第一章 『童貞サバイバルデスマッチ』爆音寺という名のチート能力者4
「そんな事出来んのかよ! すげーなお前」
「理論上は出来るってだけ。ただ成功すれば君は思いっきりあいつを殴れる」
迷焦は一歩一歩近づくガブリエルに指を指す。迷焦がやろうとしているのは敵が使う能力を阻害するための波長をこちらの波長で相殺しようというものだ。
しかしそんな芸当が出来る者を迷焦は今までに聞いた事がない。
本来の魔法使いの戦いの場合、相手の魔法を自分の魔法にぶつける事で相殺する。もしくは相手の気を逸らさせるという方法がある。
しかしそれは並みの魔法使い同士の戦い方であってガブリエルとの戦い方ではない。そもそもガブリエルへの対処法は逃げろ、潔く死ねくらいしか教えられない。
戦う事事態が間違いな相手なのだ。それでも勝算がないわけではない。
ガブリエルとは元々の記憶に神とされる者の記憶の一部を付け加えた存在、つまりそれは一人の人間では考えられぬ事でも想像し、それを形に出来るというものだ。
人の想像には限度がある。その限界値を上げてみようというのがガブリエルだ。
想像が力となるこの世界で無類の力を発揮彼らには人の限界値で留まっている迷焦たちでは勝てない。
しかし所詮は人の想像なのだ。ならば同じく人に出来ないわけがない。迷焦はこう考えている。人の想像出来ない物を想像出来るのがガブリエルならこちらも限界値を上げてしまえばいい。無謀な作だが現状はこれしかない。たまに高度な魔法に失敗して自身存在まで消し飛んだりもするらしいのでかなり危険ではある。
しかし迷焦にはそんな事は関係なかった。これまでも安定というなの逃げをしたせいであれから何も伸びていないのだ。だからこそ強くなる力が欲しい。迷焦は爆音寺の肩を叩いて微笑む。
「だから思いっきりあいつを殴ってきてよ」
それを聞いた爆音寺は任しとけと言ったのち、ディルムの方へ向かった。その背が小さくなるのを見届けた迷焦は深く息を吐く。限界を越えるために。
「一歩前に踏み出せ」
迷焦は瞳を閉じ外からの不要な情報を遮断する。能力の波長を感じ取ろうなんて迷焦は生まれてこのかたやったことがない。だからまずは見えない波長を感じ取る事だけに意識を向ける。
(出来ると信じろ。想像すれば成功する)
自身に暗示をかけ、爆音寺から放たれているであろう波長を確認する。
______目で見るんじゃない心で感じるんだ。
どこぞやの名言にあった気がするがこの場で最良の言葉だ。迷焦はまず大まかな人物の配置をイメージした。
暗い空間に迷焦が立ち、前方で爆音寺が走っている。その先にガブリエルの一人、ディルムが拳を上げ爆音寺を待ちかまえている。
ここまではまだ大丈夫。問題は次からだ。
そして爆音寺一人に焦点を当てる。走る彼。その手には音の能力で超振動が付与されている。そこから空気になにか流れている物を見つける。それは爆音寺の手のひらからその周辺にかけて波紋のような物が広がっていく。おそらくこれが能力の波長なのだろう。確信した迷焦は次の行動に移る。
ここまでは順調だが、本人の体は悲鳴を上げていた。迷焦の額から多大な汗が頬を流れ、その頬からは血の気が退きつつある。鍛えられたはずの足腰が痙攣を始める。
この時点でかなり危険な領域なのだがここからが本番なのだ。迷焦は自分の体を無理やり踏みとどまらせ歯を食いしばる。
(次はガブリエルの方の妨害電波の方だ)
迷焦は二回目の深呼吸の後、今度はガブリエルに焦点を当てる。イメージ上のガブリエルには何も見えない。しかしその顔は自信ありげで勝ち誇ったような笑みを浮かべている。
(イメージしろ。絶対何かあるはずなんだ)
そうこうしている内に爆音寺がディルムの目の前にくる。そして爆音寺はその拳で殴ろうと......ふと、その刹那。ディルムの体から微細な、ほんとにうっすらとした波が......波紋が爆音寺へと近づくのが見えた。
「これだッッ!」
迷焦は目を有らん限り見開く。そしてディルムに方向に右腕を出す。魔法なり能力も体から出る波が感情粒子を操作しているのだとすれば出来るだけ早くこちらの波紋を届かせる必要がある。ただしまだ不安定なので距離を変えるわけにはいかず、これ以上は前に進めない。
迷焦はここでもっとも難しい工程に進む。ここから敵の波紋を相殺するのだ。
そして、迷焦は一つの池を思い浮かべた。それは周りを岩で囲まれたよくある池だ。そこに石を投げる。ポチャンという音を立て石は池の底に沈む。同士に波紋がそこから広がるのだ。
その波紋を打ち消すには、相殺するにはどうすればいいか。それは同じく波紋を作り出して互いに衝突させればいい。
(同じだ。僕はただ波紋を生み出すためのきっかけを与えるだけでいいんだ。)
