幕間 哀れな神 語る男
???視点
欝だわ……欝なのよ。私は悪くないの……。ラヴァンとシャフォールが悪いのよ!
私はどうしたら良いの? 謝る? それじゃ本当に私が嗾けたみたいじゃない! そんな事したらあの猫人に殺されちゃう。
その猫人はイグニットっていうらしいんだけど……黒い狼の人、えっと……ケイゴって名前みたい。そのケイゴを殺した奴を許さないって言ってるみたいなの。しかもシャフォールだけじゃ無くてラヴァンも許さないって……私あの時声を出しちゃったけど気付かれてないよね? 私が乗っていたって気付かれたら私も狙われるのかな? 怖い……怖いよう。
私は怖いからお家から出ない事に決めたわ。勿論ラヴァンもシャフォールも極力出ないようにするように言った。だってあの二人は特徴的過ぎるもの……何処かで見られてこの場所がばれたら……お外怖い。
ある日、お家に男の人が訪ねて来たの。私はとうとう見つかった! 殺されちゃう! って思ってたんだけど、どうやら違うみたい。男の人はニヤニヤと笑いながら言ったわ。
「やあ、初めましてっ! ぼくは叙事詩世界の監視と伝令を担当しているロキっていうんだ。君がイデアノテの神で間違いないかなっ? まあ聞かなくてもちゃんと調べてあるから、間違いないことは明白だけどねぇ。名前教えて貰っていい?」
私は困ったの……だって私には名前が無いから。ラヴァンもシャフォールも私に名前をつける事は出来ないって言って付けてくれなかった。
もしかしたらこの人が名前付けてくれるかもって思ったんだけど、それも次の言葉で否定されてしまった。
「うん? 名前ないの? そっかぁ。可哀想だねぇ……でもぼくにはどうしてあげる事も出来ないんだ。流石に勝手に名前付けたら圭吾ちゃんと千香華ちゃんに怒られるだろうからねぇ」
がっくりと肩を落とす私に、ロキと名乗った男は色々な話をしてきた。私はこの世界の事なら何でも知っているし知る事が出来るけど、それ以外の世界もそこから来た人も知る事は出来ないの。だからロキの話は知らない事だらけで楽しかった。
叙事詩世界の事、それを管理する神の事とか色々知ったわ。でもその後、私は再び落ち込む事になるの。
この世界……イデアノテを創ったケイゴとチカゲという神の事、今までの経緯、現在の状況……聞くごとに私は落ち込んでいくのだけど、ロキはそんな事お構い無しに話し続けるの……。
あの二人は私のお父さんとお母さんのようなものに当たるらしい。嬉しいような悲しいような……だって私を見ても私の事を知らないみたいだったし、名前すら付けてくれていない。
私無しで世界を管理してる。私がこの世界の神なのに……でもその理由は自分でも解っているの。私は何も出来無いから……なんの役にも立たないから。
私のした事なんて、二人の邪魔をしただけ……この間は、ケイゴ……お父さんを殺すのに加担してしまった。
「圭吾ちゃん? 死んで無いよぉ? 休眠状態なだけ。でも暫くは動けないと思うよっ」
良かった……死んでないんだ。少しだけ心が軽くなったの。でもお父さんを傷付けた事実は変わらないし、下手するとお母さんに命を狙われる事になるんだ……私は益々落ち込んでいく。
「うーん? 圭吾ちゃんが居ない間の補助をして貰おうかと思ったけど……無理そうだねぇ。仕方が無いからロキさんが代わりに千香華ちゃんを手助けしてあげよう!」
本当は私がしなくてはいけない事みたいだけど、代わりにロキがしてくれるらしい。やっぱり私は何も出来ないのね……。
「そんなに落ち込まないでぇ? 今は無理だけど、間を取り持ってあげるからね? 今は無理だよ? だって千香華ちゃん怒ってるから……圭吾ちゃんが戻って来て落ち着いた時に……ねっ?」
それだけ言うとロキは去っていったわ。たぶんお母さんが世界を管理するのを補助しに行くんだ……。有り難いと思う反面羨ましいと思った。……私には何も出来無いから。
その後、私は何十年も待ったわ。本当は私にとっては短い時間だけど、待っている時は長く感じるものなのね。会ったら名前を付けて貰うんだって思って、それを楽しみに耐えたのよ。
そしてやっとその時が来たと思ったの……けれど違ったわ。
「……って訳でねっ。少しこの世界でやりたい事があるんだけど……邪魔しないでね? もし邪魔したらあの二人にもっと嫌われちゃうかもねぇ」
お父さんは無事この世界に帰ってきたみたいだったの。でもね、今他の事で手が一杯なんだって……。他の世界との事で、やらなくちゃいけない事があって、それを邪魔しちゃいけないってロキはいったわ。私は邪魔するなんて出来ないしする力も無いわ……それよりも約束と違う! って言いたかったけど……役に立たない所か邪魔になるって、そうしたら嫌われるって……。
私は同意するしか無かった……私は何の為に居るのかな? 要らない子なの?
