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叙事詩世界イデアノテ  作者: 乃木口ひとか
4章 世界は誰が為に在る
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4-20



 結果から言おう……ヤーマッカの圧勝だ。

 ヤーマッカの方が速いとは思っていたが、此処まで差がつくとは思っていなかった。




「よーい……うっどーん! 懐かしくない? 俺あのドラマ大好きだったんだよー」


 そんな千香華のふざけたスタートの号令だったが、サライは無視して走り出した。ヤーマッカは頭に疑問符を浮かべていたが「開始で宜しいのですね? では行って参ります」と深々と頭を下げ走り出した。

 サライも流石に速く、ヤーマッカが走り出す頃には一周目を終えて戻ってくる所だった。しかしそこからのヤーマッカの追い上げは凄まじく、腰に手を当てたまま走るヤーマッカは、余裕を持って走っている様に見えた。


「はい、ゴール! ヤーマッカの勝ちー」


 サライはまだ六周目だが、ヤーマッカは既にゴールしている。息切れ一つしていないヤーマッカに対して、戻ってきたサライは肩で息をしている。


「ちくしょう! なんでこの辺りの爺は化け物ばかりなんだ!」


 それはアドルフの事か?


「ほっほっほ。まだまだ若い者には負けませんよ」


 明暗を別けたのは理術の使い方だろうな。走った後を見れば解るのだが、サライの走った後は地面がボコボコになっている。対してヤーマッカは殆ど足跡すら付いていない。効率よく力が使われている証拠だ。



「では後の事はお任せください。お早い帰りをお持ちしております」


 ヤーマッカは胸の辺りに手を添えて頭を下げる。相変わらず綺麗なお辞儀だ。


「ヤーマッカ爺さん! 後でもう一回勝負だ! ケイゴさん、近いうちに必ず勝って見せますから! ……見捨てないで下さい……」


 あーもう! ……サライ泣きそうじゃねぇか。なんでこんなに懐かれてるんだ? 最初の頃は何だったんだよ。

 俺はサライの頭をポンポンと叩き「早く勝てるといいな」とだけ言って訓練場を後にした。あれ? 千香華、なんか機嫌悪くねぇか? そんな事は無い? そ……そうか。





 森の入り口までは普通に徒歩移動だ。面倒だが、都の近くで獣型になると討伐隊とか組まれそうだしな。


「ねねね? どう思う?」


 千香華がそう聞いてくる。


「どう思うも何も……隠れているんじゃないか?」


「あれじゃ気付かない方がおかしいよ?」


 俺達は先程から尾行されていた。尾行しているのはアドルフだ……両手に木の枝を持って岩陰に隠れるようにしているが、体が大きすぎて全く隠れていない。


「どうする?」


 俺がそう聞くと千香華は「うーん」と唸って考えている。どんな理由があって尾行しているのか問い詰めたい気持ちもあるが、面倒事になりそうだから放って置きたいのも本音だ。


「撒くのは簡単だけどね……」


「理由が気になるか?」


 千香華も同じ意見ではあるらしくコクリと頷く。


 俺と千香華は示し合わせたようにいきなり走り出した。慌てたのはアドルフだ。隠れていた岩から飛び出し走り出す。

 実際は俺と千香華は走っていない。千香華の技能【嘘と欺瞞の衣】でアドルフにはそう見えただけだった。千香華は走り出したアドルフの背中に、含み笑いをしながら問いかける。


「何処に行こうというのかね?」


 なんでム○カなんだよ……。その声を聞いたアドルフは体をビクリと跳ね上げて動きが止まる。ギギギと音がしそうな動きで振り返るアドルフに、なるべく何でも無いような声色で話しかけた。


