第一章 『世界の裏側』
夢美奈栞は童貞サバイバルデスマッチの期間中サンレンスの外にある山小屋で暮らしていた。なんでも迷焦からこの期間の街は危ないと言われたために非難して来たのだ。
そんな山小屋一帯を取り囲む山々は栞を守るようにそびえ立ち、安心感をもたらしてくれる。空には澄み切った青さが広がっており、たなびく風は山の匂いを届けてくれる。
そよ風に吹かれる銀髪を押さえながら栞は木製のバケツを片手に川へ向かう。
ここには水路も無ければ井戸もない。日々の食料も無いために自給自足の生活をおくる事を強いられている。
しかし栞は自分の食べ物を自分で調達する事にやりがいを感じ、楽しんで生活していた。
川から汲んだ水を台所まで運んだ栞はふと、誰かの気配を感じたのか玄関の扉を開けようと取っ手を掴む。小屋自体がかなりの年期物のため歪んでいる箇所が多い。栞はやっとの思いで扉を開けるとそこには迷焦が立っていた。
「久しぶり、栞。その、元気だった?」
栞をこの山奥へと誘った張本人、無道迷焦はぎこちない笑みを向ける。その顔の裏に一人の少女を山奥に隔離させたという罪悪感が漂っていたる事を栞はすぐに看破したのだった。
迷焦をイスに座らせ、栞はお茶の用意をする。カップにティーを注ぐともわもわとした湯気が踊るようにして栞の顔に当たる。何かを企んだように微笑む。
「それで~、一人の女の子をこんな山奥に押しやったメイメイは今まで何をしてたのかな?」
迷焦はギクっとした表情をしたのでやはり気にしていたのだろう。平然を装うために迷焦はカップを口元に持って行くがその手は震えている。
「やっぱり怒ってます? その......申し訳ないです。」
その様子を見て、はああ、と栞は笑う。
「冗談だよメイメイ。ここの生活は楽しかったよ。魔法のほうは全然だったけど......」
そう言って栞はカップに入ったティーをごくごくと飲み干す。栞は現在進行形で魔法を扱えるように特訓中なのだ。
この世界の魔法は単に想像するだけとは違い、他にもいろいろな事が必要となる。
それを上手く出来ない栞は人に怪我をさせる心配のないこの場所で特訓しているわけだ。
しかし成果は今一つなのだった。
それを聞いた迷焦は考えるような顔つきをする。
「なら魔法を学べる学校にでも通ってみる? 僕も世界魔法図書館に行く用事あったし」
「学校?! 行きたい! 勉強したいッ!」
あまりの食いつきっぷりに迷焦はたじろぐ。
そちらに話題が進みそうなので迷焦は自分が苦労して大会を生き抜いた話は伏せておくことにする。後で自慢でもするのだろう。
「なら上の方に入学書の判子貰ってくるよ。早くても三日はかかると思う。それにその学校があるのはここから距離があるからその荷造りもしといて」
「ねえメイメイ?」
「何?」
「どうしてメイメイはワタシのためにそこまでするの? さらに言うと事がとんとん拍子で進んでいるんだけど。最初からそのつもりだったの?」
迷焦は目をそらせようとするが栞が頭を固定させる。逃げ場を失った迷焦は諦めたように力を抜くと、自白を始める。
「さっき僕が図書館に用があるって言ったのは覚えているよね。その......さすがに一人は寂しいから......」
きょとんとした栞の顔はすぐさま笑いに変わる。普段の迷焦からは考えられないような言葉だ。迷焦の方も恥ずかしいようで赤面している。
「誰かを誘うなら出来ればその街に用のある人がいいじゃん」
迷焦の答えも栞には言い訳にしか聞こえていないらしい。そのまま栞に笑われる。
笑い終わるとコホンと咳をする。真剣な表情になった栞は質問攻めを開始した。
「向こうの食べ物は?」
「美味しいと思う」
「寝るとこは?」
「寮」
「メイメイは?」
「宿舎」
「会える?」
「一、二週間に一度くらいなら」
「滞在期間は?」
「半年くらい」
「他の人は?」
「行くのは僕と栞の二人」
「移動方法は?」
「馬車だけど」
「やったぁ!!」
栞は急に立ち上がり、テーブルを叩く。
満足げな表情を浮かべ子供のようにはしゃぐ。そんな栞を見ている迷焦は優しく微笑んでいる。娘を思う父親みたいな眼差しだ。
「そんなに学校に行くのが嬉しいの?」
「うん! ワタシ学校に行ってみたかったから」
珍しい。迷焦は率直にそう思った。栞の年はどう見ても迷焦よりい一、二歳くらいしか違いがない。でも学校に行っていないとなると訳ありかな。
迷焦はそれ以上を追求するつもりもなく、
「なら決まりだね」
と言って立ち上がると帰り支度を始めた。
「それじゃ判子貰いに行って来る。栞はどうする? 出発の間、街に戻ってる?」
「ううん、ここで待ってる」
「了解。出来るだけ早くこっち来るから。では」
ガチャリと音をたて、扉を開ける。少し立ち止まって迷焦は栞の方に振り返る。
