【番外編】 隣 の 青 春 記 2
バスを降りると、学校は昨日とは一変していた。大きな看板で『卒業式』の文字。先生も綺麗なスーツ姿で、保護者のために開放されたグラウンドの駐車場で交通整備をしていた。
とても濃い青に、真っ白の雲がほんのちょっと。ものすごくいい天気。卒業式日和。朝起きたときは『今日は卒業式』だなんて意識してなかったのに、友達とか雰囲気とか、昨日とは違っていてあたしもそわそわする。
体育館前に飾られた花から花粉たちが飛び出して、あたしの心をくすぐっているみたいだ。
卒業式が始まった。
小学校ほどじゃないけど、大事な式だからって、たくさん練習させられた。礼の仕方も、歌も。毎年やることは一緒だけど、去年あたしも経験したからか長い式でも寛容な心で座っていられる。卒業生一人ひとりの名前が呼ばれて、代表者が卒業証書を取りに壇上へ上がる。あたしは帰宅部だから特別知っている先輩とかはいないけど、同じ小学校だったとか、近所に住んでいるお兄さん、お姉さんとかの名前が呼ばれると少しドキリとする。100人程度の呼名はすぐに終わった。
あたしの知っている、近所に住む1つ年上のお姉さんの、生徒会長の送辞が終わると、答辞だ。あたしの座っている席は真ん中の赤いじゅうたんの横。学級委員長だからって、こういう時まで先頭にしなくても、何もすることないのに。あたしの座っている位置からは、答辞を言う先輩の姿がよく見えた。
卒業生の座るステージ前の集団。赤いじゅうたんのすぐ横の席から一人の男子生徒が立ち上がった。…元生徒会長じゃないの?色素の薄い髪も、もやしみたいに華奢な体格も、あたしの知っている元生徒会長のうしろ姿とはまるっきり違う。丁寧に体育館を歩いて、ステージ上のマイク前に立つと、少しだけ保護者がざわついた。色黒で体育会系な元生徒会長ではなく、総体壮行会でも文化祭でも、名前もわからないような人だったからだ。
無名の男子生徒は、マイク前で保護者のざわつきを遮るように息を吸った。すぅ…と、聞こえるはずのない音があたしの耳にも届いた。
―― 長く厳しかった冬もようやく終わりを告げ、日ごとに春の暖かい萌しが感じられるようになりました。そしてこのよき日に、私たちは青垣中学を卒業します。
とても、爽やかな声。緊張もなく、リラックスして言っているような。雰囲気に飲まれてあたしも体が固まっていたけど、声のぬくもりでほぐれていくのを感じた。
ねぇ、どうして。
…どうしてそんなに楽しそうなの。
…どうしてそんなに制服が似合ってるの。
…どうしてあなたがいなくなるこの日に、あたしは胸のときめきを感じているの。
ずるい。
あなたはあたしに、一縷の希望も持たせてくれないの?
告白のチャンスも与えてくれないの?
ちゃんと話せる時間をくれないの?
あたしの名前も知らないまま、この学校を卒業していくの?
ねぇ、そんなのずるい。