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俺はフェンリルの攻撃を避けながらも考えていた。どうにかこの哀れな精霊達の王の戒めを解く方法は無いかと……。
精霊王は思った以上に動きが悪いので、今のところ避けるのには問題ないが、あまり時間をかけてはいられない。
その時俺の耳元で何かが語りかけてきた。
『ケイゴ様! サイラスでございます。今精霊を通して話しかけさせて頂いております』
「サイラス!? どうやって?」
その声に呼びかけてみるが反応は無い。どうやら一方的に声を届ける術らしい。
『お急ぎください。ヤーマッカ様が持ちません……私共の精霊魔術が万全では無い為、解毒に効果を発揮致しません』
くそっ! 急がなくては……しかしどうやって……。
『精霊王様がいらっしゃるのは精霊達から伝わっております……どうか精霊王様を楽にして差し上げてください! 精霊王様は元は我等の住んでいた森に有った“母なる木”に宿っていた精霊でございます。しかし我等が支配された時にナイトハルトの娘、ハーフエルフのリリアンヌが“母なる木”より精霊王様を引き剥がし、隷属してしまったのです』
なるほど。“母なる木”……マザーツリーか。ファンタジーでのエルフ設定に良くある話だな。
『“母なる木”は枯れ落ち精霊王様は戻るべき場所を失いました。例え戒めから開放されても消え行くしかないのです。それに……ヤーマッカ様は我等の一族の者を庇い毒を受けました。そんな者をもう助からぬ精霊王様の為に見捨ててしまうなんて事は、精霊王様も望まないと思います。どうか……精霊王様に安らぎを与えてください!』
そうか……ならばこれ以上苦しませる事は出来ないな。全力を持って殺してやるのがせめてもの情けか。
精霊王の動きが悪いのは、懸命に抵抗しているのだろうか? 苦しそうに唸りながらも攻撃をしてこない。
「なんでしょう? 動きが悪いですね……この私に逆らおうというのですか?」
リリアンヌは思い通りに動かない精霊王に業を煮やし、段々と素が出てきているのか口調が荒くなってきた。
「この駄犬が! お前は私の言う通りに動いて、お父様の役に立ってればいいんだよ! どうせこのグレイプニルは死ぬまで外れないんだ! 逆らっても苦しいだけ……ほら! さっさと噛み殺さないか!」
リリアンヌはグレイプニルに今までよりも更に力を込める。精霊王は目を血走らせ、全身から血を噴出しながら此方に向けて走って来た。
「哀れな……せめて一撃で決めてやる! ……がぁあああぁぁ!」
俺は大狼の姿に変わり真っ向から精霊王に向っていく。交差する牙と牙……その刹那、精霊王の動きが一瞬止まる。血走った目が正気に戻り、その瞳は『ありがとう』と語ったような気がした。
口の中に鉄の味が広がる。俺は精霊王の首をそのまま噛み千切った。首を失った精霊王の体は数歩前に出て力なく地面に倒れ伏した。
「お馬鹿さん……かかりましたわね? 行けグレイプニル! その“狼”を封じるのです!」
「なんだと!?」
精霊王を縛っていた鎖……グレイプニルが俺目掛けて絡み付こうとしてくる。
少し掠ったのだが、その瞬間力がごっそりと吸い取られるのを感じた。もしかしたらあれは、その名が表す通り、狼を封じるのに特化した物なのかもしれない。
なんとか避けてはいるが、自動で追尾してくるあげく、速度がどんどんあがってくる。
「さあ! 私の下僕になりなさい! 可愛がってさしあげま……」
「ウィンドチョッパー!」
「すわ……え?」
リリアンヌの首がごろりと地面に落ちる。遅れて血が噴出すが、それと同時に無数の風の刃がリリアンヌの体を切り刻んだ。
「この女……ケイに何しようとしてくれちゃってんの? 死ぬの? 死ねばいい!」
