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翌朝、俺達は湯幻郷へ向う森の入り口でアドルフを待っていた。昨夜アドルフが宿の部屋まで来て、今日の出発に決まった。待ち合わせの場所はアドルフの指定だ。何でも堂々と都から出ようとすると、住人達が出発のパレードをするらしくてうんざりするそうだ。勿論帰ってきた時は凱旋パレードだ。
アドルフは既に未都の王扱いなのかもしれない。
暫く暇つぶしとしてサライに稽古をつけてやっていたのだが、思った以上に成長が著しい。理術の使用もスムーズになっているし、俺が教えた通り、力任せに武器を振るうのでは無く、武器の重量さえも利用した流れるような戦い方に変わっている。『男子三日会わざれば刮目してみよ』とは言うがまさにこの事だろう。サライは男じゃないだろうと言われそうだが、この言葉の語源は『士別れて三日なれば、即ち更に刮目して相待すべし』なので問題ない。つまり“鍛錬を積む者は三日も会わなければ、見違えるほど変わるものだから、注意してみろ”という意味である。まさに今のサライにはぴったりの言葉かもしれない。
「見違える程成長したな」
俺が褒めるとサライは「うへへ」と気持ちの悪い笑みを浮かべた。隙ありだ……。俺はサライを武器ごと足払いで転がした。
「いてて……。ケイゴさん! そりゃないですよ!」
「何を馬鹿な事を……常に?」
「『常在戦場の心得』です! ありがとうございました!」
「よし! 此処までにしよう。どうやらアドルフはもうすぐ着きそうだ」
俺の言葉を聞き、すぐにヤーマッカが俺とサライに手拭と飲み物を持って来てくれる。俺は「ありがとう」とヤーマッカに礼を言って受け取った。
「サライは本当に強くなったな。これなら油断さえしなければ、道中の魔物ぐらいなら平気だろう」
「うん! それもこれもケイゴさんとチカゲさんの指導のお陰です。それとヤーマッカ爺さんの特訓の成果だよ。ヤーマッカ爺さん、ありがとう!」
「いえいえ、この老い耄れも久しぶりに体を動かせて楽しかったですぞ? こんな老人で良ければまた何時でも声をかけてください。お相手仕ります」
なんだ結構素直な所もあるんだな。初めからこうであれば良かったのに……。そう考えていると都の方向からアドルフが走ってくるのが見えた。サライが「本当に来た……どうして解ったの?」と聞いてきたので「匂いだ」とだけ答えておいた。
その後のサライの行動に少しだけ笑いが出た。自分の匂いをクンクンと嗅ぎ周囲の匂いを嗅いで、また自分の匂いを嗅いで首を傾げていた。
「大丈夫だ。運動して少し汗の匂いはするが、別段お前は臭くないぞ?」
俺がそう言うと、サライは顔を真っ赤にしていた。……あれ? これってセクハラになるのか?
「すまない。待たせた……それでは早速行こうかの?」
来るや否やアドルフはそう言って森の中に移動しようとする。これはもしかして……。
「アドルフ……まさか仕事をエイベルに押し付けて出てきたんじゃないよな?」
「ギクッ! ま……まさか! そんな事は無いのじゃ!」
口でギクッとか言うなよ! 目は泳いでるし全然誤魔化せていない。一瞬帰れと言いそうになったが、アドルフの連れているオブサロリスが此方に何か紙の様な物を渡そうとして居るのに気付いた。
「ん? なんだ? ……手紙?」
それはエイベルから俺宛の手紙だった。その手紙には『アドルフ様がご不在の間、私が責任を持ってギルドを預かりますと伝えてください。アドルフ様の事をくれぐれも頼みます。エイベル』と書かれていた。
それをアドルフに伝えると、安心した様子でアドルフは言った。
「そうか……これで安心して行けるの。本当にエイベルはワシには勿体無い」
「流石は賢王と名高いエイベル様でございますなぁ。アドルフ様の行動をお読みになって、手紙をオブサロリスに渡しておくとは……いやはや執事の鑑でございます」
俺は執事が良く解らなくなってきた……。
森に入り暫く歩くと、チカゲが理術で整備した道に出た。真っ直ぐに森の奥に続く、舗装されたかのように綺麗で平坦な道だ。
「ば……馬鹿な! こんな所にこんな道など無かった筈じゃ! これはどういう事なのだ!?」
アドルフが驚きの声を上げる。もうどうせ全て話すのだから、隠しても仕方が無いと考え素直に言うことにした。
「ああ、不便だったから造った」
アドルフとサライはその言葉を聞いて絶句していたが、ヤーマッカは俺達の正体も規格外の行動も既に知っているので落ち着いたものだった。
「ふむ……実際にあるのだから疑いようがないのぅ。確かに此処には道が無かったしの」
無理やり納得するように歩き出すアドルフに続き、サライも漸く復活し歩き出した。
「ほぇーこれを造ったのかぁ。やっぱりケイゴさんは凄いなぁ……だけどこの道は何処まで続いているんだ?」
感心しながらサライがそんな疑問を投げかけてきた。
「この道は湯幻郷という村まで続いている」
俺は隠す事無く正直に答えた。
「トーゲンキョー?」
「そうだ。湯の幻の郷と書く」
「へぇ……聞いた事が無い村だね?」
「うむ……まさかそれも造ったとは言わないじゃろうな?」
アドルフがそんな事を聞いてくるが、俺はさも当然といった感じで答えた。
「ああ、造った。その事でアドルフに頼みたい事があるのだが……その前に俺の事を話そう」
俺は今までの事、自らの存在の事、そしてこれからの事を全て隠す事無く伝えた。簡単に信じられる事では無いのは当然だが、嘘を付く事が苦手な俺ではどう考えても協力を仰ぐ事は難しい。それにアドルフの話を聞いてしまったら、本当の事を話さないといけない気がしてきたのだ。
サライはマーロウとヨルグの孫という事もあり、なんとなくだが話してしまってもいいかなって気になった。
俺達はこの世界と共に生きる神として、皆を導いて行ければ良いと考えている。
「ふむぅ……俄かには信じ難い話じゃが、シーンから聞いておったしの。予想通りといったとこじゃわい……ワシは信じる事にしようと思う。所でケイゴ様とか神様とお呼びした方が良いのかのぅ?」
「いや、今まで通りで頼む。千香華もな」
「了解じゃ。今更この世界を創った神じゃと言われてもピンとこないしの。二人ともそういうことは気にし無さそうじゃしな」
アドルフは意外と俺達の事を理解してるな……。
「え? 神様? ケイゴさんが?」
先程まで完全に固まっていたサライが突然そんな事を言ってきた。たぶん頭が追い付いていないのだろう。
「じゃあ、英雄ケイゴ本人で、お祖父ちゃんとお祖母ちゃんの恩人で、お祖父ちゃんとお祖母ちゃんは二人が神だって事を知っていて、チカゲさんはイグニットさんで……」
矢継ぎ早にしゃべりながら自分の頭の中を整理しているのだろうか? まるで早口言葉だな。
「その通りだ」
「えええええぇ!」
駄目だこりゃ……サライは暫く落ち着かないだろうな。
明日から3日間15,16,17日は更新のお休みを頂きます。




