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叙事詩世界イデアノテ  作者: 乃木口ひとか
4章 世界は誰が為に在る
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4-21



 そんな事は知ったことでは無いとしらばっくれる事も出来るが、千香華はシーンという申人に覚えがあるようだし、何よりこんな目をした男を何時までも謀る事は出来そうに無い。

 だが今は時間が惜しい。半年猶予はあるとセトも言っていたが早いに越した事は無いだろう。それに俺達の事は、此処で話すには少し問題がありそうだしな。


「すまない、今話すには少し余裕が無い。一週間……いや三日待ってくれないか? その時は、今から行く所にアドルフにも来て貰うし、俺達の事も話そう」


 俺はアドルフの目をじっと見返す。目を見据えあったまま数秒の沈黙が訪れる。


「やれやれ、解ったわい……おぬしの事を信じよう。だが必ず話してくれよ?」


 アドルフは、鋭かった目付きを柔らかいものに変えてそう述べる。


「ああ、だが話を聞いたら協力して貰うからそのつもりで居てくれ。俺達がやろうとしている事は、悪い事ではない、寧ろこの世界にとって有益な事だと思っている」


 言ってから気付いたが、悪人が言いそうな台詞だな……。


「協力の事は話を聞いてからじゃないと判断できん。ワシも一応は未都を預かるギルドマスターじゃからな。しかし、おぬし等が悪い事をするとは考えてはおらん。これでもワシは見る目があるんじゃぞ?」


 なんか釘を刺された気分だが、まあいい。


 俺と千香華はアドルフをその場に残し、マグヌス村跡地に向かう為に、森の中に入っていった。





 森に入って少し歩き、千香華に俺達の姿を隠して貰ってから、本来の獣型に戻って走り出した。一応俺の鼻で周囲に人が居ないことは確認できたが、念の為ってやつだな。



 森は木々が鬱蒼と茂り視界が悪かった。昔使っていただろうと思われる道の跡があるのだが、長い年月で下草は生え放題。倒木などで道は塞がれ、木の根に侵食され道はボコボコしている。

 走り抜ける分には構わないのだが、この道はいつか使う事になる筈だ。何せマグヌス村跡地とモルデカイを繋ぐ唯一の道なのだから。

 移民達がこの世界の住民と、全く関わらないと言うのなら話は別なのだが、俺はそんな事は望まない。この世界に無い技術を持っている筈なので、大いに役立てて欲しいと思っているのだ。その方が移民達もただ受け入れて貰っているだけでは無いから、気兼ねが無くなると良いなと考えている。上手く行くといいな。


 そこで道を切り開きながら移動する事にした。どうするかと言うと……勿論理術に頼る事になった。千香華は俺の背に跨ったまま、土の理術で地面に干渉して土を圧縮する。生えている草も倒木も木の根も全て一緒くたにして押し固め、平坦な道を造って行く。理力量の少ない俺にはとてもじゃ無いが真似できない力技だ。さながら見えないロードローラーのように俺達の後ろに道が出来ていく。

 多少速度は落ちるがこれからの事を考えると、マグヌス村跡地まで続けた方が良いだろう。


 俺は走りながらふと気になった事を千香華に聞いた。


「そういえば、アドルフの話に出てきたシーンという申人は誰なんだ? 千香華には覚えがあるみたいだったが……」


「うん、あの時はイグニットだったから直接話は聞いて居ないけど、シーンは最初にこの世界に降り立った時に助けた申人の子供だと思うよ。冒険家になって世界を巡って、俺達を探していたみたいなんだ」


 ああ、あの時の子供か。

 今思えば、この世界に言語を設定して初めて聞いた声は、あの子だったな……その直後にセトの所へ強制送還されて、二十年経ち、そして五年……さらにそれから五十年以上経った。申人の寿命ならもう亡くなっていてもおかしくは無いか……。

