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「この世界ではこれを作り出す事は出来ない。それは知っていると思う。手に入れるためには魔物から手に入れるしかない。しかし、これすらも……」
俺はその包丁を近くにあった岩に振り下ろす。その岩は真っ二つになると同時に肢が出てギヂギヂと嫌な音を立てながら絶命した。この岩はストーンミメシスという魔物で、巧妙に岩石類に擬態し近付いた者を捕食するという蟲系の魔物だ。あくまで擬態しているだけで、それ程の硬度は持っていない。擬態を解いた姿はスカラベに似ている……気持ち悪い。
切り付けた包丁は多少の刃こぼれを起している。俺はそれを見せながら言った。
「現段階の最高品質でも、魔物を切りつけたらこうやって刃こぼれを起す。これ位なら砥げばなんとかなるだろうが……アドルフその武器で受け止めてくれ」
俺はアドルフのもつ青龍偃月刀に鋼の包丁で切りかかる。包丁は殆ど抵抗も無く折れてしまった。
「こうなってしまえばもう使えない。アドルフの持つ武器は規格外としても、この世界の大半の武器がこのレベルだ。だがこれを修復若しくは溶かして再び造り出す技術があったらどうだ? それどころか、この包丁よりもっと良い物を造る事が出来るとしたら? この包丁に使われている金属と同等かそれ以上の物を石から取り出し使う事が出来るとしたら?」
俺の言葉にアドルフは食いついてくる。
「そんな事が出来るのか? それは武器だけなのかの?」
「出来る筈だ。少なくとも俺が元居た世界では、それを行っていた。武器だけではなく防具も勿論造れる。建物に使えば、より頑丈に建てることが可能だ。装飾品として細工をすることも出来るし、この包丁や鍋、食器に至るまで……魔物由来の物どころか、それよりも便利な物を造る事が出来る」
「ふむぅ……そんな技術が使える可能性があるのじゃな?」
「ああ、鉱石から金属を取り出し利用する技術は冶金と呼ばれる。金属を溶かして形を造る技術を鋳造、金属を鍛える技術を鍛造と呼び、総して鍛冶技術と呼ばれるものだ」
アドルフは深く考え込み言葉を発しない。サライはその技術に思いを馳せて「あたしの武器もアドルフ爺ちゃんのみたいな形に変えられるかな?」と呟いている。
暫く黙っていたアドルフは考えが纏まったのか興奮を抑えながら言った。
「……十分じゃ。十分過ぎる! もしそれが実現可能なら、ギルドどころかモルデカイ……いや世界にとって大きな利益になるじゃろう。ワシはギルドマスターとしても個人としても協力を惜しまない事に決めたぞ」
どうやら上手く説得出来たようだ。やっぱり交渉事は俺には向かないな……。どっと疲れが出たような気がする。何故かサライも「あたしも協力をする!」と息巻いているが、何をしてもらえば良いのか全然検討が付かない。
ヤーマッカに至っては、特に何も言わなかったが、前に『何があっても仕えます』と言っていたし、当然のようにしている所を見ると、この場で何も言わずに協力する事は、忠義の証なのだろう。
◇
それからの道程は、驚くほどスムーズだった。俺が乗せて走るのが一番速いのだが、千香華が一緒に居ないから障壁を張る事が出来ない為、普通に歩いていく事にした。俺でも走りながら障壁くらいは張れるが、理力量に難があるから止めた。
アドルフは確かに強かった。青龍偃月刀を振り回し戦うその姿は、地球でやったことあるゲームの登場キャラクターの様に一振りで魔物を屠る。まさに天下無双、万夫不当の豪傑といったところだ。
しかしながら最近この戦い方を見たことがあったな……。サライの憧れている姿はこれか?
そりゃあチグハグにもなるだろう……大地にどっしりと足を着け、俺の知っている青龍偃月刀よりも、少し大きめのその武器を膂力に任せ振り回す。長年培ってきた戦闘技術に裏付された安定した戦闘力だ。
それはサライの本来の資質の真逆であり、経験も天と地程の差があったのだろう。
だがそんなサライも今は負けじと魔物を倒している。素早い動きで武器の重さを利用した動作で行うヒットアンドアウェイ。隙が少なく流れるような動きで魔物を次々に倒して行く。
俺? 後ろで見ていたよ? 手を出そうとするとサライが「あたしに任せて!」と走り出すし、アドルフは久しぶりの実戦で楽しそうだし……楽させてもらった。
そんなこんなで湯幻郷が見えてきた。アドルフもサライもヤーマッカも唖然としている。俺もその光景に開いた口が塞がらない。あれ? 此処を出て都合五日しか経ってねぇよな?
