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溜池……もうダムでいいか? ダムに人工的に作り出した水脈を接続すると、勢い良く水が流れ出し、あっという間に水は一杯になった。
千香華に操作を前もって聞いていた岩人が、水門を操作して水を放流する。水は上手い事水路を流れ、村予定地を水で潤した。
水が流れ出して俺が戻ってきた事が解ったのだろう。質問の嵐から開放された千香華が向こうから走ってくる。
「おかえりー。凄いでしょー? 村の中央にも建物建てたんだけど吃驚すると思うよー」
「ただいま。ああ、確かに吃驚したぞ? でも何で三重塔なんだ?」
「五重だと少し耐久度に自信が持てなかったからねーって? なんで知ってるの?」
やばい! 先程あそこに居たのがバレる。どう答えようか考えていると千香華はジト目をしながら言った。
「一回あそこまで来たんでしょ? なんで助けてくれなかったのさ! 説明苦手って知っているでしょ?」
「いやいや、なんか熱心だったしな? 邪魔すると悪いかなと思ってな? それに水が流れ始めたら中断するだろ?」
まあ嘘ではない、実際水路に水が流れれば、注意がそっちに向くだろう。面倒そうとは思ったが……。
「ふーん……まあいいや。で? どう? 良い出来じゃない?」
「ああ、あの短時間で良く此処まで造れたな……正直驚いた。流石千香華だ!」
そう褒めると千香華は「うぇへへぇ」と気持ちの悪い声を上げながら腕に纏わり付いてくる。今は九十センチ近い身長差がある為、父親の腕にぶら下がろうとする子供のようだ。
ふと周りを見ると、数人の岩人と森人が集まってきていた。……いや数人ではない。次から次に集まって来る。最終的に全員集まってきたのでは無いだろうか。
集まってきた全ての人々は、跪き頭を垂れている。その中から一人の森人の男と岩人の女が前に進み出てきた。サイラスとバルバラだ。彼等は俺達の前まで来て跪き言った。
「ケイゴ様、チカゲ様、改めてお礼を申し上げます」
「私どもの為にこのような素晴らしい土地を用意していただき、更には新しい知識、技術までお与えくださり感謝致します」
「アタシ達に生きる希望……自由と未来を与えてくださり、ありがとうございます」
二人はそういうと深々と頭を下げる。初めて会った時とは大違いだな。
「もし宜しければ、私どもの新しい故郷となるこの場所に名称をお与えください」
「この素晴らしい土地に、桃源郷のようなこの場所にぴったりの名前をお願い致します」
「湯幻郷でいいんじゃね?」
千香華がさらりと言い放つ。時が止まったかのように誰も何も言わない。取り敢えず俺は聞き返すことにした。
「え?」
「いや……だってね? 温泉湧いたし、幻のようにいきなりできたしね? 良いと思うんだけどなぁ……湯幻郷」
光珠の輝きが弱まり始め暗くなった空に千香華は火理術で“湯”“幻”“郷”と書く。
「……お……おお! 素晴らしいじゃないですか! な……なぁ?」
「え? あっ! うん。素晴らしい名称です! ありがとうございます」
「今からこの場所は“湯幻郷”だ! 皆いいか?」
「おー!」
満場一致の拍手が鳴る。いいのか? お前等……。まあ本人達が良いというのなら、特に俺はコメントを差し控えさせて貰うがな?