「ねえ、栞はこの世界に来て良かった? 元の世界に帰りたいと思ったりする?」
「良かったよ。メイメイとも会えたし。それに学校にも行けるかもしれないし」
当然とばかりに答えた栞を見て迷焦は思わず微笑む。
「そっか。なら良かった」
そして迷焦は王立治安院の上、つまりはお偉いさんの部屋へと向かった。
******
「......であるからですね。入学書を書いて頂けないてしょうか?」
迷焦は只今お偉いさんに栞が学校に入れるよう手続きをお願いしているのだ。
その場所は一言で言うならば広間だ。その部屋の広さは一軒家一つを入れても余ってしまうほどで、天井も高い。この部屋の光源を見ると巨大な水晶が黄金色とも言える光を放っている。蝋燭やランプが主流となっているここら辺では珍しいが、それがかえってこの部屋を神々しくさせている。
天井付近の四方の壁にも水晶がはめ込まれており、こちらは十字の形で光を反射し、金が張っているのではと思うくらいの輝きを発している。
そして迷焦の目の前には一つのデスクが置かれている。この場には似つかわしくないように思えるデスクはずっしりとしており、異彩を放っている。
しかしその場にお偉いさんはいない。
ただ機械音に近い声だけがこの広いホールに鳴り響く。
『いいだろう、許可する』
「ありがとうございます。それから栞も元の世界には今の所帰る予定はないそうです」
どこからともなく聞こえる声を聞きながら迷焦は微笑する。
『お前が初めてこの部屋に来た時も元の世界に帰るかの報告だったな』
「結局今も残っちゃってますけどね。僕は自分の中で踏ん切りがついたらにします」
『そうか』
その声は機械音のようだ。しかしその声音はどこか嬉しそうだった。
それとだ迷焦、お偉いさんはどこか楽しげに言葉を紡ぐ。
『とりあえず学校への入学書は二枚書いておく。気が向いたらお前もどうだ?』
「考えておきます」
曖昧に答え、迷焦はこの場を後にした。これで魔法都市“ソロモン”に行ける。そしてそこにある世界三大図書館の一つ、世界魔法図書館で最終試練の情報を手に入れてやる。
迷焦の野望は暗くなりつつある通路で明るい灯火のように光っていた。
未だ、この世界の真実を知らないまま。
******
<二年前、迷焦がハルシオンに来る直前にいたシャボン玉のような空間>
辺りは光が不思議な形で屈折し、様々な色合いを見せる。
たった今迷焦がこの世界から旅立ち、ハルシオンへと行った。残された
シャボン玉に似た世界は静かで、ただ淡い光が漂っている。
そしてピエロ男一人がまだその場で立っていた。仮面だと思われたそのマスクは不気味に口元を釣り上げ、奇怪に笑う。
「さて、あの少年にはあの方の器になって頂きますぞよカッカッカッカ」
そこに足音が混ざる。
「待ってやたけどもう出て来ても良かったよね」
黒髪で顔つき、体格ともに日本人らしい少年は覚めた口調で呟いた。
「で、さっきのあれ何なの? なんかすげー僕に似てたんですけど。殺しちゃ駄目だってあんたがいったから待ったけど、ほんと不快なんだけど」
その目つきは鋭く、静かに殺気を放っている。しかしピエロ男はそんな事気にもとめずに友人に会うかの気軽さで振り返る。
「あれは君と同じだよ。ただまあ感情の配分は変えてあるから君よりは大人しいだろうけど」
ピエロ男は相変わらずの奇怪な声を続ける。
「あなたにはお綺麗な表の世界ではなく裏の世界に行って頂きますぞよ。」
「理由は聞かない事にするけど僕はさっきのあいつを殺すよ。同じ顔の奴がいるとか虫ずが走るから」
その少年は平然と殺すという単語を口にする。言うだけなら簡単な言葉だがいざ本当に殺せる人間など多くはないだろう。
しかしその少年の目がその言葉が本気であると物語っている。目が赤みを帯び始める。
この世界はハルシオンと同じく外見も想像で変えられるがその法則に制約がある事はあまり知られていない。
血を思わす赤い瞳。それは一定以上の他者への殺意がキーとなっている。そのため、この少年は本気で殺すと口にしたことがわかる。
ピエロ男はその変化を嬉々として見つめる。
そしてこちらもごく自然に答える。
「ええ、さっきの少年は殺してもらって構いません。こちらの願いはガブリエルと神獣全てを抹殺する事。それだけです」
ピエロ男は愉快そうに軽い足取りでぴょんぴょんと跳ねながら指を鳴らす。
「では、あなたをもう一つの夢世界、
“ダストレーヴへとお送りしましょう」
そして、その少年の名を口にした。
『無道迷焦様』
さっきハルシオンへと行った少年と同じ名前。
二人の迷焦の運命は夢界で交差を開始する。
どうも。ようやく第一章が終了です。これからの第二章は面白いです。たぶん。誤字脱字がありましたらお知らせさて頂けるとありがたいです。
ちらっと出てきたもう一人の迷焦とは一体?!