第一章 再来の試練編『仕事~試練を諦めた少年~』
巨大な入道雲の数々が空に浮上し、ラピュタの光臨を思わせる。見上げれば雲の隙間、遥か上空に何か大きな物が浮かんでいるのが見える。天界と言われる別世界が広がっている。らしいが今の人の技術ではあそこまで行けないらしい。
そこから舞い降りる光のカーテンが森の中にある小さな平地だけを優しく包む。光はすぐに止み、ただの平地へと戻る。
そこだけは木々が無く、切り開かれた場所は円型と綺麗に整えられていた。
ここは世界樹の周りにある広大な森《聖域の森》の端。
軍服を思わせる青色の服装をした迷焦は、遙か遠くの世界樹を背に、誰もいないはずの森を睨む。
『前方より敵多数! 敵は武装したゴブリン型のドリムです』
突如、迷焦の耳元に甘い声が鳴り響く。耳元にはふわりと小さな光の粒が浮遊していて、この光の粒から声が聞こえる。
迷焦はこの森から出てくる敵を倒すために待ち伏せをしていた。そして、光の粒から聞こえてくる声をメイジは安堵した表情で耳を傾けている。
『先輩、ドリムを片付けちゃえ~!』
「はいはい、了解。それで、後の2人はこっち来れそう?」
『ヒサミ先輩は“破綻者”の処理。ユーリ先輩は異世界転移して来た者の案内をやっていて手が空かない状態です。なので先輩一人で頑張ってくださいね!』
声の持ち主は無残にも迷焦一人で戦わせるようだったが、本人は慣れているのかさっさと柄を握り、いつでも剣を抜ける状態にした。 この世界に来てから二年。迷焦はファンタジーならではのモンスターと戦う仕事をこなしているのだ。
さっきのはこの世界で言う通信魔法のようなもので、自身の感情粒子をとうして他者と会話する事が出来る便利魔法である。
『先輩、それでですね。この戦いの勝利の暁には私と』
その言葉が言い終わらない内に迷焦は光の粒耳から離す。敵が来たから仕方ないのかな?うん、仕方ない。そう迷焦は判断したようだ。
前方の木々からのそのそと鎧を身に付けた者達が姿を見せる。
醜悪な顔に身も毛もよだつ緑色の肌。子供の背しかない体には鎧の隙間からでもわかるくらいに筋肉がついている。更に周りから黒い瘴気が湯気のように噴き出している。殺意をむき出しにしているところを見ると、襲う気満々だ。
間違えようがない。こいつらはゴブリン型のドリムだ。
“ドリム”それは外の世界から来た憎しみや怒りといった感情がこの世界で具現化してしまった化け物。ようは怨霊に肉体が出来たと考えればいい。
迷焦はドリムの方に視線を向け、剣を抜く。剣全体が紺碧の海のように青く、青色の制服の前でも際だっていた。そして剣を見せた事でドリム達は迷焦を殺そうと武器を手に、こちらへと突進してきた。
対する迷焦は落ち着いた様子を見せ、いつもの癖で言う言葉を静かに呟く。
「行きます」
言うなり迷焦は一体のドリムに接近する。その速さは疾風とも言えるほど速く、ドリム達は剣の射程内に入った辺りでようやく反応する。だが、迷焦が突如として自分の懐に現れた事で一体のドリムの反応が遅れる。その隙に迷焦は武器を持つ腕に狙いを定め、一度剣を振るう。
ストン。その場に軽い音が鳴り、ドリムの腕が地面に落ちる。腕を失ったドリムはうめき声を上げ痛みから、他の奴と入れ替わるように後ずさる。
そして入れ替わりに前に来たドリムは棍棒を振り、迷焦を襲う 。質量のある棍棒にゴブリンの筋力が合わさり、喰らえば即死もあり得る狂気の攻撃となりえる。迷焦はそれを剣で逸らすようにして防ぎ、カウンターで敵を斬りつける。
次第に迷焦の剣の刀身が仄かに発光し、その剣で斬りつけたドリムの傷がたちまち凍る。武器の氷属性による凍結。
ドリムと迷焦の剣がぶつかり、つばぜり合いとなるが、向こうの武器ごと手が凍りだし、ドリム達は思うように戦えない。
更にはドリム達が武器で死角から狙おうと迷焦は最小限のステップと体の回転で避ける。