「モルデカイのギルドマスター様がこんな所でどうしたんだ? 散歩か?」


「そうじゃ! 散歩してたんじゃ! こんな所で偶然じゃの!」


 怪しすぎるぞ? アドルフは明らかに慌てている。


「へぇ? アドルフって散歩するのに木の枝を持って歩くんだね?」


「そ、そうじゃ! 散歩するのに欠かせないのじゃ」


 千香華の問いに答えたが、アドルフも自分自身で無理があるという事を悟ったのだろう。観念して着いて来た訳を話し始めた。


「マグヌス村跡地はモルデカイよりも外周部にあるから魔物が多いじゃろう?」


「それで?」


「うむ! そこでじゃ……外周部に行くのであればワシの力が必要になるはずじゃ! だからワシがつい……」


「別に必要ない」


 アドルフが言い切る前に言い放つ。


「いやいや、ワシは役に立つぞ? 最近ずっと書類仕事でうんざりしていたんじゃ! 絶対にワシも行くぞ!」


 アドルフは意地でもついて来ると言って聞かない……子供かよ? 思考回路がサライ並な気がするぞ? そういえば初めて会った時も、サライと同レベルの口喧嘩をしていた気がする。

 千香華をチラリと横目で見ると、瞬きを三回して小さく二回頷いた。これは昔から二人で決めていた肯定を表す合図だ。因みに否定の場合は、瞬き一回した後に上を見て目を閉じるだったりする。

 この場合アドルフの言ってる事に嘘が無いことを示す。つまりアドルフは本気で書類仕事から逃げたくて、俺達と一緒に行きたいと言っているのだ。

 てっきり監視とかそういう目的なのかと警戒していたのだが、仲間になりたそうに此方を見ているだとは思わなかった。頭痛い……誰だこんなのにギルドマスターを任せた馬鹿は!


「はぁ……理由は本当にそれだけか?」


「その通りじゃ! ワシも連れて行くのじゃ」


 千香華を再び盗み見ると、瞬き一回の後、上を見て目を閉じた。嘘か……他に何か理由があるんだな?


「アドルフ……本部ギルドマスターは詮索するなと手紙に書いてなかった?」


 千香華は少し冷たい声でアドルフに言う。


「用途は聞くなと書いてあったが、一緒に行くなとは書いておらん」


 千香華は不機嫌を隠さず舌打ちをする。険悪な雰囲気が辺りに広がる。暫く無言で対峙する俺達だったが、アドルフが諦めたように首を振り話し始めた。


「すまなかった。本当の事を話そう……」


 一旦言葉を切り、アドルフは言葉を続ける。


「ワシには申人の親友が一人居る……いや居たといった方が良いじゃろう。五十年前に辰王の座を追われた時に世話になった男なのじゃが、今はもう亡くなっておる……」


 アドルフは懐かしがる様な悲しむ様な複雑な表情を見せる。


「その男は生涯を賭けて追い求めるモノがあったんじゃ。奴は自分の命の恩人である二人の男を捜していると言っておった。その二人の男の容姿は……一人は身の丈二メートルを軽く越える黒い毛並みの戌獣人。もう一人は珍しい銀色の毛並みの申人の青年だったと……」


 じっと此方を見てくるアドルフ。俺は出来るだけ表情を表に出さないように努力していた。しかし千香華にはそのアドルフの親友という男に覚えがあるのか、小さく「あっ」と声を上げてしまっていた。

 それを目敏く見ていたアドルフだったが、特に何も言う事無く話を続ける。


「その親友の名はシーンというのだが、ワシと出会う直前、ゲーレンにその片割れだと思われる男が居るという噂を聞いたそうだ。その男は“ケイゴ”という名前で黒い毛並みの狼獣人だというではないか。二人で急ぎ向ったが、シーンはその真偽を確かめる事は出来なかった。……その片割れと思われる男は、おぬし達も知るであろう冒険者ギルドの創始者の一人で、ゲーレンの英雄ケイゴじゃ。ワシらが到着した時、ドラゴンとの戦いで亡くなったと聞いて居る」


 再び言葉を切り、一息吐いたアドルフは俺達二人を交互に見やる。


「……五十年経った今、奇しくもワシの前に親友から聞き及んでおった風体の二人組みが現れた。しかもその二人は初代本部ギルドマスターであるイグニットの書状を携えてきおった。その二人の名前は、ケイゴとチカゲ……確か創始者のもう一人の名前がチカゲじゃったな?」


 その言葉を聞き、俺は全身の毛穴が開くような気がした。


「詮索するなというのには無理があるわい。……ワシはただ知りたいのじゃ。亡くなった親友の代わりに、奴が……シーンが追い求めた真実というものをな」


 アドルフは射抜くような眼差しで此方を見ている。その目は亡き親友が生涯を賭けて追い求めた真実を見極める、という強い意志を宿していた。




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