第二章 『転移魔法』
この世界、ハルシオンはなかなかに広い。北の端に存在する世界樹付近の街サンレンスから魔法都市ソロモンまでの距離は馬車で最速一ヶ月かかるらしい。この世界の馬の馬力を考えるとなかなかに離れている。
それでも魔法都市ソロモンはまだ北よりに存在している。王都なんて言ったらさらにそこから三ヶ月はかかり、辛抱強くない異世界転移者はここら辺で折れてしまうだろう。
ファンタジー(中世のヨーロッパ)を主な舞台としたこの世界で車なんてあるわけもなく、飛行機なんてもってのほかだ。
しかしファンタジーならではの移動手段もちゃんと存在する。
“転送”だ。
王都などの重要な都市を主に各地には転移補助神殿が存在する。これは魔法使いの転移魔法をキーとして発動する大型の魔法で各地の転移補助装置へとテレポートしてくれる便利な移動手段なのである。
そして迷焦たちの次なる目標は転移補助神殿のある街、サテンだ。
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街の中は布で溢れていた。布一枚を服にして着ていたり、屋根も布、鞄も風呂敷を思わせる一枚の布だった。
布産業が盛んな街
ここではいたるところにカラフルな布があり、それが普通だった。
「メイメイこの街楽しそうだよ~!」
夢美奈栞はそんな街で目を輝かせていた。布が盛んと言うことはもちろん服の種類も多い。
各店舗には様々な種類の服が陳列しており、それが栞の視線を奪うのだ。とてもまずい事となったと迷焦は落胆の表情を浮かべる。
何がまずいってそりゃ金が無いのだからそもそも買えはしないからまずいのだ。
栞の瞳はいつにも増して輝いてる。そんな彼女に金が無いから買えないと告げるのか非情と言うものだろう。原因がなんであれ身内を悲しませるわけにはいかない。
金無し迷焦は栞の笑顔を守るため、再びインデックスをフル稼働するのだった。
結局のところ服は諦めてもらい、再び馬車で街中を通過する。たまに揺れる馬車の台に跳ねながら迷焦は栞に最終試練についての情報を今一度聞いてみた。あくまでも学校で学ぶのは最終試練のための準備なのだ。旅行ではない。
栞は足をばたつかせながら楽しそうに呟く。
「そんなの神様を倒せばいいんでしょ。簡単だよ、ワタシが魔法を覚えさえすれば」
自信満々に答えた栞だが大雑把過ぎる。たまらず迷焦が補足に入る。
「まずは“称号”と呼ばれる二つ名と言う強さの証明書が必要なんだけどね」
「称号? なにそれ聞いてないよ! メイメイ、それはどこで手に入るの!!」
身を乗り出して迷焦に問い詰める栞だが彼女は迷焦の顔が赤くなっている事に気づいていない。女慣れしていない恋愛初段の迷焦は顔が接近するだけで恥ずかしがってしまうのだ。
栞はその事に気付かずにぐいぐいと接近して来る。迷焦は感情を押し殺して平然を保ち、栞を押し止める。
「えっとね、高難易度のダンジョンの踏破もしくは剣帝試練などの武の大会で優勝した人に称号が与えられる。そして最終試練ではその称号を持つ者が最低一人は必要なんだよ。だから僕らもどっちかに挑戦しなきゃいけないんだ。
え~と、まさか知らなかった?」
図星だったらしくわなわなとさせる栞。転移前のあのピエロ男から何も聞いていない、もしくは迷焦と同じように話を聞いていないのかも知れない。
とにかく説明は大事だ。迷焦は驚きを抑えて称号の大切さを栞に詰め込ませる。
「言いか、称号を持っているってのはこの世界ではノーベル賞クラスに名誉な事なんだよ。それがあればガブリエルにも成れたり貴族の地位も獲得出来るんだよ! まあ神の前じゃそんなの一度きりの挑戦権くらいにしか効力ないけど」
はぁぁと迷焦はため息を吐いてしまう。ボルスの強さがだいたいどのくらいかわかる逸話を知っている迷焦はそこで表情を曇らせる。一度きりとはつまり戦って生き残れないと言う事だ。
栞の方もボルスと言う殺すべき神の名前を聞いて興味津々だ。
「メイメイ! ボルスってそんなに強いの? ワタシよくわからないよ。メイメイは専門用語ばっかり口にするし」
「今の会話に専門用語あったかな? まあいいや。ボルスの逸話なら街の人でも知っているだろうしそこの人にでも聞いてきたら」
栞はコクリと頷き、馬車を降りた。前には商売に励むひょろりとした外見の男がいるので栞は構わず話しかける。
「おじさん、ボルスについて何か知ってる?」
「なぁっ............」
(馬鹿野郎......)
