第一章 『童貞サバイバルデスマッチ』爆音寺という名のチート能力者2
白銀の騎士が使った奥義。「時の支配者」は一定の空間を結界で覆い、中の空間の時間______発動者が指定する者以外の分子振動を停止させるものだ。
そして世界は静寂に包まれ、徐々に辺りから色が消え暗闇が支配する事となった。
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それは暗闇なんて甘い物ではない。見渡す限り世界が黒で塗りつぶされている。一切の光すらもなく、ただ何も見えない何も聞こえない。
人間は五感で感じ取れなくなると不安を覚えると言われるがその通りだ。
常闇の虚空にぽつりと佇むその恐怖。誰もいない、何も見えない聞こえない。五感のほとんどが機能しておらず光を通さぬ常闇の中、ただ肌を凍らせるような痛覚が悲鳴を上げるほどの寒さが爆音寺を絶望の深淵へと陥れる。
白銀の騎士はただ大地に突き刺した剣の柄頭を片手で抑える。分子振動が止まっている現在、物は絶対零度級の冷たさを持っている。そのため慌てて動き、うっかり物に触れてしまう事があれば向こうから死んでくれる。
白銀の騎士は今息を止めている。時の止まった空間では空気も動くことはない。騎士はただギリギリまで息を止めて敵が死んでくれるのをひたすらに待てばいいのだ。
それで勝利は確定される。
ここまでてこずったのはいつ以来だろう?白銀の騎士は長きに渡る戦いの日々を振り返り始める。チート能力者との戦いは数あれど奥義を敵に向けて使うなどそれこそガブリエルとなってからから始めてではないのだろうか。
忌々しいチート能力者をこの世から消し去りたい。ただその一心で発動させたのだ。
そもそも白銀の騎士がガブリエルとなったのにはチート能力者に恨みがあるからなのだ。その恨みとガブリエルとしての誇りの強さが騎士をここまで強くする。
(そろそろ死んだかチート能力者)
冷めた瞳には何も映らず、合わせる焦点もない。それでも苦しみもだえているであろうチート能力者を想像しているのか笑みがこぼれる。
白銀の騎士の力の利点はその停止した世界でも他者を動けるように出来るという事だ。初めてこの世界を体感した者は皆混乱し、恐怖する。当たり前に吸えた空気がない。当たり前に感じた日差しという暖かさがない。ありふれていた音がない。
人間の本能は急な変化に対応出来ずに安定を求めようとする。しかしそんな事が出来るはずもなく本能は悲鳴を上げ、崩壊していくのだ。
それは圧倒的で人間に越えられない壁だ。はるか昔から様々な環境に適応してきた人間だが限度がある。それがこの力だ。
そして白銀の騎士はそうやって死んでいくチート能力者を想像するのが好きなのだ。傲慢に息がいていたチート能力者が最後は無様に死ぬのだ。
白銀の騎士はその無様な顔を見せた時のチート能力者の醜さが甘美。嫌いな者が無様な醜態を晒す。それが滑稽で仕方ないのだ。
(さあ無様に死んでくれ醜いチート能力者。お前らを殺す事でしか私の至福は満たされなくなってしまったのだからなぁ。責任はとってもらうぞ)
白銀のガブリエルは薄く微笑む。
しかし、そこで変化があった。
動きが止まったはずの静寂の世界に光が差したのだ。それは強烈に眩しく、騎士は腕で目を守る。それは暖かさと共になだれ込むようにやってくる。世界が割れたガラスのように崩れ去る。
白銀の騎士は何事かと辺りを見回す。しかし分かり切っていた。外部からの干渉が出来ないこの結界内で動けるのは騎士の除いて一人しかいない。
爆音寺がこの静寂を裂いたのだ。
白銀の騎士は遠目から見える爆音寺を睨みつける。
「馬鹿な! これだから。これだからチート能力者は!」
「いいか。俺がしたのはただ止まっている分子を再び動かしただけだぞ。そんな事で一々喚くんじゃねぇよ」
「は............」
白銀の騎士は理解出来ないといった表情を浮かべる。分子を自力で動かす。爆音寺が言ったことが正しければ彼はこのエリア全部の分子を再び元の動きになるまで調整した事になる。それはチート能力の範囲を越えてる。
