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叙事詩世界イデアノテ  作者: 乃木口ひとか
4章 世界は誰が為に在る
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4-27


 俺はロリスに保管してもらっていた塩を取り出して理術で水を作り出した。それに塩を混ぜる事によって塩化ナトリウム溶液を作成した。これを電気分解し……ちょっと待て! 大気を遮断しておかないとこの辺りに塩素ガスが発生してしまうな……。

 雷の理術で……あっ! 電極が無いじゃないか! うーん……炭素電極が良いのだろうが、コークスとか無いだろうなぁ……。安請け合いしたが結構面倒だぞ? 先程ロリスに回収させた木材を取り出し、高圧縮しながら熱を加えて炭化させ、そこから炭素を取り出して電極の代わりにした。

 えっと……直流だったよな? 雷の理術を調整して直流電流を発生させて、電気分解開始……。


 少量しかできねぇ! しかも塩素ガスが思った以上に発生する。取り出した水酸化ナトリウムに二酸化炭素と反応させて……よし! 炭酸水素ナトリウム……重曹が完成だ! しかし量が少なすぎるな。

 あれ? 良く考えれば塩と空気中の水分と二酸化炭素に直接干渉すれば出来るんじゃねぇか? むしろ電気分解しなくても分けられる。以前アンモニアを作り出した時もそうしたじゃねぇか! 俺はアホか!


 気付けば早いもので、あっという間に重曹を作り出す。どうしても発生する塩素ガスは上空に逃がしたから問題ない……はず。でもこれって同時に理術が行使出来る俺にしか精製出来ないな。



 無駄に疲れたが、結果オーライって奴だ。次は作り出した重曹に小麦粉モドキと水と塩、砂糖を少々に胡椒、そして俺の拳サイズのでかい卵。この卵はなんとかっていうトカゲの卵らしいが、食べた感じは鶏卵とあまり変わらない。

 それを全部混ぜで捏ねる……ひたすら捏ねる。……どうやってナンを焼こうか? 俺、今回段取りが悪いな。窯は温めておいた方が良かったんだが、全く考えて居なかった……。


 俺は生地を捏ねながら、ロリスに何かないか? と尋ねてみた。解る訳無いよなぁ……と思ったらロリスは首を傾げた後、袋を探り巨大な水瓶みずがめの様な物を取り出してくれた。こいつ理解力あり過ぎだろ? なんて賢いんだ。ロリスに「ありがとう」と伝えると、小さな声で「キュ」と鳴き頷いた。凄く和んだ。


 水瓶を一部土に埋め、周りを土で保護する事によって窯の代わりにする。窯の中に先程作った炭素電極の代わりにした炭と薪を放り込み理術で火を点けた。



 窯が温まるまで休憩する事にしよう。千香華の方はどうなったのかな? と其方を見てみると、丁度“悪魔の血袋”の湯剥きをしている所だった。“悪魔の血袋”は昔からある果実なのだが、その見た目はどす黒い色をしていて、皮を剥くと中には真っ赤な果肉とぐじゅぐじゅした赤いゼリー質が種子を包んでいる。名前の通り忌避され続けていた果実だ。しかしそれは近年では普通に食されるようになった。

 その果実は安全な食べ物で、そのまま食べても美味しい、ソースにする事によって爽やかな酸味が食欲をそそると広めたのは俺達だった。

 実際は俺達から見れば皮が黒いトマトって認識だ。色に目を瞑れば俺達の知っているトマトと遜色無い……いや甘味においては日本のトマトが数段上ではある。日本のトマト比べると野味が強すぎるのだが、それが逆に火を通した時に味の深みを増す。現在では“悪魔でも虜になる血(果汁)の詰まった袋”と言われ有名だ。


 しかし初めて見る者からするとエグい事この上ない。それなのにも関わらず千香華は嗜虐的な笑みを浮かべながら、興味津々で見ている岩人と森人に説明する。


「うひひっ。これはねー……悪魔の血袋っていう物なんだ。この黒い皮を剥くと! ……ほら見てごらん? 血のように真っ赤だろー? これは神も認める悪魔のような果実なんだよー。いーひひひっ!」


 ドン引きだ! 俺もだが周りで聴いている者達の顔がやばい位引いている。何か言おうと思ったが、千香華があまりにも楽しそうなので、敢えて何も言わない事にした。別に毒物でも無いし、騙されたと思って食べれば解るだろう……たぶんな。



 さて、此方は窯も温まったし、焼いていきますかね。 

 ねかせておいた生地を適当な大きさに千切って、草鞋型に伸ばす。その伸ばした物を、斜めに備え付けた水瓶の内側に貼り付けて焼く。暫くすると、良い匂いが漂ってきた。うん、成功かな? 重曹を使った為、思ったよりも膨らんだが、概ね問題ないだろう。

 辺りに広がるナンが焼ける匂いで、俺の周りは人だかりが出来ていた。次々に焼けていくナンを目で追いかけている。皆涎で口元がやばいぞ?