これでは勝負にならず、ドリム達はなすすべもなく切り倒されて行く。ゲームとは違い、分かりやすいHPがないこの世界は現実同様に即死のリスクがついて回る。回復魔法使い(ヒーラー)の全体数が極端に少ないここでは傷も負わずに戦い抜く事が求められる。そんな危険な世界で迷焦は二年もの間戦っていた。いや、この世界が極めて危険なわけじゃない。迷焦の住んでいた世界が安全すぎたのだ。しかし人間、様々な環境に順応出来るようになっているらしく今では迷焦も立派な剣士だった。
森の端から金属のぶつかる音が鳴り響いてから数分後、最後の一体に全力の一撃をお見舞いし、迷焦は今日の任務を終えたのだった。
最後に倒したドリムを見る。死んだドリムの体は端から光の粒子となって徐々に体が消えてゆく。すでに他の死体は見当たらない。これがこの世界での死。彼らの憎しみといった感情が詰まった感情粒子はドリムの肉体を崩してこの世界から解き放たれる。
“感情粒子”この世界、物質を構成する元素にして魔法物質やゲームでいうMPの役割を果たす最重要な粒子。そしてその粒子には感情や記憶が込められている。つまりは心、魂なのだ。
その粒子が空へと昇っていく様をメイジは眺める。そして最後の一体の死を見届ける。これは迷焦の習慣であり、償いでもある。
霧散し終えたドリムの後に残る夢石は高く売れるのでひょいひょいと拾い集める。最後の一個を拾い終わると、迷焦の耳元にさっきの甘い声が聞こえてきた。
『先輩、終わりましたか。終わったなら早く戻って来てくださいね。明日は先輩暇ですか? 暇だったら夢のテーマパークに行きましょう!』
さっきまでの殺伐とした空気を押しのけ、彼女の声は迷焦を日常へと引き戻す。
「ええ......だってそれただの幼稚園じゃん。確かに子供好きには夢のテーマパークかもしれないけどさぁ。前にそれで不法侵入扱いになったじゃん」
と、文句ったれる迷焦。
森を出ようとした迷焦を彼女の声が引き止める。
『あの......先輩、お疲れ様」
温もりのある優しい声。この声を聞度に迷焦は戦闘の終わりを実感するのだ。
「ああ、お疲れ。今日もなんとか生き残れたよ」
「またそれですか。先輩いつも大げさです。いつも「今日は死ぬかも」とか恐ろしい事を。その言葉は禁止です。後輩命令発動です!」
「後輩命令ってなんだよ。僕はまだ先輩命令とかしたことないのに」
不満たらたらだが、その顔には笑みがあった。これが迷焦がこの二年間で築いたものだ。彼は仲間と共に仕事6割趣味4割という日々で毎日を幸せに生きている。
しかし、彼は変わりにあることを諦めかけていたのだ。それは、
最終試練への挑戦。この世界にやってきた者のグランドクエスト。
この世界にいる異世界転移、転生者の大半は最終試練をせず、平和に生きる道を選ぶ。例え目指していても必ずどこかで折れてしまう。それが最終試練。チート能力があろうと一筋縄ではいかない試練。
そして迷焦も平和に暮らす道を選んだ。
元々迷焦は殺せる程度の力しか求めていなかった。けれども最終試練のクリアで神の力が手に入る。もし、それで死んでしまった者の復活が可能だとしたら。
迷焦は一年前まで死ぬ気で取り組んでいたのだ。
その時まで迷焦の天秤は最終試練に傾いていた。しかしある時にその天秤が傾き、ある者を守るために最終試練という道を切り捨ててしまったのだ。
しかし、彼は平和な今を捨てでもまた最終試練へと挑戦する事となる。たまたま現れた一人の少女によって。
それは迷焦の人生を変えてしまうほどに。
今回で二話目、今回は三人称を挑戦し、神視点を体験しました。
今回は戦闘シーンでしたが、読みやすかったでしょうか。 楽しめたでしょうか。これからも読んでくださった読者の皆様に面白いと思ってもらえるよう努力していきます。