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叙事詩世界イデアノテ  作者: 乃木口ひとか
4章 世界は誰が為に在る
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幕間 狼の父



 ロキ視点



 圭吾がやっと復活したようだ。千香華は平静を装っているが、内心は浮かれているのが解る。常日頃から冷静でいろとあれ程言っているのに……仕方の無い奴だ。まあ今回は大目に見てやろうと思う。何せ五十年もの間、恋人の帰りを待ち続けたのだから……。我と違い少し前まで只の人間だったのだ五十年は長く感じただろう。


 開け放たれた窓から飛び込んできた圭吾の姿を見て、我は少し動揺してしまった。その姿は闇夜と同化するような黒い毛並みで、この部屋の大きな窓でもギリギリの大きさをしている大狼だった。頭をよぎるのは我が息子フェンリルの姿。我は男であり女でもある神だ……父性とも母性とも知れぬ感情が湧いてもおかしくあるまい。だがその動揺を表に出してしまう事は無い。


 千香華と一緒に圭吾をおちょくろうとしたのだが、失敗に終わった。


「ロキは知っている匂いがしないんだ。千香華は誤魔化しているけど、ロキは別物になっているんだろ?」


 驚いた。圭吾は神の匂いを嗅ぎ分ける事が出来るのか? これは脅威だ。嘘を吐く事も見破る事も出来まいと思っていたのだが……中々侮れない男だ。


 やはり圭吾と千香華とのやり取りは楽しい。我がこんなに他の神との会話を楽しんだのは、一体何時以来なのだろうか? 同じ特性を持つ千香華はまだしも、圭吾は我のしてきた事を“神話”を通して知っている筈なのに……それでも変わらず接してくれる。こんなに嬉しい事は無いだろう。



「冗談だ……ロキ助かったよ。ありがとう」


 そう言いながら、圭吾は千香華と我を一緒に抱きしめた。


「ひゃう! あれ? なんか違うよっ! ロキさんはホモォじゃないよ! ……あれ? でもなんか変な気持ちに……」


 我を動揺させるとは! なんと侮れない男だ! どうにかふざけて誤魔化したが……喜びを表に出してしまう所だった。別に変な意味ではなくて、友人と戯れ楽しくてテンションが上がって……我は何を考えているのだ。落ち着かねば。



 圭吾はセトから頼みを引き受けてきたと言っていた。それは既に我も知っている。何せその二種族の移住先をこの世界にするように進言したのは我だからだ。その二種族は、この世界に足りないものを補える可能性を持つ筈だ。ドウェルグは我も幾度と無く利用してきた。逆に辛酸を舐めさせられる事もあったが……その有用性は我も認めるところだ。

 アールヴも低級とはいえども豊穣神の筈なのだが、件の世界では一種族として扱われている。我も別物として考えているが、しかし中々面白い特性を持っている種族だ。使い方によってはこの世界の利益となるだろう。

 この二種族を圭吾と千香華がどう利用するか、我としても楽しみなのだ。


 だがその二種族を移住させる理由はそれだけでは無い。あの世界の神……ナイトハルトが最も執着している種族だから選んだ。この世界にあの痴れ者を誘き寄せる絶好の餌……それがあの二種族だ。


「見ていて辛かったんだけど、ぼくは許可無しで勝手な事が出来ないようになっていてね? 本当に何度も子供達を放ってやろうかって考えたぐらいだ!」


 圭吾と千香華をたきつける為に、件の世界の酷い有様を話していたのだが、気持ちが入りすぎてしまった。あの痴れ者は絶対に許さない!





 圭吾と千香華に別れを告げて我がまず向うべきは、イデアノテの神の所だろう。創造神の彼等では無く、本来この世界を管理しなければならない神のところだ。

 力も持たず、名も持たず、ただ居るだけの存在……哀れな神だ。今は事情が有り引き篭もっているようだが、余計な事をしないように釘を刺さねばなるまい。


 本来は圭吾と千香華に引き合わせ協力させるべきなのだが、こいつは役に立たないだろう。それどころか邪魔にすらなりそうだ。ならば敢えて会わせない方が上手くいくんじゃないかと思い、我の独断で距離を置かせている。


「……って訳でねっ。少しこの世界でやりたい事があるんだけど……邪魔しないでね? もし邪魔したらあの二人にもっと嫌われちゃうかもねぇ」


 これで良いだろう。この神には悪いと思うが、この計画は成功させねばならない。不安要素はなるべく取り除いておくべきだ。ただでさえこいつのせいで……正確に言うと違うのだが、圭吾が五十年動けなくなった……これぐらいは言われても仕方ないだろう?





 ナイトハルトとその取り巻きを奴の世界からイデアノテに送り込んだ。残った戦力も特例として我が殲滅した。

 後はあんな奴をのさばらせてしまった責任を奴の世界の神が取る事だろう。哀れだとは思うが、奴に創り出された事自体が不運だったのだ。

 エターナルワールドの崩壊に巻き込まれる前に退去する事にしよう。……エターナルワールドとは皮肉な名前だな。



「間ぁに合ったようだねぃ。今さっきね? エターナルワールドがこの世から完全に消滅しましたぁ。それに伴いぃ、君達と君達の世界のリンクが途切れましたぁ! というか無いから途切れるも何もないけどねぃ? つぅまぁりぃ……君はまだしもこいつ等はこの世界に適応できませぇん。この世界の大気は君の所と違うからねぇ」


「ロキぃ! どういう意味だ! 何をした!」


 こいつに名前を呼ばれるのは堪らなく不愉快だ。だがそれもあと少しで終わる。我の目的の一つは、我の到着の前に圭吾と千香華によって成されていた。流石は我が認めた者達だ……これで我が息子も助かることだろう。

