第一章 『童貞サバイバルデスマッチ』戦姫ヒサミ
辺りは妙に静まり返っている。しかしトイレや見えない場所の方から変声や音が聞こえてくる。すでに激戦区の爪痕があり、そこには疲れ果てた男性の姿をぼちぼち見かける。皆、服がづれていたりベトベトの液体で濡れている。地面に倒れている者もいる。
間違いない。魔獣のごとき肉食な女共だ。奴らが男たちの童貞を次々と撃破しているのだ。
男たちの方はぐったりとしているものの満足げの表情を浮かべ、さらには微笑む者までいる。
恐ろしい。ここにいる女共は実はサキュパスなのではないのか。
無道迷焦はサバイバルデスマッチの飛散さを目の当たりにするのだった。
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開始早々熾烈を極める童貞サバイバルデスマッチは多くの童貞を葬り去った。
空は清々しいほどの青空だが、今の迷焦からすれば雨の方が良かったとでも言うだろう。
そんな迷焦は後輩のラルと合流し、ラルを追う童貞諸君になぜか追われる羽目になっていた。
「大体なんで襲う側のラルの方が狙われてんの! 」
「先輩知らないんですか。この時間はなにをしようが処罰の対象になりません。つまりはですね」
「それ以上言わんでいい。つまり、標的はラル、お前かッッ!」
後ろからは十人を超える男たちがなにやらガムテープだの峰打ち用の剣などを手に持ち、堂々と僕ら(狙いはラル)を追いかける。
これが許されるのだからこの大会は恐ろしい。
元々ラルは可愛い分類には含まれるだろう。顔はやや童顔ながらも整っていて、彼女の微笑みは天使のようだとファンクラブまで存在する。スタイルはいいし、頼まれた事を断るのが苦手なラルは絶好の的なのだろう。
走りながら迷焦は男たちの対処方を考える。
「なあラル? おの男たちに襲われたい?」
「何てこと言うんですか先輩! 私の初めては好きな人に捧げます!」
「そっかぁ。やっぱり襲われたくはないよね。なら彼らを多少動けなくする程度に拘束するよ」
迷焦が急に止まり、剣を地面に突き刺す。
『眠れ』
ニコッと笑顔を男たちにプレゼントし、同時に氷魔法を使い、男たちの周囲を氷で覆わせる。次に創造魔法を使いその氷を削りだし檻のような形する。
男たち全員を閉じこめる檻を作った迷焦は満足げに額の汗を拭いている。
「迷焦作、氷の監獄」
「先輩自信満々のとこ申し訳ないですが、そこは創造だけで作ったほうが良かったのでは? 彼らとっても寒そうですし」
見ると確かに男たちの体は震えている。
「いや、それは必要ないよ。それより早く走ろう。奴らすぐに追ってくるから」
ラルの手をとり、颯爽と走り出す。ラルは凍える男たちが可哀想になってきたが、迷焦の考えが正しかったとすぐに理解した。
振り返ったラルの視界には火魔法で檻を溶かしたり、体当たりでへし折ろうとする屈強な男たちの姿が見え、その目はもの凄いほど殺気立っている。本来なら壊すまでに一時間はかかるだろうが今すぐにでも壊れそうな勢いだ。
男たちは己の欲望のために自身がかなり強化されているらしい。獅子奮迅とはこのことか。
ものの数分で檻は壊れてしまい、男たちは闘牛の如くラルを血眼になって追う。
「ギャアッッ!! 先輩助けて! 怖い、怖いですよ」
「やっぱり斬るか。仲間を怖がらせる奴は殺す」
「先輩もう少し他人にも優しくなりましょう! 私を大切に思ってくれているのはありがたいですが穏便に済ませましょう」
「ユーリ先輩と同じ事を......あと大切なのはラルたちね。僕がラルに好意を抱いてるみたいになるから止めてくれ」
迷焦は向きを変え、怒りマックス闘牛状態の男たちに突っ込んでいく。途中、「わざといったんですよッ!」と叫ぶラルの言葉は無視する。
(彼らは今怒りマックス。つまり行動も単純になる!)