男は禁忌にでも触れた直後のように顔を青ざめ口を開けたまま固まる。迷焦ほうも顔を手で押さえる。ボルス教というどえらい集団の人かも知れないのだからそんなストレートで聞くのはタブーと言うものだ。
男の方もいきなり栞の口を抑えて辺りをキョロキョロする。誰も見ていないのを確認すると腕で額の汗を拭く。
「ったく危ねえだろ! ボルス教の奴らに聞かれてたら処刑もんだぞ。出来ればさんか神を付けろ!」
「は~い」
悪い人では無いらしい。腕を組むと少し考え、小声でだが教えてくれた。
「いいかボルスってのはな、文字通り神だ。話じゃあの天を統べるガブリエルたちを百人同時に殺したらしい。あり得ねえよ、化け物過ぎだぜ。さらに近々百年に一度の復活があるらしい。この世の終わりだぜ。最近、ボルス教の奴らの動きが活発になってやがるから多分合ってる。
嬢ちゃんも気をつけな。挑もうなんてしない方がいいぜ」
その話を聞い終わり馬車に再び座る栞。だがその顔は理解仕切れていないようだ。
「メイメイ、ガブリエルってどのくらい強いの? ワタシメイメイの話でしか聞いた事無いから」
迷焦は散々な目に合わされたガブリエルへの恨みを押し殺す。
「前の僕よりも強い。やろうとすれば地形も変えれるし、国も滅ぼせる」
「メイメイより強いなんてその人達凄いね」
関心しなように栞は頷く。
「(......まあ次までには勝てるようにしないと命が危ないんだけどね)」
ボソッと呟いた言葉は栞の耳には届かなかった。
その後は華麗な踊りを見せる剣舞の横を通り抜け、しばらく馬車を走らせると巨大な遺跡みたいな場所へとやってきた。なんというかストーンヘンジに近い。石でできた簡単な作りの囲いがあり、床にはアニメでよく見る魔法陣が姿を見せる。
近くにはローブを着たいかにも魔法使いな人達が突っ立っているため転移させて貰えないか迷焦は尋ねてみる事にした。
案の定許可が降りたので馬車ごと迷焦たちは魔法都市ソロモンへと転移してもらえる事となった。しかも代金は税から支払われているため事実無料という驚きのプライスレスだ。
迷焦は嬉しさのあまりガッツポーズをしていた。無一文の彼らには嬉しすぎる事なのだ。
魔法使いの一人一人に頭を下げ、二人は遥か彼方の距離を転移した。
そして迷焦たちが目を開けるとまず剣が飛んできた。
「「えっ?!」」
顔面に突っ込んでくる剣は恐ろしき鋭さを放ち、迷焦は本能に身を任せ、首を傾ける。剣は迷焦の頬すれすれを通過し、道路にでも転がった。間一髪で避けた二人の前には荒ぶる不良たちが。どうやら転移直後の隙を狙った新手の盗賊たちらしい。
勝てないと判断した迷焦は氷魔法で盗賊たちを凍らせ、即座に馬車を走らせた。二人は懸命に馬車の速度を上げ、栞は緊急事態なのかいつもよりも大声で呼びかける。
「メイメイここが魔法都市ソロモンだよね。なんで盗賊たちがいるの!!」
「んなもんどこの世界にもいるから。ちなみにここでは冒険者の育成所がある。それがこれから僕らが通う場所さ!」
ニャハハと笑う迷焦はどこか楽しそうだ。
「メイメイったら......あれ、僕ら?」
「そうだよ僕も通う事にしたからその学校。お金無くなったからそれ以外の方法が無いんだよ。奨学金ありで飯と寝床がついてくるなんて今の僕には夢のようだからね」
迷焦も自分と同じ学校に通う。その事がひどく嬉しいのか万歳をする栞。
迷焦も照れた様子で鼻をすする。
「だからこれからは同じ学びやとしてよろしく。栞」
こうして二人は魔法都市ソロモンへと着いたのだった。
どうも、今回はようやく魔法都市ソロモンへと突いたのでした。次回から学園ものにしたいです。