 だがそれも一時の事だった。更に強烈に食欲をそそる香りがこの辺一帯を支配した。千香華が材料を炒めた鍋にスパイスを投入したのだろう。


「な! なんだ! この香りは!」


「こんな匂い嗅いだ事がない!」


「あああああ、腹の虫が泣き止まないぃ!」


「まだか! まだなのか! くそぉ! 涎が……止まらん!」


 皆、口々に言い始める。これ下手すると暴動起きるんじゃねぇか? 千香華を見ると鍋をかき混ぜながら、俺の方を見て得意気に笑いかけてくる。勝ち負けを競っていた訳じゃ無いが……全部持っていかれた! という感じで少し悔しかった。





「ケイが焼いたナンで掬って食べてねー。おかわりもまだ一杯あるから、遠慮とかしないでねー」


 ナンも千枚以上焼いたから、一人二枚食べてもまだ余る程ある。しかしまだ誰一人として口にしない。キーマカレーの注がれた皿とナンを見つめながら涎を垂らしている。まるで『待て』をさせられている犬のようだ。


「どうした? なんで食べないんだ?」


 もしかして千香華のアレのせいで、警戒して食べられないのか?


「畏れながら申し上げます。神であるお二人に作って頂いて、その上お二人よりも先に食べる事など出来ません……」


 サイラスが涙を溜めながら言う。勿論、涎も溜まっている。


「仕方ねぇな。じゃあこうしてくれ」


 俺は両掌を合わせて合掌する。


「こう手を合わせて……『いただきます』と言うんだ。これはな? 俺達の出身である日本で、食材、作ってくれた者、料理をした者、今から食べる物に関わった全ての者に、感謝を捧げる言葉なんだ。感謝の心を忘れなければ、それで良い。食べ終わったら『ご馳走様でした』だ」


 皆、納得したように合掌して言った。


『ケイゴ様! チカゲ様! ありがとうございます! ……いただきます!』


 余程腹が減っていたのだろう。いただきますを言った後、貪る様に食べ始める。


「か……辛い! 辛いのだが……不思議と後を引く」


「旨い! なんだこの複雑な味わいは! 今までこんな物食べた事が無いぞ!」


「この、ナンと言ったか? この柔らかさ……モチモチとした歯ごたえ! この香り! そしてこの白さ……神よ! 感謝致します」


「何だ? 体が暖まるぞ? 身体の底から力が湧いてくるようだ……」


「食べれば食べる程、食欲が湧いてくる!」


「この微かな酸っぱさが、全体を纏めている……これが悪魔の血袋か! なるほど、確かに悪魔的だ」


「旨いー! 辛いー! 旨いぃぃ!」


 皆、思い思いの感想を述べ、それでも手と口は止まらない。喜んで貰えて此方も満足だ。


 だが一人だけずっと俯いたまま、微動だにしない者が居た……ラザロだ。

 ラザロは拳を握り締めて俯き、動かない。よく見ると微かに震えているようだ。俺はキーマカレーの注がれた器とナンを持ってラザロに近付く。


「ラザロ? 食わないのか?」


 俺がそう声を掛けると、ラザロは体をビクッと跳ね上げ、ゆっくり此方を見る。


「俺は……もっとやれると思っていた。多くの戦場を生き抜いて、敵を打ち倒した。神の軍勢からも多大な犠牲を払ったが、非戦闘員を護って此処まで来る事が出来た。だがこの世界ではゴブリンにすら負けてこの様だ。忠告を聞かず仲間を危険にさらしてしまった。それどころか、助けてくれた……ケイゴ様やチカゲ様を殺してしまえなどと言って、どう謝ればいいのかわからねぇ」


 そう独白するラザロに俺は一つため息を吐いて言った。


「そんな事、今はどうでも良いんだよ。良いから食え! 腹が減ってるからイライラする。腹が減ってるから悪い方に考えちまうんだよ! 食わない何て言ったら張り倒すぞ?」


 俺は無理やり持っていた器とナンをラザロに押し付けた。ラザロは俺と器を交互に見て、小さな声で「いただきます」と言って食べ始めた。


「うめぇなぁ……。しかし辛いなぁ……辛くて目に染みやがる」


 ラザロはボロボロと涙を流しながら、一心不乱に食べ続ける。

 そんなラザロを見て他の奴等まで泣き始めた。互いに肩を抱き合い、互いの無事を確かめる様に、此処まで来る事が出来なかった者を悼むかのように……。


 今まで抑えてきたモノが、張り詰め続けていたモノが、漸く安堵する事が出来て噴出してきたのだろう。こいつ等は今やっと“イデアノテの岩人族と森人族”になる事が出来たのかも知れないな。




 8月15・16・17日の三日間、更新をお休みします。

 詳しくは今日の活動報告をご覧下さい。

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