 我の目的の一つ……それは奴の世界の“フェンリル”の解放と“グレイプニル”の名を冠するあの鎖の破壊だ。

 我等叙事詩の神は、新たな解釈に多大なる影響を受ける。それはおかしな解釈でも例外なく、本体である神に影響を及ぼす。ナイトハルトが創り出した世界で、我が息子フェンリルの写し身が創られた。

 本質も違えば役目も違う異質なフェンリルだったが、我が息子に与えた影響は絶大な物だった。自らの意思で動く事が出来なくなり、痛みで暴れまわる。

 オーディンに頼み込み、あの忌まわしき魔法の紐【グレイプニル】を借り受け、泣く泣く愛しい我が息子を拘束しなければならなかった。


 もう一つの目的も達成目前だ。奴等と奴の世界のリンクが切れた事により、この世界のルールに縛られる事になったのは、奴の取り巻きが死んだ時に光となって、この世界の循環に取り込まれたのを見て確信した。

 後は奴が死ぬのを待ってこの【心臓】に封じ込め、【心臓】ごと“無”に放り込めばそれで全て終わる。

 しかし、雲行きが怪しくなってきた。圭吾達に近しい者が奴の世界の毒に侵され、死に掛けていると言うのだ。解毒の方法を聞きだす為に、圭吾は中々奴に止めを刺さない。我が直接殺せるのならそうするが、この世界のルール外に居る我では、奴を死に至らしめる事が出来ない。


 そこで我は一計を案じた。奴が滅べば奴の世界は無かった事になる。その事を圭吾に教えたのだ。それを聞いた圭吾は一切の躊躇も無くナイトハルトの頭を潰した。果たして我は、奴の魂を【心臓】に封じる事が出来たのだった。



 セトの神殿に戻った我は、セトの監視のもと“無”へナイトハルトの魂が入った【心臓】を投げ込む。一応そういう決まりになっているようだが……単に我を信用していないだけに思える。我とて奴の穢れた魂など持ち続けていたくは無いのだがね?


「これで一件落着かなっ?」


 我がそう言うとセトも満足そうに頷いていた。自分が派遣した事もあり、セトも責任を感じていたのかもしれない。セトが奴の本質を見抜いていれば、今回のような事は起こらなかったと考えると、複雑な気持ちではある。


「そうですね。いやぁしかし……圭吾さんがよく許可をだしましたね」


「いや。許可なんて取ってないよ? あの圭吾ちゃんがそんなの許可するわけないじゃん? 計画に支障が出ちゃうでしょ?」


 解っていないな。圭吾が自らの世界にあんな馬鹿を呼び込む事に、同意などする訳が無いだろう。同郷の者を殺す為に世界を使うなんて、あの甘い男は躊躇するに決まっている。そんな事になれば息子を助けるのが遅くなるではないか。


 セトは我の言葉を聞き、慌ててイデアノテの様子を探っているようだった。その表情は段々と厳しいものになっていく。


「イデアノテの住人に瀕死の者が出ているのか?」


 そういえばそんな事を言っていたな……確かヤーマッカといったか?


「みたいだね。でも一人でしょ? 人間が一人死に掛けているから何だって言うんだい?」


 セトの表情が変わった。酷く恐ろしい顔をしている。我は何か不味い事を言ったのだろうか?


「ロキ! お前は解っていない! 圭吾の……あの男の性格を! あの荒ぶる神の特性を! 怒りに飲まれれば平気で我等であっても殺すぞ? それを成すだけの力も持ちうる神だぞ?」


 セトは頭を抱え考え込んでいる。その時だった。セトの神殿が震える程の怒りの塊が侵入したのは……。離れていても伝わる程の怒気が神殿全体を包みこんでいる。


「ロキ! お前なんて事をしてくれたんだ!」


「ちゃんと言った通りにしたじゃない? 何の問題があるって言うんだい? あの馬鹿をおびき寄せてエターナルワールドから引き離して、こうして魂も封印したじゃん? イデアノテにおびき寄せるのはセトさんだって許可したじゃない」


 セトが我に言ってくるので、自らの正当性を説いた時にそれはやってきた。全身の毛を逆立て怒りのオーラが見えそうだ。怒気を孕んだ声を叩きつけてくる。


「ロキ! てめぇ裏切ったな? イデアノテを神々の戦場にはさせないと言ったよな?」


 やばい! ここは逃げるが勝ちだ。時間を置いて、怒りが収まった頃にでも詫びを入れた方が良さそうだ。

 我は姿を消して逃げる事にしたが、気付いた時は壁に埋まっていた。どうやら圭吾に殴られ吹き飛ばされたようだ。……認識できぬ者を殴り飛ばすなんて事が出来て良いはずが無い。逃げねば! そう思ったが時既に遅し、圭吾は神の目を持ってしても追えぬ速度で我に接近し、胸倉を掴み吊るし上げる。


 その後の圭吾の言葉で、我は取り返しのつかない事をしたのだと悟った。我は友を裏切り、信頼を踏み躙ったのだ。圭吾の気持ちが良く解る……我も過去に裏切られ裏切った。理解してもらえると思っていた。我が結果的に友の不利益になる事はしないという事を……。しかしあの時友は我よりも他の神族の面子をとった。そして我は幽閉された。あの時の悔しさを思い出したのだ。



 その後の話はあまり頭に入ってこなかった。ただ圭吾に詫びを入れたかった。我はその言葉を口にする。しかし圭吾の怒りは収まらないようだ。


「二度と顔を見せるな!」


 視界が真っ暗になったような気がした。我はまた失うのか……心を許せる親友を。我の事を理解してくれる者を。




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