白銀の騎士はもうわけがわからない様子だが、それでも思考を放棄するわけにはいかない。自信満々の爆音寺に苦肉ながらも問う。
返ってきた答えはシンプルだった。
「それは俺が音の能力者だからだ!」
爆音寺が猛々しく言い放ったのち、さらに言葉を続ける。
「俺はたんに止まった分子に振動を与えて再起動させただけだ。それに音の速さで動ける。それが答えだ。もうわかっただろ。お前は俺には勝てねぇよ」
「黙れ! 貴様等チート能力者がいるから俺は壊れたんだ。全部貴様等のせいだ。だから死ねッッ!!」
狂ったように剣を振りかざし爆音寺を襲う。
さすがガブリエル。我を忘れてもその剣は的確に弱点をつくべくピンポイントで狙う。
しかし、その剣を爆音寺は手で掴んだ。そのまま剣を握っている方の腕に蹴りを入れ、強引に離させる。騎士の顔にはわからないといった表情が浮かび、体勢を崩しよろめいくが一歩下がることでなんとか留まる。
しかし、その一瞬を逃さず爆音寺は地面を蹴り飛ばし、全体重をかけるようにして能力で強化された拳を構える。
「お前が何悩んでんだが知らねえがこれだけは言える。お前にもっと力があればもしかしたら解決出来たかも知れないな」
その拳は白銀の騎士の腹に命中し、鎧が砕け散る。そのままはるか後方まで飛ばされた騎士は地面を削りながらも加速が止まらず、止まったその場でなんとか立ち直る。
しかしその姿はもはや戦える様子ではない。鎧は全体的に破損、へこみが見られ、腹の部分は砕け散っている。腕からは血が滴り、顔も傷が複数ある。骨折した箇所が多いのか立つのもままならない状態だ。
対する爆音寺は腰に手を当てすでに勝利したとでもいう表情で高々と叫んでいる。
「俺の最強覇王伝はこれからが本番だぞ。こんなとこで負けるわけがないだろう。大人しく......んっ?」
爆音寺の声か途切れたと思いきや白銀の騎士が登場した時のように空から光が辺りを包む。
そしてエメラルドのように煌びやかな鎧を身につけた白髪の青年が重量を無視するかのようにゆっくりと降りてくる。
着地するとマントがふわりと舞い、眼鏡をかけたその瞳がゆっくりと目蓋を開く。そして爆音寺とふらふらな白銀の騎士を見るなり両手を叩き、高い金属音が辺り一帯に響く。
「そこの少年、見事だ。まさかラズワイトを倒すとは......。さて、部下の仇は私が打つとしよう。疲れ切っているところ悪いがかかってきたまえ」
「待ってくださいディルム殿! 私はまだ」
「その傷ではどうせ戦えん。早く治癒魔法を使え」
「............了解しました」
白銀の騎士、ラズワイトは渋々瞳を閉じ、口から謎の言葉を吐き出す。
ラズワイトが大人しく従ったところを見終えるとディルムは爆音寺に向き直る。
「して、お前一人か? 戦っておればいずれラズワイトは万全の状態になる。そうすればお前は二対一だ。殺す相手とはいえさすがに後味が悪い。仲間を読んで構わぬぞ」
その言葉に爆音寺は微笑する。
「俺は一人だぜ。仲間は足手まといだからな。......それに、俺は何も疲れ切ってないぜ。まだまだ余裕だ。二対一だろうが関係ねぇ! 俺は最強を目指す男だからなぁ!」
その言葉を聞くなりディルムの表情が曇る。
「それは無理だ。貴様はここで死ぬのだから。私はチート能力者にさして恨みはない。しかし最強を軽々口にするのは下せぬ」
ディルムは装飾が施された鞘から純白の剣を抜き放つ。
剣の腹には祈る天使の姿が彫られており、日差しを反射して光り輝く。
エメラルド色の鎧ののガブリエルと爆音寺が距離を保ったまま対峙する。
白熱したバトルが始まる。______その一歩手前、
一人の少年が二人の間に現れる。けして速くはないがいつ現れたのかわからなかった。そんな風に突然と現れた少年は二人を交互に見る。
黒髪に混じる一筋の白髪が特徴の少年は紺碧の剣を片手に爆音寺に向かって振り返る。
「お手伝いしましょうか?」
無道迷焦がニッと笑いった。
今回は分子振動を止めるとか無茶苦茶な攻撃がありましたが、それをさらに無茶苦茶な音の能力迎え撃つということでした。