第一章 『童貞サバイバルデスマッチ』爆音寺という名のチート能力者3
突如として現れた迷焦にディルムは一瞬驚いた様子を見せるがすぐに落ち着きを取り戻す。
「で、君は何をしに来たのかな。もしや君もガブリエルを倒しちゃおう! なんて考えている愚か者か」
「結果的にはそうですね。僕はディオロスと再戦したいだけなんですけどね」
それを聞いたディルムは顔をしかめ、下がってしまった指で眼鏡の位置を直す。
恐らく何かまずい事を言ってしまったのだろう。ディルムが手に持つ純白の剣がカタカタと音を立てている。
やがてため息と共に規律ある声が轟く。
「ディオロス殿の名を軽々しく呼ばないで頂きたい。仮にもガブリエルの序列十二位様だ。それを無礼と、いや......ああ、君が話に聞く......なるほど。これは楽しめそうだ」
一人で納得した様子のディルムは純白の剣を中断で構える。剣には見事な装飾が彫られており、神聖なオーラが感じられる。
対する迷焦もじゃりんとした音ともに紺碧の海を思わせる深い青色の剣を取り出す。
相対する二人からは緊張は一切感じられず、それでいてどこか楽しそうにしている節がある。
戦う気満々の二人をよそにその感情を遮る声が迷焦の後ろから聞こえてきた。
「なあ~。俺別に助け頼んでねぇんだけど」
自分が話題から逸らされたからなのか不満を抱く爆音寺。
やる気マックスの迷焦は振り返り、きょとんとした表情で首を傾げる。しかしこの手の流し方を知っている回避マスター迷焦はこんな事では動じない。頭のインデックスを稼働させ、解決法を導き出す。
「僕はこのエメラルドのほうを抑える。君は向こうの人を頼む!」
「ちょっ、勝手に......ったく、後でお前もぶっ飛ばしてやるからな」
その言葉に迷焦はニャハハと曖昧に返すしかできなかった。勢いで来てしまったが、この三人に比べ遥かに実力が劣っているのだ。
迷焦にあるのは類い希な機動力と創造魔法を除けば平凡な魔法才能、ぞして二年間培ってきた剣術しかない。
それでは人を越えしガブリエルに勝てないのは目に見えている。一年前、ディオロスにあっさりと負けてしまったのだ。それからも修練には励んでいるものの目立った進化を遂げていない。
この戦い、迷焦だけが雑魚キャラでマルチ対戦をやるようなものなのだ。
それでも迷焦は挑んだ。もう逃げないと栞と誓ったのだから。ガブリエルに勝てないようじゃ最終試練は勝てない。ガブリエルに勝つにはリスクを伴って当然なのだ。そして迷焦は先に進まなければいけない。
ディオロスに勝にはまずガブリエルとの戦いに慣れる必要がある。だから挑むのだ。
迷焦は再び剣を構え直す。ディルムは迷焦の瞳が自身ではなく更に上を目指している事に気づく。
「ディオロスの言っていた通り、今度は折れそうもないな」
「そうですね。僕は身内を守りながらの挑戦の日々。疲れそうですけど楽しくなってきますたので」
それ以上言葉を交わす必要はないと判断したのか二人の意識はそのまま互いの剣に向けられる。相互の動きは突然に、二人同時に動き出した。
二人の剣はそれぞれ弧を描くような軌跡で滑る。そして衝突した刹那、かん高い金属音と共に火花がはじけ散る。
お互い反動で仰け反るが体勢をすぐさま立て直し、次の攻撃をするべく動く。
迷焦は攻撃のさいに更にディルムに近づくように左足を前に出す。そして体重を後ろの右足から左足、そして剣へと乗せた迷焦は右から左へ突き抜けるようにして振り抜く。
ディルムはそれを迎え撃つように斜めに傾けた剣をそのままもってゆく。そして互いの剣はまたもや衝突した。しかしディルムの剣は水平に放たれた迷焦の剣の軌道を逸らすように下に潜り込む。そしてがら空きとなった体へと刀身を向ける。迷焦は体を一回転して剣を弾く。
卓越した剣術で繰り出すディルムの攻撃には一切の隙がない。迷焦を一定の距離まで近づけさせることなく剣で迎撃する。
迷焦はディルムに劣る剣術をお得意の機動力でカバーする。
二人の剣は主の思いに呼応するかのように光を放ち、よりいっそうの火花を散らす。
互角の戦いを見せる二人の表情が殺意の他にこの戦いを楽しむようにも見えたのだ。
もといこの世界での武器の形は様々であり、迷焦と同等のロングソードの使い手となるとこの街にはいないのだ。たまに戦うドリルは技術が稚拙だし、人と本気の殺し合いなどそれこそ高位の治癒、蘇生魔法を使える魔法使いが側にいない限り絶対に行われない。
またディルムも数多のチート能力者と戦ってきたが皆、能力に過信するばかりの輩で剣の戦いなど出来なかったのだ。
互いに絶好の相手を見つけることが出来、素直に嬉しいのだ。
しかし迷焦には危惧している事がある。それはディルムがまだ能力らしい能力を見せていない事だ。もしも能力が使われたら迷焦は未完成な魔法で防ぐしかないのだ。
なぜかディルムは能力を使ってこない。だからこそここで決めたいのだがなかなか進展がない。激しい剣のぶつかり合いが何十と響くがまだ足りないのだ。
(だからこそ敵が能力を使ってこない今、最大火力で打ち倒す!)