走り込んでくる迷焦に対し男たちは速度を緩めない。仕方なく迷焦はまず、一番前の男の足を引っ掛け転ばす。
すると男たちの半数はドミノ式で倒れてくれるので残りは足元を凍らせる。ツルツルの天然アイススケートリンクとなった大地に男たちは足を滑らせる。
迷焦は倒れている方を優先して、峰打ちで気絶させていく。
(残りはラルが片付けてくれるだろう)
甘い考えでいる迷焦はその時油断していた。
ラルならやれると信していたのだ。実際ラルの魔法の腕は確かだし、普通にやれば負けることはない相手だ。しかしラルにはドジっ子属性があるのだ。
ラルは相手を感電させる魔法を使いたいのか自ら接近してゆく。そう、迷焦が作ったツルツルアイススケートリンクへと。
そしてお決まりのであるようにラルはつるりと滑り転げる。キャフンと言う可愛らしい声を出し尻餅をついたラルに、男たちは突如の事に一瞬停止する。
迷焦も顔に手を当て、しまったと後悔している。
ラルが辺りを見回すと、目の前には男たちがいた。自ら飛び込んでしまったのだ。
「このドジっ子ッッ!!」
全力で突っ込む迷焦の叫びも虚しく消え入る。
ラルは男たちに向け、「エッヘヘ。あの~。逃がしてくれたりしないですか。その......私まだ馴れてないので」と言うが、それは闘牛に赤色のマントを見せるようなものだ。
「今だっー!」
「抑えろー!」
人間の本能を爆発させた男たちは一斉に襲いかかる。あまりの恐怖にラルは目をつぶる。
形状変化した槍を構え、遠くから男たちに一撃を喰らわせようとする迷焦。しかしそれも間に合わない。
絶体絶命のピンチ。野獣と化した男たちがラルに振れる寸前。
戦姫が空から舞い降り、閃光が見えたかと思うと男たちは吹っ飛ばされていたのだ。
それは神が現れたように神々しく、刀の軌跡は目で追えないほど速いものだった。
男たちはその欲望により自身を強化させ、野獣の如き力を放っていた。しかしそれを一瞬でとは恐るべき剣術だ。
迷焦は一瞬の光景を惚れ惚れとした様子で見つめているばかりだった。
和服姿の戦姫は黒光りする黒髪をたなびかせ、抜いた刀を鞘へ静かにしまう。
一瞬の事であったが動作が非常に滑らかで技として完成されていた。それは一つの舞のように優雅な動きだった。
男たちを吹き飛ばした技はカウンターだ。そしてあそこまで熟練したカウンターを使える刀使いはここらでは指の数よりも少ないだろう。
腰まで届く黒髪に大人びた顔だちの女性。我らが王立治安院のヒサミ咲蓮だ。キリッとした目元は男たちを捉え、刀の先端で地面を叩く。辺りに音が響き渡ると、ヒサミは猛々しく言い放った。
「よく聞け下郎ども。私の仲間に手を出そうものなら容赦はしない! その時は咲蓮家次期当主、ヒサミ咲蓮が相手になるぞ!」
ヒサミの威圧におののいた男たちの口からは「まさかあの咲蓮家」、「そんなの勝てるはずがねぇ」など怯えた声音が聞こえてくる。
咲蓮家とは刀に精通するそこそこ有名な家名だ。序列でいえば16よりは上なのだ。そして特徴は、流れるような剣捌きとカウンターを得意とした流派の本山だそうだ。
何よりもヒサミ咲蓮と聞けばみな、戦乙女と答える。それほど剣術の腕前が上手いのだ。ちょくちょく迷焦と稽古をするが、ヒサミは負けたことがない。といえば凄さが伝わるだろうか。
さらにドリムの大群が押し寄せた時も先陣を切って戦い抜いたのだ。
単純な剣術なら指折りで迷焦たちの先輩。まとめ役でありながら仲間を守るために全力で戦う女。
それがヒサミ咲蓮だ。
男たちは恐怖を胸に焼き付け、逃げ惑うように走り去った。よほど怖かったのか腰を抜かして立てないものもいた。その者は四つん這いで這う事になったのだが。
ともかくヒサミがいなかったらラルはどうなっていただろうか。考えたくもない。感謝の念を込め、迷焦は手に持つ武器をしまい、戦姫様のもとに駆け寄る。
「ヒサミ先輩。ありがとうございました。マジで危なかったです。そしてマジかっこよかったです!」
「どう致しまして。仲間のピンチに駆けつけるのが私の役割ですもの。それより二人は怪我してない?」
聖母のような温かみに溢れる微笑みが向けられ、迷焦は感動で涙が出そうになるがそれをこらえ心配はないと答えた。
迷焦は倒れたままのラルを起こし、井戸から汲んだ水を飲ませ休ませる。
「毎年物騒な大会ね。法で守られた人は強い、か」
ヒサミの物言いには疲れを感じる。まさかとは思うが毎年こうやって誰かを助けているのではないだろうか。だとしたら彼女はヒーローだ。
迷焦が尊敬の眼差しを送るがそれに照れたのかヒサミは話題を変える。
「なんにそよ二人が無事でよかった。これから二人はどうするの? 私は見回りの続きをするのだけど」
「じゃあラルを連れてってください。ヒサミ先輩といるほうが安全でしょうし」
さっきの戦いを見てはどちらが守り通せるかなどわかりきっている。それにヒサミとラルが組めばイレギュラーを除く大抵の輩は対処出来る。
しかしヒサミは心配そうに迷焦を見ている。迷焦一人では危ないと思ったのだろう。
不安の顔を見せるので迷焦はすかさず口を挟む。
「大丈夫ですよヒサミ先輩。僕は一人の時に真価を発揮しますから」
「そう、でもこれだけはわかって。仲間を傷つける輩は」
「斬り殺せ。大丈夫です。仲間は僕が守ります。いや、それぞれが仲間のために尽くしますかな」
ともかく迷焦は二人と離れ、来る人全ての攻撃を避けまっていった。
どうも。今回はヒサミ先輩が光るとこでした。和服で刀を使う女性ってかっこいいですよね。
さて、そろそろチート君を登場させたいな。チートキラーのガブリエルを登場させた後だけど......
とりあえず今回はこれで......バイ