 俺達を追って冒険家になり、半生をその事に捧げたのか? なんだか悪い事をしたな……。


「千香華は名乗り出たりしなかったのか?」


「さっきも言ったけど、イグニットの姿だったしね……俺達の正体に気付いてる感じがしたから、下手に接触出来なかったんだよ」


「……そうか、俺がいない間だったしな。すまなかった」





 程なくして森を抜ける事が出来た。一週間といっていたが、それはこの森の歩き難さを加味しての時間らしい。

 眼前に広がる光景は、過去旅行で行った事がある某県の日本の国花の名前を冠する活火山が創り出した溶岩ロードを思い起こさせる光景だった。

 溶けて固まった岩が剥き出しになっているが、その隙間から植物が生え自然の生命力の強さを物語っている。少し離れた所にあるのは、元物見櫓だろうか? 屋根の部分だけが雨風に曝されて朽ちかけている。無論その下には今でも柱があり、冷え固まった溶岩の中に埋もれているのだろう。


 遠くには今も噴煙を上げる火山が見えている。聞くところによると、現在でもかなりの頻度で小規模の噴火が起こっているようだ。この辺りは常に中心部から風が吹き、火山灰がこちら側に降る事は無いみたいだ。

 気圧の高い所から気圧の低い所へ、大気が移動する事によって起きる自然現象が気流であり、ようするに風である。自転も無い球体ですらないこの世界でその常識を当てはめる事は出来ないが、常に中心部方向が気圧が高くて、外側が低いって事なのだろうか?


 それは兎も角、今でも小規模噴火が頻繁に起きているという事は、逆に安心なのかもしれない。そもそも噴火は火山内部のマグマ溜りの内圧が高まって起こったりするのだが、噴火をせずにマグマが沈殿し深成岩になった場合、冷却された深成岩とマグマが混ざる事によって水蒸気が発生し、マグマの融点や粘度が変化して、噴火の規模が上がったりする。

 つまり頻繁に噴火してくれた方が、この辺りまでマグマが流れてくる程の大噴火は起こりにくいという事になる。……まあ、マントルもプレートもあるかどうか解らない世界だから、地球の常識を当てはめるのは、危険かも知れないが……。


 流れてきた溶岩はこの辺りで止まっているので、もう少し森側にしよう。森の木を伐採するのも良いかもしれないな……どうせ木材も必要となるのだから、広い場所を確保する為にも伐採をしてはどうだろうか? と千香華に相談したら「任せて!」と言ってきた。


「いっくよー……」


 千香華が風の理術を準備している……大量の理力を込めているようだ。……おい? ちょっと込めすぎじゃないか? 千香華の目の前には、本来不可視のはずの大気が歪みをもって見えるようになっている。


「そぅりゃあ!」


 千香華の変な掛け声で行使された風の理術は、巨大な真空の刃となり前方五百メートルの木々を根こそぎ薙ぎ倒していった。

 加減ってものを知らないのかと俺は頭を抱える。


「……やりすぎだ」


「うん……ちょっとやりすぎたかも?」


 本人すらドン引きだったらしい。しかしこの量の木材の回収は想定外だったぞ? どうしようか? と考えていると俺の袖を引くものがあった。

 俺の腰に何時もしがみ付いているロリスだった。ロリスは真ん丸い目で俺を見て首を傾げる。なんとなく「回収する?」と聞いてきている様な気がした。


「あれ全部回収出来るか?」


 そうロリスに問いかけると、コクンと頷いた。


 結局の所、全てロリスが回収してくれたのだが、その光景は筆舌に尽くし難いものだった。ロリスの中から大勢のオブサロリスが出てきて、その中から更に出てきてと繰り返され、最終的には千匹を軽く超えるオブサロリスが回収作業に当たっていた。移動速度は遅いものの、人海戦術とはこの事かと理解出来る光景だった。

 木材だけではなく木の実や果物、巻き添えを喰らった魔物の死骸、何でもかんでも袋に放り込まれていく。彼等にとっても食料を集める良い機会だったのかも知れない。数十分後には広大な更地と、満足そうな表情のロリスだけがその場にあった。




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