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ヤバイ…ヤバイヤバイ…ヤバイヤバイヤバイ。次サボったら親の呼び出しだって。石神先生も、一年の時担任だったから面談とかで分かってくれてるはずなのに。
「…ただいま」
5,6時間目はきちんと授業に出て、それなりの授業態度で臨んで、5時丁度に帰宅した。
「…5時…3分…ネェ、昨日より1分も遅いよ…?なんでなの…?私を避けてるの…!?」
玄関を開けると、すぐにママが居た。ママはまだ白髪に悩まなくていい年齢のはずなのにもうすでに真っ白な状態になっている。病的に痩せていて、余った皮が魔女のように垂れ下がっている。
ママは私の肩に両手を置くと、そのまま強く揺すった。
「ネェ、ネェ、つぐみも私から離れてしまうの!?あの人みたいに…小夜子みたいに…!!」
肩に置いた手の爪が刺さって痛い。でも、ここで私が声を荒げてしまえばママは壊れてしまう…。ママは病気。この家で名前を出すことは禁じられている、私の父「あの人」と、去年大学進学をきっかけに家を出た小夜子姉ちゃんが自分から離れていったことが寂しくて寂しくて仕方がないみたいだ。ママの監視は離婚したときからあったけど、小夜子姉ちゃんが家を出てから、もっとひどくなった。
「ママ、ごめん。明日は早く帰ってくるから。わ、私宿題あるから部屋に行くね。あと、お弁当。いつもありがとう」
私がママに笑顔を見せると、ママも笑ってくれた。お弁当。毎朝、ママが早起きして作ってくれているけど、ママが作ったものを口にすればママの思ってることとか今もママを苦しめる思い出とか、そういう嫌なものも自分の中に取り込んでしまいそうになる。私はいつもお弁当の中身はごみ箱に捨てて、バレないように洗って返していた。
部屋に戻って勉強机の電気だけつけると、私は椅子に座った。普段はベッドに突っ伏すんだけど今日は特別。石神先生からの宿題がある。
『第一回進路希望調査』
石神先生は私の一年のときの学級担任で、ヒステリックなママのことも知っている。だからこそ、私のことを気にかけてくれてるんだ。私のサボり癖のことで新任の今の学級担任と揉め事を起こした時に、石神先生は何とか穏便に済ませようとしてくれた。…奴もなかなかいいとこあるんだ。
私は石神先生からもらったプリントとにらめっこして、とりあえず名前と出席番号とを書いてみたけど、やっぱり本当に書くべきところに書くことは何もない。私は将来何がやりたいんだ。とりあえず高校受験の時は、将来の夢は高校で考えればいいと思って近所の、ちょっとだけ偏差値の高い高校にした。公立だから学費が安いっていうのもある。私にとって、高校の3年間は猶予期間のはず。なのに、もうすでに考えなきゃいけない時にさしかかっているのか。高校二年の夏。
『あのとき逃げた代償』との戦いが始まった。