する。

 

 その一歩手前、


「メイメイ! 身内がどうなってもいいのー!」


 突然の不意打ち。栞が後ろから叫ぶ。もちろんそれだけで迷焦の動きは止まらない。

 しかし迷焦は身内という単語を耳にして考えてしまった。

______身内がどうなってもいい? 身内に何かおきたのか!


 思考がそこで途切れ、迷焦はクレオスの剣によって弾き飛ばされた。


「ゴフゥッ」


 壁にぶち当たられた迷焦はそこでうずくまる。幸い当たったのが剣の腹だから良かった。

 しかし迷焦は負けたのだった。また。

 突然栞の声が聞こえた。妨害するために。仲間だと思っていたのに。

 そして栞の方を見ると彼女はしゃがみ込んだまま泣いていた。なんで? 

 迷焦の頭に疑問が浮かぶ。

 いつの間にか人だかりが出来ており、その中の一人がこう呟いた。


「怖え」


 慌てて迷焦は創造魔法で鏡を作り自分の顔を見た。そごに映っているのはまぎれもなち自分だった。しかしその瞳は血のように赤くなっており、殺戮者を思わせるが張り付いている。

 

「これが僕?」


 自分でも思う。この顔は怖い。呆然と座る迷焦にクレオスは威厳のある顔でこういった。


「校則違反だ。無道迷焦。貴様には罰を下してやる」


 その言葉を最後まで聞けなかった。朦朧とする意識の中、迷焦はその場で気絶した。



 

今回は貯まっていた迷焦の嫉妬なりといった感情が殺意となりました。衝動的な行動とはいえ学院で罪を犯した迷焦はこのあとどんな罰を受けるのか。


出来れば冷めないよう展開を考えます。

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