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3-2

 外はやっぱり暑かった。一度は引いた汗が、保健室を出てしばらくするとまた吹き出してくる。蝉も元気に鳴いていて、蝉の声がガラスを貫いて保健室に入ってきていたみたく、私の頭蓋骨も貫いて頭の中にまで響く。その元気、私に頂戴よ。


 制服姿で美容室に入ると、案の定ガラガラだった。平日午前。学割のための学生証を出すのが申し訳なくなる。いや、むしろ事情を知らない通行人に通報されちゃわないんだろうか。一応私は頭痛っていうていで早退したわけだし。


「涼しくしてください。以上」


 私はそれだけ言うと、腕を組んで目を瞑って眠れる体制に入った。行きつけの店。来るのは何か月ぶりだろう、って感じだけど、ここの人はみんな知っている人。特にナミちゃんはこの店で一番若くて、私のインスピレーションを感じてくれる人。小さいころから私の専属。もちろん、ママも、小夜子姉ちゃんも。


「前回来たのが去年の冬だって!つぐみちゃん、それ髪痛むからね?もっと頻繁に来てくれないと。こっちも来てくれる人少なくなったら商売あがったりなんだから」

「私の心配より商売の心配してる?」

「バレたか…そんなことより、この間小夜子ちゃん来たよ」

「…え」


 小夜子姉ちゃん。ママと私を置いて、家を出た人。2人はいつも一緒だった。ご飯を食べる時も、遊ぶ時も、一緒に学校に行くのも、ママに怒られる時も。


――さよこねえちゃん、なつかしいなまえ。 もっとききたい。さよこねえちゃんのはなし。


 小夜子姉ちゃんなんて、初めから居なければよかったんだ。生まれてこなければ。お見合い結婚して子どもができて、その子が小夜子姉ちゃん。2年後に生まれたのが私。ママと『あの人』を繋ぐものは小夜子姉ちゃんと私の存在だけ。『あの人』とママが離婚して10年はとっくに過ぎたけど、ママは『あの人』が自分から離れていったっていうのが寂しくて、辛くて、今もママを苦しめている。


「小夜子姉ちゃん、私のことで何か喋ってた?」

「春にね、来た時にね、ずぅーっとつぐみちゃんのこと喋ってたよ。それこそ、些細な思い出から、今のつぐみちゃんに対する心配事まで。つぐみちゃんは愛されてるなぁ、って思った。…これ、私の感想だから気にしないで」


――さよこねえちゃんはわたしのこと、きにしてくれてるんだ。よかった。わすれてないんだね。わたしもわすれてないよ。さよこねえちゃんとのこと、おもいでぜんぶ。


「それから、預かりもの」


 ナミちゃんは一度手を止めて、私がうつっているドレッサー調の鏡の下の引き出しから封筒を取り出した。『ホラ、読め。』と命令口調で私に押し付けてくる。どうせヒマだし読んでやるか。私に連絡も寄越さなかった馬鹿な姉の言い訳は、どんな崇高な文章で綴られているのだろうと。

 小夜子姉ちゃんの手紙は、えんぴつ書きだった。昔私たちが好きだったキャラクターの便箋。今ではあんまりキャラクターショップでも売っているところを見ることがなくて、これはきっとレアものだと思うんだけど、ものすごく懐かしい便箋に、何度も消したような跡の残っている手紙だった。何度も読み直して、考えて書いたんだろうな。小夜子姉ちゃんが手紙ひとつに時間をかけている様子を思い浮かべてしまって、胸がチクリとする。


――さよこねえちゃん、うけとったよ、おねえちゃんのきもち。


「最後に、あんたも自由になりなさい。立ち向かうなり、逃げるなり、行動するのよ。以下、お姉ちゃんの連絡先です。何かあったら連絡してきなさい ――ほう、メールアドレスも住所も書いてある」


 私は小夜子姉ちゃんからの手紙の最後を読み上げた。ナミちゃんにも聞こえるように。ナミちゃんは私の髪を切りながら、目にうっすら涙を浮かべている。私が愛されてるってわかったのがそんなにうれしいのか。ナミちゃんは今のママの様子も知っているから、余計考えることがあるんだろうな。


「これ、ここにまた戻しといていい?」

「つぐみちゃんの好きにしていいよ」


 私は小夜子姉ちゃんには頼らない。小夜子姉ちゃんが悪者じゃないって頭で理解してしまったら、私とママは生きていけなくなる。だから


――おねえちゃん、ありがとう。でも、じゆうになんてなれないよ。ママがくるしんでいるときに、わたしだけ


「自由になんてなれないよ」



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