そういえば温泉と聞いて思い出したが、こいつ等まだ風呂入ってねぇじゃないか。
「名称も決まった所で、皆風呂に入って来い」
臭うんだよ……本当に。
「その事なのですが、神様よりも先に湯を頂く事なんて出来ません。どうかお二人が先にお願い致します」
「気にするな。良いから入って旅の疲れを癒して来い。明日からはお前達も働いて貰うからな」
俺の鼻が限界なんだ……頼むから入ってきてくれ。
「な……なんとお優しい! 我等の事を気遣って……ありがとうございます!」
違う……俺の鼻を気遣ったんだが……まあいい。そういう事にしておこう。
マグヌス村跡地、改め“湯幻郷”の初日はこうして暮れていった。
翌日、まだ薄っすらとしか光珠の輝かない時間、温泉の湯気なのか朝霧かは判断が付かないが、霧が立ち込める中で俺は三重塔の天辺に居た。
一応此処は、この世界の外周部に近い土地であり、湯幻郷の住民達はこの辺りの魔物には対処が出来ない。寝る必要の無い俺は、寝ずの番を誰に言う事も無く行っていた。
こいつ等がこの世界に来てから、ずっと言いようも無い不安に襲われていた。なんと言えば良いのだろうか……“嫌な予感”がするってだけなのだが、何故だか俺は昔からこの“嫌な予感”と云うやつがやたら当たる。
ドライブ中に嫌な予感がして道を変えれば、通る予定だった道で大事故が起こったり。
立ち寄る予定だった場所に辿り着く前に嫌な予感がして、取り止めにしたらそこが殺人現場になったり。
嫌な予感がするから今日は家に居ようと思えば、ゲリラ豪雨で近隣に被害が出たり。
それが何かは解らないが、嫌な予感がした時は大なり小なり、何かが起こっている。本当にしょうも無い事でも同じように感じるのだが、警戒するに越した事は無い。
取り敢えず今日は何も起こらなかった事を安堵しながらも、未だに消えない不安を振り払うように頭を振った。
「ケイ? どうしたの?」
何時もはこんな早い時間であれば、まだ寝ている筈の千香華が、いつの間にか真横に居て俺の顔を覗き込んでいた。俺は気取られないように勤めて明るい声で答えた。
「綺麗な風景だなって思ってな? 少しセンチメンタルに浸ってみたかっただけだ」
「ふーん。そうなの? でも顔色が悪いような気がするよ?」
毛だらけの顔の色が判るわけないだろうに……。話したくても感覚的な事だし、くだらない事かもしれないんだ。無闇に不安がらせる事もあるまい。
「今日、一旦モルデカイに戻ろうと思うんだが、その間此処を頼めるか?」
俺はわざと話を逸らす。千香華は地球に居た頃のように、俺が護って遣らないといけないほど弱くは無い。寧ろ俺よりも強いかもしれないな……そしてこの世界で一番信頼出来る相棒だ。俺が居ない間に何が起こっても対処出来ると信頼している。何故だが解るのだが、この“嫌な予感”は千香華に関係する事では無いと断言できる。
「しょーが無いなぁー。ケイが頼むのなら引き受けない訳にはいかないじゃない。日程は?」
俺の信頼が伝わったのか、千香華は満更でも無い顔をして言った。
「判らない。場合によっては一人で戻ってくる事もある。その場合は早いだろうがな」
「りょうかーい。何があるか判らないから、全ての判断はケイに任せるよ。こっちは私に任せてくれるかな?」
その返事を聞いて俺は頷く。それを見た千香華は満足そうに「うんうん」と言いながら首を縦に振っていた。
昨夜のうちに買い込んだ物資や食糧の類は、倉庫の中に放り込んでおいた。その倉庫が高床式倉庫だった所を見た時は、流石に呆れたが意外と景観と合っている事を今朝方、漸く理解した。
あれだけあれば暫くはもつだろう。
「じゃあ、行って来る。後の事は千香華の指示に従ってくれ」
「はい、いってらしゃいませ。お早いお帰りをお待ちしています」
サイラスは俺の言葉に頭を下げながら答えた。
「後は頼むぞ?」
「あいよー。いってらっしゃーい」
俺はその場で本来の獣の姿に戻り、モルデカイに向って走り出した。背後で「精霊王様!?」と聞こえた気がしたが、気のせいだろうとスルーして走り続ける事にした。




