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内籐は膝を着き項垂れている。自らの創った世界が自業自得とはいえ消え去ったのだから、ショックは大きいだろう。俺は姿を獣人型に変え内藤に近付いた。こいつには聞かねばならない事がある。
「おい……内籐。お前達の使っている毒は何だ? 解毒の方法を教えろ」
ヤーマッカの受けた毒の事だ。あれはこの世界の毒では無い為、解毒の方法が解らないのだ。事は一刻を争う……俺は拷問にかけてでも吐かせる気でいた。
「……と……ねぇ……」
ん? 上手く聞き取れない。俺は更に近付いた。
「……内藤って呼ぶんじゃねぇよ! 俺様はナイトハルト様だ! 世界が無くなったんなら奪い取っちまえば良いんだ……クソみたいな世界だが俺様が貰ってやるよ! 死ね!」
内籐は金色の趣味が悪い剣を振りかざし突然斬りかかって来た。それなりに速いが型も何もあったもんじゃ無い。そんな攻撃が通用するほどこの世界は甘くない。
俺は半身だけ横にずれて攻撃を避ける。避けられるとは全く思っていなかったのか、内藤は驚愕の表情を浮かべた。俺はすれ違い様に内藤の腹に膝を蹴りを入れる。
「ぐはぁ……」
内籐は金色の鎧を着ているが関係ない。一度膝をあてがい一気に衝撃を内部に通す。所謂、浸透剄の一種だ。内藤はまだ諦める気は無いようで振り向き様に剣を横薙ぎに払い斬りつけて来た。
俺はその剣を膝と肘で挟み込んだ。バキッという音と共に内藤の持つ金色の剣はあっさりと折れてしまう。
「馬鹿な! 俺様の神剣クラウ・ソラスが……」
おいおい。今まで北欧神話系だっただろうが……此処に来てトゥアハ・デ・ダナン神話かよ? 無節操も良いところだな。確かクラウ・ソラスは不可避の剣で不敗の剣だったか? 神々の王ヌァザの剣だなんて大層な物だが、こいつの世界は既に無く神性を失っているならただのガラクタだ。
俺も物語の中で幾つか神話の武器を出しているから人の事はいえないが……有名な武器は、知っているという事で親しみが湧くかもしれないが、それに頼るようじゃ全く意味が無いな。
武器を折られ呆ける内藤の頭を、掴み無理やり俺の方に視線を向けさせる。
「……解毒の方法を教えろ」
俺はなるべく低くドスをきかせた声で言った。しかし内籐は答えない。
折れた剣で突き刺そうとしてきたので、その手を掴み武器ごと手を握りこむ。ゴキッ、ベキッという音がして内籐の右手が砕ける。内籐は聞くに堪えない汚い言葉を並べるが、今の俺には聴こえない……聞く気が無い。
「答えろ。解毒の方法だ……」
再び質問を繰り返す。しかし返って来た返答は俺の望むものではなかった。
「うひゃひゃひゃ! あのジジイが死にそうなのがそんなに気になるのかよ? 無駄だぜ! あの毒に解毒の方法は無い! もう死んでるんじゃねぇのか? うひひひひ! あの毒はまず四肢が腐り落ちるんだぜ? 見れないのが残念だな。偽善者面して人を庇うからああなるんだ。お前もそう思うだろ?」
このゲス野郎が! 怒りに我を忘れそうになるが、すぐに思考を別けて冷静になるように努める。千香華の方を見ると千香華は鋭い目付きで内藤を睨んでいる。
「ケイ、そいつ嘘を付いているよ」
そうか……まだ余裕がありそうだな。頭を再び掴む。爪が食い込むが気にしない。そのまま頭を掴み上げ内藤を吊るし上げる。
「解毒方法だ……吐け」
内籐は何も話さない。俺は左手で内藤を吊り上げたまま、右手で内藤の左腕を圧し折った。しかし内藤は叫び声一つ上げない。……もしかしてこいつ痛みを感じていないのか?
「俺を殺すとあのジジイは助からないぞ? そうだ! そんなに大切ならお前死んでみせろよ! そうしたらあのジジイを助けてやるよ!」
「嘘だね」
間髪入れず千香華が嘘を指摘する。こいつ息をするように嘘を付きやがる。
それまで黙って事の成り行きを見ていたロキが痺れを切らしたように言葉を発した。
「圭吾ちゃんは優しすぎるよぅ……そんな奴さっさと殺せば良いのにぃ。まだ生かしておく気でしょ? 良い事教えようか? そいつを殺せばあの世界の毒なんて消えるよ。ああ、安心して? この世界に受け入れたあの種族なんかは消えないから……」
ロキは知っていたのか!? 何故今まで黙っていたんだ!