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語る男
一つ話をしようか。これは本当に有った話だ。
その男は、特に取り得も無く平凡な男だった。
毎日をただ生きていた。起きて飯食って働いてクソして飯食って寝る。つまらない生活だった。
ある日男は町中で声を掛けられる。「毎日がつまらなくないか? つまらない生活なのはこの都の王が悪いからだ。我等と一緒に変えようじゃないか」と。
その為には資金が必要だから、盗賊に身を窶してでも稼がねばならないとの事だった。
男は迷ったが、勧誘してきた者の言葉の匠さに断りきれず、午奮団という盗賊団に所属する事になった。
近いうちにでかいヤマがある。その為に人を集めているとの事だった。そのヤマが巧くいけば、こんな事はもうしなくても良い。この都を変えられる……そう思った。
仕事は巧い事いった。毒を盛られた冒険者や護衛の奴等は、苦しみもがいていた。男はそれに止めを刺す役だった。今回限りだ! これを終えれば都を変えて、つまらない生活から抜け出られる! 男はそう自分に言い聞かせ同じ作業を繰り返した。
仕事を終えて午奮団のアジトに戻った時には、男は立派な盗賊となっていた。周りは「よくやった」と褒めてくれる。同じ境遇の者も多数いて、奇妙な連帯感も生まれていた。
後は唯一の生き残り、未人の老人に罪を擦り付けるだけと聞いても特に何も思わなかった。
しかし事態は急変した。未人の老人が逃げ出したのだ。男はそれを捕獲する任務を請け負う事になった。
すぐに捕まえられるだろうと思っていた。午奮団員は午種族出身ばかりだから、ジジイが幾ら逃げようとも逃げられる訳が無いと……。
予想は大きく外れる事になった。そのジジイは驚異的な足の速さを持っていた。男達はなんとか追いすがり漸くジジイが転倒した事によって追いつけそうになった……しかし、その時だった。
前方から黒い化け物が現れ、次々に男の仲間が打ち倒されていく。瞬く間に十四人居たの仲間は男ともう一人だけになっていた。二人は顔を見合わせ逃げる事にした。……だがそれは叶わなかった。突然足元の地面が無くなったからだった。
男は強烈な刺激臭で目を覚ました。落とし穴に落ちて気を失っていたようだった。状況が解らず辺りを見渡そうとした男は、異変に気付く。体が動かない、頭は何とか動くので横を見ると、首だけを地面から生やした男の仲間が目の前に居る黒い化け物と銀髪の男に罵声を浴びせている。
しかし銀髪の男は罵声に怯えるようなことも無く「黙らないと殺す」と言った。その言葉は妙に説得力のある言葉だった。殺される! 男は本気でそう思った。
銀髪の男は正直に答えれば殺さないと言った。その言葉も嘘ではないと何故だがそう思えた。
質問は二つ……一つ目は“盗賊から足を洗う気があるか”男は『ある』と答えようとしたが周りの仲間の手前もあり言葉が出てこない。
二つ目の質問は“人を殺した事があるか”男は正直に答えた。「盗賊をしていたのだから当たり前だ」と、だが今は後悔していると続けようと思ったが、言う暇は無かった。
銀色の悪魔が「ギルティ」と言った瞬間に十四人の仲間の首が綺麗に宙を舞った。体から吹き出る血が男の顔にもかかる。
男の仲間だった者達は光に還っていった。残されたのはその男だけ。銀色の悪魔は何かを男に言ってくるが、男はもう頷く事しか出来なかった。
黒い化け物よりもこの小さな銀色の悪魔の方が恐ろしかった。たった一呼吸で人を殺し、殺した後でも全く表情を変える事無く笑っている。……いや、笑っているかどうか本当の所は解らない。男はその後の事を殆ど覚えて居ないからだ。
土に首だけ出して埋められたまま暫く放置された事が原因だったのか……どれくらいの時間そうなっていたのか解らない。ただ覚えているのは銀色に殺されるという恐怖だけだった。
気が付いた時はギルドで証言を求められていた。男は一生懸命話した。嘘を吐く事無く……自らの犯した罪を告白した。午奮団の事も、協力関係にあった巳獣人の男の事も洗いざらい話した。
もし嘘を吐けば銀色が来る! 男はそう思った。
“銀色”は息をするように人の首を刎ねる。“銀色”に嘘は通用しない。“銀色”は嘘を吐く者を許さない。“銀色”は風の音を伴いやってくる。“銀色”に慈悲は無い。
だから嘘を吐いてはいけないよ?
「話はこれでおしまい」
私は息子にそう告げる。息子は怯えながらも気になった事を訪ねてきた。
「お父さん……その男の人はどうなったの?」
「その男はね。暫く銀色に怯え続けたが、それを乗り越えた。罪を償い嘘を吐く事無く、誠実に仕事に励んだ。今は幸せに暮らしているよ」
息子は少しほっとした顔を見せる。私は息子に言い聞かせるように言った。
「だけどね? 銀色は何時でも探している。嘘を吐く者を……。『だから嘘を吐いてはいけないよ?』」