横合いから理術を打ち込んだのは千香華だった。更に千香華は何が起こったのか解らないといった表情のまま、胴体を失い転がっているリリアンヌの頭部を理術で燃やし尽くした。
「ふぅ……すっきりー。ケイ大丈夫? ごめんねー? この女なんかムカついたから俺が殺っちゃったー」
「いや……助かった。ありがとう千香華」
実際かなりやばかった。狼を封じるという事に特化されたあの鎖は、一度絡みつかれでもしたら抗える様な物じゃなかったと思う。
「ああああああっ! つっかえねぇ! 全員殺られちまったのかよ! まあ……代わりは居るし? 別に痛くも痒くもねぇけどな? ……でもまあ今回はこいつらしか連れてきてねぇから仕方が無いか」
その下品な声は内藤の声だった。内籐は趣味の悪い金色の剣を頭上に掲げ、何かを唱え始めた。
「…………『デグラデーションコピー』」
内籐がその言葉を発すると、先程の四人の姿が徐々に形作られていく。そして数瞬後には戦う前と同じ姿……同じ? いや明らかにおかしい。身体のバランスも顔の造形も……元に比べて数段劣っている。
「どうだ! 俺様の神としての技能【デグラデーションコピー】だ! コピー&ペーストしたように、こいつ等は何度でもこうやって元の様に蘇る!」
いやいや……激しく劣化しているが? そもそもデグラデーションの意味を知っているのかこいつ……。“劣化”だぞ? お前の技能は【劣化模倣】だ。俺も【模倣】の技能を持っているが……そんなの神力の無駄だろう。
【完全模倣】の技能を持っている千香華に視線を向けると呆れた顔をしていた。
というか模倣する能力を持っていたとしても他人を模倣するなんて、しかも劣化させてしまうなど普通は出来ないだろう?
「こいつ等を何度倒しても無駄だ。俺様には俺様の世界から大量の神力が送られてくるのだ! お前等みたいな底辺には真似できまい! さあ行け! 今度こそあいつ等を殺して来い」
しかし四人は動かない。それどころか体を痙攣させ、白目を向いて苦しみ出した。口からは泡を吹き地面に倒れもがいている。
これは……呼吸困難を起している? その症状が出ているのは、この四人だけではないようだ。俺達を取り囲んでいるエタ世界の兵士達も全員同じようにもがき苦しんでいる。
「これは……これは何だ? 俺様の神力が急激に減っている……。何故だあぁぁ!」
内籐は仲間が倒れて行く事よりも、自らの力が減少している事の方が大事なようで、そう叫びながら発狂しそうな勢いだ。
何故に突然? という疑問が湧き起こるが、その疑問に答える声が聞こえてきた。
「間ぁに合ったようだねぃ。今さっきね? エターナルワールドがこの世から完全に消滅しましたぁ。それに伴いぃ、君達と君達の世界のリンクが途切れましたぁ! というか無いから途切れるも何もないけどねぃ? つぅまぁりぃ……君はまだしもこいつ等はこの世界に適応できませぇん。この世界の大気は君の所と違うからねぇ」
「ロキぃ! どういう意味だ! 何をした!」
その声に真っ先に反応したのは内籐だった。奴は顔を真っ赤にしてロキに食って掛かる。
「ぼくはなぁんにもしてないよぅ? 人聞き……もとい神聞きが悪いねぇ。君の世界の……君が虐げていた神がね? 神力を暴走させて世界ごと吹き飛んだだけだよっ」
「貴様ぁ! 図ったな……俺様をこの世界に向わせて、その間に手引きしたのか! 何が『安全に世界を渡れる方法がある』だ! お前の口車に乗ったからこうなったんじゃないのか!」
何だと!? こいつ等をこの世界に引き入れたのはロキだと言うのか? 確かにロキは色んな世界を行き来するからそんな方法を知っていてもおかしくは無いが……。
ロキはもう内藤の言葉に答えない。宙に浮いたままこの場を見下ろしている。
周りの兵士及び内藤の子供達は完全に息絶えたのか、光の粒となって消えて行く。それを見たロキが邪悪な笑顔を浮かべたような気がした。




