第一章 『童貞サバイバルデスマッチ』終了
その夜、静寂に支配されたはずの会議室でがさがさとした音が響く。
うっすらと見えるのは人の影か。なにやらそこに横たわる寝袋を見るなり、それに体を絡めるかのようにして横になる。抱き枕みたいな扱いだ。
そして月明かりがその人物の顔を照らし、その整った顔立ちの少女が姿を見せる。そして迷うことなく寝袋のチャックを開け、中の人を確認する。
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そこで無道迷焦は意識を覚醒させる。お腹に何かがのしかかっている。しかしそれは不快ではなくむしろ暖かい。なんか体が拘束されているような気もするが、寝袋の外から伝わる柔らかい感触と体温がどうにも心地よく迷焦の思考を鈍らせる。
なにやら吐息が顔に吹きかけられるがそれすらもどこか愛おしい。そう感じられていた。
目を開けるとそこには本来いないはずの後輩、ラルがいた。ラルが迷焦に寝袋事抱きついていたのだ。
月光が少女を照らし、茶髪のショートヘアがキラキラと光る。瞳も光を反射し、宝石のような輝きを放っている。その瞳はまっすぐ迷焦だけを見つめ、頬が赤く染まっている。吐く息が多少荒く、むしろそれが迷焦の中に眠るある心をくすぐり出す。
状況を理解出来ていない迷焦は慌てて後ろに下がろうとするがラルに押さえつけられているため身動きが取れない。
ラルは迷焦の顔の真ん前で甘い声を出す。
「先輩の童貞、奪っていいですか?」
愛らしい表情でねだるように言うラル。その一言で迷焦はコロッと落ちそうになってしまった。はい、と答えてしまいそうになりつつもまずは理性で状況分析を心がける。
しかし次の瞬間、迷焦の思考がクラッシュした。
(何がどうなってんの。最後の敵は身内だったかー。いや、そんな場合じゃない。えっと、これはその)
もう平然とした表情はなく、迷焦は照れたように顔が赤くなるのを感じる。誰だってエロゲ展開になって美少女にそう言われたら落ちてしまう。
(理性とか無理だよ。なんか頬が熱いし。それに相手は後輩だよ)
「僕はほら、大会で童貞守らなくちゃいけないから......その......」
絞り出した声はたどたどしく、欲望が片鱗を見せ始めている。本当はラルを受け入れたい。そんな感情が徐々に体を支配する。
「先輩、もういいんです。辛い事はもうお終いにしましょう。先輩一人だけが頑張る事はないんです。私が先輩を支えます。だから......私と......」
その後の言葉は聞こえず、ラルが恥ずかしそうにしていたがだいたいの事はわかった。
それである一言が迷焦のある感情を心の奥底から浮上しようとしていた。
(辛い、かぁ。確かに辛かった。それに寂しかった)
それは迷焦が童貞だから仕方ないのかもしれない。
他者の肌に触れる事なく生きていくのは寂しい。本当は迷焦だって気づいている。寂しいのだ。周りがイチャイチャしているのに自分は大会で生き残るために童貞を守らなければいけないのだから。他者と共に体の熱を共有したい。愛し合いたい。
そんな感情が瞬く間に体を支配する。
身内は大切だ。でもやっぱり思ってしまうのだ。わかりやすい愛が欲しい。
それが迷焦をより一層苦しめる。迷焦だって思春期の男の子なのだから当然である。
腹筋を起こすと迷焦とラルの顔の距離が鼻先までとなり、お互いの息が感じ取れる。
甘い匂いが鼻を漂い、それが迷焦を惑わせる。触れ合う肌の感触が愛おしい。
迷焦はラルの肩を掴み、早まる鼓動の動きを感じながら迷焦は言う。
「ありがとう」
そのまま迷焦はラルを抱き寄せた。
という夢を見た。
「わかっとるはそんな事ッッッ!! こんなハッピーエンドなんか無いことくらい!」
ガバッと寝袋から起き上がった無道迷焦は恥かしさと夢だったという残念感に見まわれ、世界に向かって切れ始めた。
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迷焦が身内と合流する頃にはすでに大会は終わっていた。あれほど激しい大乱闘があったはずの街も一夜たてばすっかり元通りとなり、辺り前のように人集りが出来る。
既に童貞と掲げられた魔法の姿は無くなり、見せしめを終えた迷焦は高らかに腕を伸ばした。
これから賞品贈呈式を行う広場へと向かう迷焦であるが今は後輩のラルに会いたくはなかった。夢とはいえあんな事があったのだ。本人の顔を見たら自分はどうなってしまうのだろう。
変に意識してしまうのではないのか?
迷焦はあんな幻影を見せた自分の童貞を恨む。
「まさか僕があそこまで思い悩んでいようとは。後輩に手を出すとか夢の中でも駄目だろ。というか、ここが夢の世界のはずなのに夢が見れていいのか?」
新たな疑問を抱えつつ、迷焦は広場へとやってくる。最後の屈辱を受けに。そう、一人だけ授賞式を。
迷焦を待ち構えていたのは大勢の中古共だった。
『さあ今回も無事に終わる事が出来ました! なんと今回も見事に童貞を守り抜いた猛者がいるのです!
さあ壇上してください。ただ一人、生き残る事に成功した者。無道迷焦ッ!』
司会のマイク越の声が広場を埋め尽くす人集りに響き渡り、拍手の音がちらほらと。
壇上した迷焦は恥ずかしさのあまりに俯いている。辺りからは「一人虚しく童貞かよ」、「よっ! 新品!」など憐れみの声もあればはやし立てる声もある。
元々この大会は童貞を卒業させる事が目的の大会であるために生き残った童貞は非難の的なのだ。
「僕だって賞品の事が無ければ......次こそ卒業。次こそ卒業。次こそ卒業......」
ぶつぶつと呟く迷焦は一人童貞を守り抜いたという全くもって不名誉な賞と共にお目当てのパスポートを貰ったのだった。
壇上から降りた迷焦は真っ先にこの場を逃げ去った。
この大会は15歳から参加出来るのだが、それはこの街の15歳以上の中で童貞が迷焦一人しかいない事を意味してしまう。
そうなれば子供扱いは免れないだろう。同年代からお子ちゃまとはやし立てられる未来が見えてしまう。
「もうこの街、脱走してやるー!!」
そんな未来を予知してしまった迷焦は本当にこの街、サンレンスから飛び出してしまった。
街の外にいる栞のお迎えにだが。
今回でようやく童貞サバイバルデスマッチが終わりました。あと一話辺りで第二章に移ると思います。
第二章のネタバレとしてこれまで曖昧だった魔法なりこの世界の歴史なりが登場します。いや、させます。