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2-1

 昨日、せっかくカバンからペンも出して電気もつけて、椅子にも座ったはずなのに結局何も書けなかった。

 なんか、石神先生に合わせる顔がないな。今日の昼休み面談してくれるらしいのに、大学も、就職先も、ましてや将来の夢さえ調べてないや。もし今、働いている大人に出会ったら、キュピーンってそれに決めちゃおうかな。…学校に行くってことは教師になるのか?私。というか、そんな決め方でいいのか?…私。


「ハイ、じゃあこの間の小テスト返すよー」

 4限目、英語。山方先生の授業。この間のテストなら…すべて記号問題だったやつだ。


「堀田くん、松岡さん、宮地さん…ハイ、堀田くん惜しかったよ、次満点目指せるよ。ハイ、松岡さん満点ね、おめでとう」

 先生は妙に優しいところがある。小テストは全部記号問題だとか、サボっても叱らないとか。その分休んで叱られない分成績はガッツリ引かれているけど。


「先生、保健室に行ってきます」


「ハイ、村井さん、満点おめでとう。ハイ、松岡さんいってらっしゃい。」

 芯のない声からは、優しさが直球で伝わってくる。その分中身が見えなくて、私は少し苦手だ。叱らない分を分厚い繭みたいなもので堅く何重にもコーティングしているような。


 石神先生に会いたくない。それだけで私は保健室に向かった。保健室は体育館裏みたいに開放感ある青空が広がっているわけじゃなくて、ベッドの分だけのスペースをカーテンで仕切って狭い狭い空間にしているから、苦手。でも石神先生にあれだけ言われたら、保健室以外にサボれる場所はないか。


「こんにちは。2年2組松岡です。頭が痛いので休ませてください」

「いらっしゃい、つぐみちゃん。久しぶりねー」


「…つぐみ?」

中から、男子の声がした。恐る恐る中に入ってみると、昨日のごんべーがいた。

「ごんべー!!」


「…保健室でデッカい声だすなよ。俺も一応、頭痛いからって来てるんだから。それで?そっちは?サボり?それともホントに頭痛いの?ベッドでおひるねしちゃう?」

 何で昨日のごんべーがここにいるんだ。昨日会ったきりって思うから変なあだ名つけて遊んでたのに…居心地悪い。


「うるさい」

「…まあ、つぐみちゃんもここに座りなさいよ。私は奥で棚の整理があるから」

 そう言って綾野先生は立ち上がった。50歳くらいの後ろ姿。でも中身は30歳くらいのパワフルさがある。綾野先生居なくならないでよ…。私、ごんべーと話とかできないよ。

「はい、どうぞ」


 ごんべーが机の上に積み上げていた数学の参考書を椅子に移動させると、私は自然と足が動いて、綾野先生の座っていた場所に座っていた。…いや、私は寝るんだ。頭が痛いから、ベッドで寝るんだ…!!――頭ではそう思うのに、もうポケットの中から昨日書けなかった書類を取り出して、机の上に広げていた。

 昨日書けなかった書類。『第一回進路希望調査』。一度ムカついてぐしゃぐしゃにしかけて、そしてハっと気づいて綺麗に伸ばして八折りにして小さく小さくして制服の中に入れていた。


「何、それ。『第一回進路希望調査』…?…ぐしゃぐしゃじゃん。提出書類ならもっと丁寧に扱えよ」

「うるさい。構うな」

「あ、っそう」


 この書類を見ると、無性にイライラする。石神先生に怒っているのでも、ごんべーに怒っているのでもなく、ただ書けない自分にイライラする。幼稚園に通っていた頃は『わたし、パンやさんになるの』とか言って、先生を喜ばせていたような気もする。たぶん、小学生の卒業文集にもそうやって書いた。一応将来の夢は何ですか?って聞かれて、答える術は知っていたんだ。小学校卒業の文集までは。それからもそれまでも、パン屋について本気でなりたいと思ったことは一度もないし、だいたい私、パンをそれほど好きじゃないし。

 書類とにらめっこが始まった。また、ぐしゃぐしゃにしたい衝動に駆られる。意識を他へ持っていこうとすると、ごんべーのペン回しの音が気になり始めた。くるくると回して、回して。そして3回目にノートの上に落とす。失敗。拾ってまた回して、回して、落とす。…腹立つ。


「うるさい!」

「…あ、ごめん。癖。てか、それ、書くのそんな時間かかる?」

「かかるよ」


「――どうしても書けないんならさ、誰かのお嫁さん(はーと)とかって書いておけばいいんじゃない?」

「ふざけんな。だいたい、お昼休みにクラスに溶け込めなくて体育館裏に逃げ込んでいるような女の子に彼氏ができると思うなよ。それに、私は恋愛なんてしない。恋愛なんて、生きていく中でのオマケでしょ?自分で稼げたらそれで食べていける。オールオッケー。最重要ランキング第一位なんてありえない」

「そっかー。そこまで頭が回らなかった」


 ごんべーは無邪気に笑う。笑うと目がつぶれて、猫みたいになるんだ。昨日体育館裏で見たときは影だったから顔とか全然見てなかったけど、保健室の蛍光灯の下で見たら割と綺麗な顔、してる。こりゃモテるわけだ。肌の色も瞳の色も、少し色素が薄い。なんだか淡くて…綺麗。…色がね!!


「好きなこととか、得意なこととか…ないの?」

 ごんべーに言われて、思い返す。そういえば私、特技とか…ないな。


「将来の夢がなくって、それでこの高校来たってことは…専門的な学校にいくのは怖くて、偏差値もそこそこ高いここに来て大学を決めるとき少しでも有利にしよう、ってそんなとこ?ま、その様子じゃ成績も中の下くらいで勉強に対するやる気も皆無なんだろうけど」

 図星で顔が赤くなった。何で昨日会ったばかりの名無しのごんべーにこんなに言い当てられなきゃいけないの。


「そういうごんべーはどうなの」


「俺?俺は医者。難病の弟を助けるために、最先端の治療を研究するの」

「…え?難病?」

「ごめん、嘘(笑)――アンパンマンみたいに、なるんだ。自分を犠牲にしても他人を助ける。かっこいいと思わない?――それか、単に穂村医大に行きたいだけ、とか(笑)」


「…弟は?」

 …何なのこいつ。ほんと何なの。急に重い話するかと思えば、急に進路変更しちゃって。


「嘘だって(笑) んー、今入院中。何週間か前に夏風邪ひいて、それをこじらせちゃって肺炎だって。情けない。あと数日もしたら退院のはずだけど…何か?」

「何か?じゃないでしょ!勝手に弟を難病に仕立て上げないでよ。心配したー」

「つぐみって、優しい子なんだね」


 ごんべーはまた、猫みたいな顔して笑った。

「さっさと勉強しなさいよ受験生!」


 私は目の前の書類を手にとって、ぐっしゃぐしゃに丸めた。それをごんべーは「あーあー」とあきれ顔で見てくる。イライラする。ごんべーといると調子狂う。ごんべーのいる保健室にいるより、石神先生に会う方がずっと楽。


「綾野先生!元気になりました!帰ります!」

「そう、いってらっしゃい」

 綾野先生は出口のドアまで見送ってくれた。親戚のおばあちゃんみたいで、すごく心が休まる。そのおばあちゃんちには憎きいとこがいるみたいで、今日の保健室自体は嫌だけど。


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