【番外編】 オ オ カ ミ 少 年 1
俺の本体は、きっと誰にも見えないよ。
――オオカミ少年――
きっと 今 本当のことを言ったところで 誰も信じてくれないや
朦朧とする意識の中で、俺は夢を見ていた。母さんと僕が喋っている夢。
見覚えのある病室。鼻につく消毒液のにおい。花瓶に入れられて凛としているのは母さんの好きな、僕も好きな花。これは記憶なのか。
――大丈夫?
きっと僕は、さっきまでいた医者の説明を聞いた後なんだ。母さんは一度聞いているらしく、お医者さんが喋っている間中、僕の顔色をうかがっていた。
――大丈夫だよ。
僕は母さんと同じ顔をした。母さんは病室にいる間、悲しい顔ひとつも僕に見せてくれない。僕も、笑うと目がつぶれるんだ。
俺は、病室にいるふたりの親子を眺めていた。リクライニングを起こして、ベッドに座っているのが中学生の『僕』。隣の椅子に座っているのが、当時の母さん。5年くらい前の記憶、なのかな。目線の位置は違っていて、まるで他人事みたいな、傍観者みたいな立ち位置で、俺は体の感覚もなくて、口も、手も、動かせないでいた。
――昨日、ね、クラスメイトの子が来てくれたんだ。サッカーやろう!だってさ、僕、ベッドから降りられないのにね。でも、その子が話してくれたんだ。今の学校の話。今はものすごく暑いんだってさ。この間なんて、開けていた窓から蜂が入ってきて、授業が止まっちゃったんだって!そしたら国語の安原先生がね、急に電気を消して、『蜂は明るい方へ飛んでいきます』って冷静に蜂を追い出したの。ぶっ飛んでるって思わない?
僕は、いつから平気で嘘をつくようになってしまったんだろう。
登場人物はサッカー好きのクラスメイト、冷静沈着な安原先生。僕は昔から、本を読むのが好きだった。昔は昆虫記とか、図鑑のほうが好きだったけど、今は物語。それもとことん日常に近いような本が好きだ。どんな冒険記より、どんな夢のあるSFより、キラキラとしていて、読んでいるこちらもわくわくする。僕は、看護師さんに頼んで、そういう本を持ってきてもらうんだ。本を読んで、自分風にリメイクして、母さんに話して聞かせてあげるのが好きだった。
来たこともないクラスメイト。一度だけ来た、担任の安原先生。僕はちょうど太ももの位置の、敷布団の下に隠してある文庫本に触れた。母さんがこの本を知らないことを祈ります。母さんが笑ってくれるなら、僕はお話をいっぱい話してあげるから。