迷焦はいつにもまして冴えきった目をディルムに向ける。そして同じく向けた右腕の手のひらに見えない力を注ぐ。きっかけは単純だ。なんでもいい。明確なものがあればなんでも。
迷焦のきっかけとして選んだのは手のひらだった。成長途中だかずいぶん大きくなった手のひらを開かせ、再び優しく閉じる。だったこれだけだ。
迷焦の腕からはディルムと同様、見えはしない薄い波紋が辺りへと広がって行く。
______ほんの一瞬でいい。一瞬の間、ディルムの能力の妨害を防げれば。
爆音寺とディルムとの間が刻々と迫りつつある。だがそれも今の迷焦にはスローモーションに見える。それほどまでに彼の情報処理能力が上がっている。
ディルムの波紋は何重の輪のようにして広がり、爆音寺に当たっている。爆音寺の腕からは能力が灯火のように儚く消える。絶え間なく放たれる波紋は爆音寺の能力を奪うが迷焦の波紋はまだ届かない。
これでいいのだ。一瞬。爆音寺の拳がディルムの胴を穿つその一瞬を狙う。そうなるように迷焦が努力したのだ。
その時は来た。ディルムの腕を体勢を低くする事で回避した爆音寺は足をバネのようにして勢いよく相手の胴に拳を放つ。ガブリエルの本気の反射神経なら防がれたかもしれないがディルムは完全に勝った気でいる。どうせただの拳は効かないとでもいうように。
幸いにもまっすぐに拳が胴を捉える。
その拳が胴に当たる寸前、迷焦の放った波紋がディルムの波紋にぶつかった。
途端、爆音寺の腕に紫色の閃光が走ったように思え、能力が戻るのを迷焦確認した。
「いっけぇぇぇッッ!!」
迷焦の全力の叫びが呼応したのか爆音寺の拳は見事にディルムの鎧にぶち当たる。
そしてエメラルド色の鎧に似つかわしい亀裂が入り、すぐさまに崩壊した。ディルムはギョッとした形相で自身の胴を見るがもう遅い。
爆音寺の拳がディルムの胴にめり込み、彼よりも一回りは大きいであろう体をぶっ飛ばした。
辺りには金属が砕け散る音の後、ドサッという大地に打ちつけられる音が奏でられた。
そのままガブリエルの騎士は砕かれた腹を手に当てるが起き上がっては来なかった。
ポカーンとしている爆音寺をよそに迷焦は喜びが奥底からやってくる感覚を確認する。
「よぉっしゃー!」
押さえきれない感情を発散ようにするかのカガッツポーズを組む。それを見てようやく感情がこみ上げてきた爆音寺も迷焦と共に叫びだす。
「「うお(よぉ)っしゃー!」」
しかし二人ともすぐに足場にへたり込む。
「足に力入んねえよ。あーやばかった。助かったぜ全く。ほんとなら楽々勝てるかと思ったのになー」
「贅沢言うなよ。だいたいガブリエルに勝っただけでもノーベル賞ものだよ」
勝利の余韻を噛み締める二人をよそに敗れたガブリエル二人は倒れ伏したまま、通信魔法でお互いの状況について語った。
『まさか、私たちが負けるとはな」
『全くです。ディルム殿までを打ち倒すとは。奴らは大罪を犯したも同然。援軍を呼びますか?』
『いやいい。今は彼らに勝利を預けておこう。いずれ借りは返す。転送の用意を始めるぞ』
ディルムは目蓋を閉じ、以前負けた記憶が脳裏に浮かぶ。
「......(ディオロス殿の仰った通り、なかなかくせ者だな)」
その言葉を最後、二人のガブリエルはこの場から消えた。
それを感じ取った爆音寺はすぐさま振り返り、舌打ちをした。
「どうせ奴らを殺すのやだかったからよかったじゃん。転送......か」
迷焦の言葉に渋々頷く爆音寺。ふとなにかを思いついたかのようにぼろぼろの指を迷焦に向ける。
「んで。俺、お前の名前知らねえんだけど教えてくれねえか。俺は帝爆音寺だからさ」
「えっ、そういえば。僕は無道迷焦。ナイスファイト爆音寺」
今度は迷焦が不思議そうに爆音寺の顔を見る。
「僕はこの辺りの街に住んでいるんだけど爆音寺は? ここにいたわけじゃなさそうだけど」
「ああ、俺は旅人だ。だからまた別の場所に旅立つ」
そうか、と迷焦は頷きより一層か輝きを放つ太陽に手をかざす。二人はそこで大量が戻るまで休憩したのち、立ち上がった。
「今度会うときはお前を倒す。それでいいな」
「......」
迷焦が一瞬くぐもったのは彼の言葉を思い出したからだ。確かに彼は後でお前もぶっ飛ばしてやるといっていた。その事だろう。
迷焦はおう、と威勢のいい声を出し爆音寺の旅立ちを見送った。
ライバル的立ち位置の存在を。
すでに童貞サバイバルデスマッチは後半戦へと進み、空の端には赤々とした色が染まりつつあり迷焦は再び大乱闘の街の中へと足を戻すのだった。体が思うように動かないのかその足取りは重い。しかし一歩ずつ着実に近づいていった。
そしてこの時の迷焦は知る由もなかった。自分がいない間に迫る身内への魔の手を。
どうも。今回は迷焦覚醒!!とまではいきませんでしたが新たな力を見つけました。今後どの様にして爆音寺と関わるのか期待です。