そこには純和風の建物が立ち並び、村の入り口には巨大なアーチが出来ていた。そしてアーチの上部には『ようこそ! 湯幻郷へ』の看板が鎮座していた……。まるで日本の温泉街のような、そんな雰囲気である。
「やあ! ケイーおかえりー。どう? 良い感じでしょ?」
声がした方を見るとそこには、千香華が立っていた。
「ああ……うん、予想外だったが……いいんじゃないか?」
そう言うと千香華は嬉しそうに微笑んだ。そして未だに固まっているアドルフ達三人に向き直り声を掛ける。
「ようこそー。湯幻郷へ! 旅の疲れを温泉で癒してね?」
その言葉を聞いて、意外にも最初に反応したのはサライだった。
「おおおおお! すっげぇー! 変わった建物だな! 昔ヨルグ婆ちゃんと温泉に入った事があるけど、あれが此処にあるのか? はいりてぇー」
こっちの話し方が本来のしゃべり方なのか? あの微妙な敬語じゃ無くなる程はしゃいでいる。
「数日前に造ったと聞いたのじゃが……」
アドルフがそんな疑問を口にした。
「うん! ケイを驚かせる為に頑張った!」
確かに驚いた……三重塔やダムも驚いたが、たった数日でこうなるとは思って居なかったからな。
「頑張って何とかなるものじゃろうか? いや……流石は神様といった所じゃろうのぅ」
「その様子だと上手く説得出来たみたいだね?」
アドルフの言った事から、既に話は通っているという事を理解した千香華は、俺にそう聞いてきた。
「なんとかな……しかしサライにも話すことになった。すまない」
「うん? たぶんそうなるだろうと思っていたから問題ないよー。サライちゃん、黙っていてごめんねー」
そう千香華が言うと、サライは嬉しそうに千香華に抱き着いた。
「イグニットさん! お久しぶりです……でいいのかな? チカゲさんがイグニットさんなら、あたしが敵う訳無かったですよー。ヨルグ婆ちゃんとお父さんとお母さん元気にしてました?」
「うんうん。ヨルグはイグニットが亡くなった後にギルドマスターやってもらっているよー。この姿の時はチカゲでよろしくー。ここは正体知っている人しか居ないからまだいいけどね」
そうか、サライはイグニットの時の千香華に会っているんだったか? 面倒を良く見ていたって言ってたなぁ。
「ちょっと待ってくれんか? イグニットの嬢ちゃんが亡くなったというのは……」
千香華の言葉を聞いて慌ててアドルフから質問が飛ぶ。
「だって俺が此処に居るんだよ? イグニットは俺だし、ギルドマスターしてたら動けないじゃん? もう少ししたらイグニットの訃報が届くんじゃないかなー?」
軽くそんな事を言う千香華を見てアドルフは呆れ顔で言った。
「自分の訃報が届くって軽く言われてものぅ……チカゲがイグニットの嬢ちゃんというのもなんか変な感じがするわい」
そんな話を村の入り口でしているものだから、岩人と森人がどんどん集まってくる。こいつ等が見る初めてのこの世界の住人だ。皆、警戒しているのか遠巻きに此方を見ている。
なんか視線が俺にも向いている気がするんだが……? というか森人の大半が俺の事を見ている……俺何かしたか?
俺は理由を知るために声を掛けてみることにした。
「此処の生活には慣れてきたか? 何か変わった事でもあったか?」
俺がそう声をかけると、森人達は一斉に膝をつき頭を垂れた。その中の一人の女性が声を発した。
「ケイゴ様! お帰りなさいませ。お早いお帰りを嬉しく存じます。お優しい言葉をかけて頂き、天にも昇る気持ちでございます」
なんだ? 俺が居ない間に何があったんだ? 森人の好感度が心酔になっているような気がする。
なんでこうなったのか良く解らず、千香華に助けを求める視線を投げかけた。すると千香華は、なんでそうなったかを説明してくれた。
「なんか元の姿に戻ったケイが、向こうの世界で森の守護獣である精霊達の王に姿が似ているらしいよ。何度も別神だって説明したんだけどねぇ……」
千香華は少し呆れ顔だ。俺もどう反応して良いか解らない。
そんな折だった。俺のずっと感じていた“嫌な予感”が増大した。そして村のすぐ側に知らない匂いが多数出現した。なんて言えばいのだろうか、凄く嫌な感じのする匂いだった。