「え? ちょっとま……」
内藤が何か言ったようだが、ヤーマッカとこいつの命では比べようも無い。グチャっと嫌な感触が左手に伝わる。頭部を失った内藤の体は、糸が切れた人形のように地面に崩れ落ちた。内藤の体が光の粒となり霧散し始める。
その時だった。ロキはタイミングを見計らっていたかのように懐から黒い宝玉のようなものを取り出した。その黒い宝玉の様な物は光を吸い込み徐々に白くなっていく。
俺達はその光景をただ呆気に取られ見ているだけだった。
程なくして光が全て吸い込まれ黒かった宝玉の様な物は、真っ白になっていた。
「うん! おっけー。圭吾ちゃんごめんねっ? 助かったよぉ? まったねぇ」
そう言いながらロキは姿を消した。
今回の襲撃は全部ロキの差し金だったのか? 全部あいつの仕組んだ事だったのか? 呆然としたまま考える俺の耳に千香華の声が聞こえてくる。
「ケイ! ヤーマッカの所に行こう!」
そうだ……ロキの言った事が本当なら、あいつを殺したから毒は無くなった筈だ。俺達は急ぎヤーマッカの居る地下シェルターに向った。
途中でアドルフとサライに声を掛けられたが、俺は言葉を返す事無く走った。アドルフとサライも俺の反応を見て現状を理解したのか俺達の後を追いかけて来た。
地下シェルターの中は思った以上にしっかり造られていて、明かりも十分だった。しかし空気は暗く重いものになっていた。
「ヤーマッカ!」
俺はヤーマッカが寝かされているという部屋に飛び込む。部屋の中にはベッドが置いてあり、サイラスを含む数人の森人がベッドを取り囲んでいた。
俺はそこに寝かされてるヤーマッカの姿を見て絶句する。ヤーマッカの顔は死人のような色になっており、内藤が言ったように四肢が腐り落ちて既に原型を留めて居なかった。なんとか生きてはいるようだが、それは周りを囲む森人達が、何とか使えるようになった精霊魔術で命を繋ぎとめているようだった。
「ケイゴ様……申し訳ありません。今の私共ではこれが精一杯でございます」
サイラスがそう言って頭を下げてくる。サイラス達は精一杯やってくれた……それは解っている。……解っているのだが、俺は労いの言葉を掛ける事すら出来なかった。
「……ヤーマッカ」
俺が声を掛けるとヤーマッカは目を開けて俺達を見た。
「……おお。ケイゴ様……チカゲ様。こんな姿で……申し訳ございま……せん」
そう言ってヤーマッカは体を起そうとするが、それは叶わない。手足が既に無く、起き上がる力も無いのだ。
ヤーマッカは悲しそうな顔を一瞬見せたが、無理やりに笑顔を作り出す。
「どうやら……私がお仕え出来るのも……此処までのようですな……。あなた方……のような素晴らしい……お方に仕えられて……ヤーマッカは幸せでした……」
誰も言葉を発する事は出来ない。サライは涙を堪え佇んでいる。アドルフも何も言わない。森人達はまだ懸命に延命措置を続けている。俺も千香華もヤーマッカの言葉を聞き逃すまいと耳を澄ます。
「願わくば……叶わないと……解ってはおりますが……ずっとあなた方に仕えて居たかった……」
その言葉を最後にヤーマッカは意識を失う。まだ死んではいない。しかしこのままだと時間の問題だろう。
何かヤーマッカを救う術は無いのか? 神とはこの程度の事も出来ないのか? 考えろ! 何か方法がある筈だ!
考えた末に、俺は一つの可能性に辿り着いた。ロキが最後に使ったあの宝玉の様な物だ。あの時、宝玉の様な物は内藤の魂を吸い込んでいるように見えた。あれは死んだ者の魂をあの中に留める物ではないのか? あれを使えば死に逝くヤーマッカの魂を、繋ぎとめる事が出来るのではないかと……。
「千香華。ヤーマッカの延命を頼む……」
突然そう言った俺を真剣な目で見つめる千香華。どうやら俺が何をしようとしているのか感じ取ったようだ。……流石は長年の相棒だ。
「……解った。俺に任せて、死すらも騙し続けてあげるよ……ケイには宛があるの?」
「ああ、セトの所へ行く」
俺は腕輪に意識を向ける。行き先はセトの神殿だ。




