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叙事詩世界イデアノテ  作者: 乃木口ひとか
4章 世界は誰が為に在る
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4-18



 今俺は、遅い朝食を取りながら千香華がサライに理術を教えている所を眺めている。朝食はヤーマッカが気を利かして此処まで持ってきてくれたのだ。

 朝食の内容は、何の穀物か解らないが少し歯ごたえのあるパンに、生ハムらしき肉と薄青いレタスのような野菜が挟んであるサンドイッチのような物と、赤茶けたコーンポタージュのようなスープ。それに黄緑色をしたオムレツだった。

 色が少しおかしいが、何年も食べていると段々慣れてくるのが不思議だ。始めの頃に比べて食のレベルが上がったのが窺える。色さえ目を瞑れば結構うまいんだよなぁ。

 少し我侭を言うとパンはもう少し柔らかい方がいいし、チーズも挟んであると尚良い。醗酵が無いからどうしようも無いから本当にただの我侭だな。……しかし、醗酵か。どうにか出来ないかな?


「なんで解んないのさ?」


 千香華の呆れた声が聞こえてくる。どうせ千香華が感覚で教えようとして、意味の解らない単語を並べたのだろうとお思いだろうが今回は違う。傍から聴く限り、千香華は理論に則って模範的な教え方をしていた。五十年という月日は、こんなにもあの千香華を成長させたのかと思うと涙が出そうだ。


「解らない訳じゃ無いんだよ……だけどなんて言えばいいのかな? こう……上手く伝わらないと言うか……」


「俺にはサライが言いたいことが伝わらないけどねー」


 サライは悔しそうな顔で「ぐぬぬ」と言っているが、ぐぬぬって何だよ? 実際聴くと違和感しか無い言葉だな。


「ケイー。これってあれだよね?」


 伝わらないと言ったが本当は、原因に目星は付いている。理力の質がその属性に合っていないのだ。所謂、適性が無いというやつだな。過去にマーロウが風と雷しかまともに使う事が出来なかったように、理術は使う者が持っている理力の質に左右される。

 サライは基礎の理術と理学自体はヨルグに叩き込まれていて、ほぼ完璧と言える。その上であの程度という事は適性が無いのだろう。


「そうだな。少なくとも【火】【水】の適性は皆無だ」


「やっぱりかー。よし! サライちゃんは【火】と【水】は諦めなさい」


「えー。イグニット様とかヨルグ婆ちゃんのように成りたかったのに……どうにか出来ないのか?」


 どうにも出来ない。例えるならば、直流電池で動く物に交流の電気を流すようなものだ。どうやらこの世界の生物にはトランス(変圧器)のような物が備わっているようなのだ。普通は各属性に合うように無意識に理力をトランスで変換してから干渉して理術を使う。しかし人によってトランスの性能が違う。

 俺達のようにロス無しで全属性に合うように変換可能な者も居れば、一属性のみに特化して他の変換効率が最悪な者、それどころか一属性意外変換すら出来ない者も居る。これが理力の質の違いとして現れている。

 いつか補助道具としてトランスの役割をする物を考えてみるのも悪くは無いが、今は……。


「どうにも出来ないな。【風】や【雷】じゃ駄目なのか?」


「駄目って訳じゃないけど……なんか地味だよね」


 地味って、はぁ……。確かに【火】と【水】は性質上派手だけどなぁ。そんな理由で使わないって、マーロウが泣いてるぞきっと。


「言っておくがな。先程の演舞の後半は【風】と【雷】の補助があってあの動きなんだぞ? 使いこなせれば短時間なら空を駆ける事すら出来る。それに【風】と【雷】でブーストをかけながらの戦闘術はマーロウが考えたものだぞ? それを地味とか……」


 言ってるうちにマーロウを馬鹿にされたような気になって、つい睨みつけてしまった。サライはそれを見て体を跳ね上げるように姿勢を正して言った。


「はい! 師匠のおっしゃる通りです! 申し訳ありませんでした」


 誰が師匠だ! もうこいつ嫌! 面倒くせぇ。


「でも爺ちゃんの事、良くご存知ですね? 全盛期の風と雷を纏って戦う姿を見たことがある人は、もう大半亡くなっているってヨルグ婆ちゃんが言ってたのに」


 そして案外鋭いというか、痛いところを突いてくる。わざとやってるんじゃないよな?


「マーロウ殿の事は私でも存じ上げております。マーロウ殿という【風】の先駆者が居られたからこそ、理力の少ない私でも速く長時間走れるのでございます」


 たぶんヤーマッカは本当の事を言っているのだろうが、出来る執事はここぞって時に良い仕事するよなと感心する。


「兎に角ー。サライちゃんは【火】と【水】は無理! 見た感じだと【風】【雷】が適性高くて【土】がまあまあだね。じゃあ特訓だー」


「え? ちょっと!」


 千香華は有無を言わせる事無く修行を開始する。土の理術で泥団子を無数に作り出す。千香華の「それいけー」の声でサライに向けて一斉に泥団子が飛んでいく。


「へぶっ!」


 サライの顔面に泥団子が直撃する。柔らかくしてあるのかダメージは、ほぼ無いに等しい。


「ほらほらー。普通に避けるのは辛い速度だから、風理術で加速して雷理術で反応速度をあげないと無理だよー」


 千香華の顔が心なしか嬉しそうに見えるのは、気のせいだと思いたい。





 それから数日はずっとサライに付き合ってやっていた。千香華は朝起きないから午後から、必然的に俺は午前中修行に付き合っている。


「また体が泳いでいるぞ!」


「はい!」


「足元がお留守だ!」


「はい!」


「脇が甘い!」


「ぐっ! げほっ! ……うぅえぇ」


「よし! ここまでだ!」


 初めの頃に比べて動きは良くなってきている。


「はい! ありがとうございま……おえぇぇ……」


 礼を言う為に頭を下げた途端に嘔吐してしまうサライだったが、すぐにヤーマッカが手拭と水を持ってきてくれる。


「ほっほっほっ。今日もこっ酷くやられましたな」


「でもまだ今日は一回目なんだぜ!」


 ヤーマッカが持ってきた水で口を濯ぎ、手拭で汗を拭きつつサライは言った。何が一回目かと言うと……ゲロの回数だ。


「ほう……成長致しましたな。流石は、マーロウ殿のお孫様でございます」


「よせよ……照れるじゃねぇか」


 サライは満更でも無い顔をしている。確かに戦闘のセンスはマーロウ譲りなのかも知れない。口で言うよりも実際動いた方が覚えが良い。かといって理解力に乏しい訳でもなく、素直に話を聞くようになった今は、乾いた砂が水を吸うかの様に色んな技術を習得している。


「ケイゴさん! これから型を始めます!」


「一つ一つ丁寧に体に馴染ませろ。良く考えながら動けよ」


「はい!」


 俺があまりに師匠と呼ばれるのを嫌がった為、今は“さん”を付けで呼ばれている。

 驚くべき事にサライは最初に見せた演舞を寸分違わず覚えていた。優れた動体視力と記憶力の成せる業なのだろうか。しかし、まだその動きが“何の為に”とかは理解していないらしく。同じ動きが出来るだけだった。

 型を繰り返し、動きを確認していくサライを満足気に眺めていると、千香華の呼ぶ声が聞こえてきた。


「おーい! アドルフとエイベルが呼んでるよー」


 漸くか……。俺はヤーマッカにサライを見ておく様に伝えると、千香華と一緒にギルドへ向うのだった。




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