ディルムの剣を有らん限りの力を使って弾き飛ばす。剣は大きく後方へとやられ、つられてディルムも仰け反る。つまり今、胴体ががら空きなのだ。
即座に数百とも数千とも思える氷の槍が生成される。空中で留まる姿は大量の矢が飛んできた光景に近い。
真っ当なる剣の戦いでは無礼に当たり、迷焦も本当なら使いたくはないが相手はガブリエルだ。一瞬の隙でやられる。本当は殺したくない。ガブリエルは嫌いだが、迷焦はディルムに対しては好感が持てる。しかし自分が死んでは意味ないのだ。
感情を押し殺し、ディルムを睨みつけながら荒々しく叫ぶ。
『針地獄!』
刹那、空中に留まっていた千の槍が二人の元へと降り注ぐ。それは霰のように平然と高密度の槍が空気を切り裂きながら向かってくる。
迷焦はいち早くディルムから距離を開かせる。途中、転んでしまうがそんな事はどうでもいい。これに当たってはまずい。
なにせ一つ一つが鉄をも超える鋭さを持ち、音速に届くかもしれない速さで襲いかかる。迷焦のすぐ近くを槍が絶え間なく大地を食らい、えぐり取る。
______そのはずだった。
実際には放った槍は全てディルムの頭上で見事に停止させていたのだ。まるで見えない障壁にでも当たったかのように。
「なっ!」
有り得ないと内心で思う迷焦も目の前の光景が真実だと突きつけられる。
そしてディルムの腕が顔の横に来る。その顔には笑みを入れる余地がなく、ただ冷酷にその手を下ろした。
途端、さっきまで留まっていたはずの槍が一斉に迷焦に照準を合わせる。そして矢を放つに似た音と共に今度は迷焦に千の槍が降り注ぐ。
「魔法が......ハッキングされた......」
弱々しい声をだす事が精一杯の迷焦は立つことを放棄し、これが自分の末路だと受け入れようとする。渾身の一撃を乗っ取られたのだ。もはや勝機なしと判断したのだろう。
だがそれを爆音寺は許さない。
「ウオォォリャー!」
猛々しい声の主が放たれる槍を拳で一つ一つがぶち壊して行く。腕に超振動を纏わせているため槍は当たったそばから砕け散る。
「おい、さっさと起き上がれ! 勝手に人の戦いに突っ込んだ挙げ句にすぐ負けるとか許さねえからな」
爆音寺は音能力で腕の周囲から発せられる攻撃性のある超音波を放つ。
大きな波に等しいそれは降り注ぐ槍を呑み込んでいく。それだけは防げないと判断したのか爆音寺、自らも突っ込んでゆく。
もう一人のガブリエルの方はどうしたのかと迷焦は後ろを向くと、すでに倒れ伏す白銀の騎手の姿があった。単身でガブリエルを倒すとは快挙物だ。
(やべ、生きるの諦めちまった。ガブリエルが異常なのは百も承知だろ僕。僕に今の彼のような力はないけどなにかあるはずなんだ。ここで諦めたらガブリエルに一生勝てなくなりそうだし。)
迷焦はなんとか起き上がると二人の行く末を見る。
爆音寺は懸命に音能力を駆使して遠距離と近距離の両方から攻撃を仕掛ける。しかしその攻撃はディルムにまで届く事はなかった。衝撃波は途中で消え、超振動の拳は軽々と防がれ返り討ちに合う。ディルムは体術にも精通しているようだがそれだけで音能力が効かないのはおかしいのだ。能力を打ち消しているようにも見える。
「ハッキングといい、能力の打ち消しが使えるとなるともはやチート能力者勝てないじゃん。問題は奴が意図的に他人の能力に介入しているところだな」
________魔法は人の想像で形になる。
ラルが以前に言っていた言葉を思い出した迷焦はある憶測をたてる。
(能力も魔法と原理は同じ......だと推測すると能力も想像して感情粒子をその形にする必要がある。その過程を狙って誤認識を誘発したのか。
だとしても方法がわからない。こんなことなら高い金を出してでも魔法専門学校に通うべきだった)
爪を噛む迷焦をよそに爆音寺は今も戦っている。劣勢だがその瞳は諦めていない。すぐさま超音波の波を防御として使う。
(波......そうか! 魔法も能力も
指令という見えない波を使って感情粒子を刺激していたのか。だとするとあのガブリエルは同様の波長を出して能力者の力を相殺していたことになる。難しい)
しかしその方法で爆音寺の能力が打ち消されているのならば迷焦にも出来る事がある。
それは恐ろしく難しい事だ。それでもこれが迷焦にとっての最良で、これからの新しい武器となる可能性のある事だ。
(試す価値は......ある)
迷焦は吹っ飛ばされた爆音寺に駆け寄る。爆音寺の体にはあちこちに切り傷や服の裂けた箇所があり、見てもわかるほどダメージを負っている。それでも目が死んでいないのを確認した迷焦は彼にガブリエルが行っている能力の打ち消しの仕組みを簡単に説明した。
「つまり、それじゃあ能力は効かねえってのかよ畜生ッ! それで、このまま逃げろとか言わねえよな?」
「もちろん。僕がなんとかその打ち消しを抑えてみる」
続いて、
「僕があのガブリエルの打ち消し能力をを打ち消しします」
どうも。今回は再び最終試練に挑むと決めた迷焦がガブリエルと再戦するというものです。
にしても皆さんチートですね。