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叙事詩世界イデアノテ  作者: 乃木口ひとか
4章 世界は誰が為に在る
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4-16



「はいるよー」


 軽い口調で入室する千香華。俺達はアドルフの執務室に来ていた。そこにはまだ書類とにらめっこをしているアドルフの姿があった。


「おぬし等……これ以上ワシの仕事を増やすとは……何か恨みがあるのかのぅ」


 恨みがましい目を向けてアドルフは言う。


「それがギルドマスターの仕事でしょ?」


 千香華も元ギルドマスターだ。当然のようにそんな事を言うが、今の立場だと只の嫌味にしかならないぞ?


「解っておるわい! ……それで? どういう経緯なんじゃ?」


 あまり気にはしないようだ。アドルフは器が大きいのか小さいのか解らんな……。


 アドルフに経緯を説明した……ヤーマッカの元主人の後継者の話。盗賊団を壊滅に追いやった話。その生き残りを証人として生かしておいた事など。俺が話すとボロが出るので、大半を千香華とヤーマッカが話していた。

 ヤーマッカは流石としか言いようの無い程、千香華の意を汲み話を合わせる。たぶん、これも執事の嗜みってやつなのだろう。

 生き残った盗賊も千香華が「そうだよね?」と聞くと震えながらも「はい! その通りです! 間違いありません!」とハッキリ答える。これは完全にビビってるな……。


「ふむ……なるほどのぅ。ではすぐに手配しよう! 巳都のギルドに連絡をしてその後継者の男を捕縛するように伝えるのじゃ!」


 アドルフが近くに居た執事にそう告げると「畏まりました。アドルフ様」と言って一人執事が出て行った。


「今回はご苦労じゃったの。未都に来て早々、大手柄じゃ。もしも、その男の計画が成っておったら未都は世界中から疑惑の目を向けられる事になったじゃろう。本当に助かったわい。ありがとうよ」


 アドルフが頭を下げながら言う。確かに未種族の領域でそんな事を起されては、堪ったものじゃないだろう。しかも手引きしたと言って罪を擦り付けられる所だったのは、未人のヤーマッカだ。疑惑の目を向けられる事は間違いない。


「ところで……その生き残りはどうする? 出来れば巳都に引き渡さないでやってくれると助かるんだが……」


 俺達は証言する事と引き換えに助けてやると話している。此処で約束を違えるのは、間違っていると思う。こいつも反省して心を入れ替えると言っているのだ。それを反故にするのは、気分の良いものではない。


「ふむ……それは出来ないと言いたいところだが、その執事……ヤーマッカと言ったか? だけの証言で十分じゃ。盗賊団は一人残らず壊滅した。それでいいかの? しかし、罪は償って貰うぞ? このギルドで鍛えなおしてやるわい」


 意外と話がわかるな……俺は頷き同意を示した。


「話は以上かな? 流石に俺も疲れたよー。さっさと宿とって休みたい! 帰っていい?」


 千香華がそんな事を言うが、俺もそれには同意だ。既に貨幣は引き渡しているし、報酬も貰っている。久しぶりに雨風の凌げる所で体を休めたい。


「良い若い者が、情け無い……ワシなんてお前等が持ってきた仕事で、まだまだ休めそうに無いのじゃが?」


 俺達はこう見えても百歳は越えているのだが……とは言えないが、若くても四ヶ月以上休み無しだったら過労死するぞ。

 嘆くアドルフを無視して、俺達は宿屋に向った。



 久しぶりに横たわったベッドは柔らかく、俺をあっという間に眠りの世界へ誘った。夢すらも見る事無くグッスリと眠る事が出来た。

 本来眠りというのは、その日の記憶を整理しているというが、本来眠る必要が無い今の体はどうやって日頃の記憶を整理しているのだろうか? 只でさえ俺は、常人の数倍ぐらい思考を繰り返す事が出来る。夢すら見ないというのは大丈夫なのだろうか?

 まだ光珠も輝かない早朝から何故そんな事を考えているかと言うと……。


「ケイゴー。起きてるんだろー! 修行してくれる約束だろー!」


 ドンドンと叩かれる部屋の扉。……要するに現実逃避だ。


「サライ様。おやめください。ケイゴ様はまだお休みにございます」


 ヤーマッカの声が扉の外から聞こえる。ご苦労! ヤーマッカ。その常識が無い阿呆に説教してやってくれ。


「うっさいな爺さん! あたしはケイゴと約束したんだよ!」


 五月蝿いのはお前だ……。


「しかし……時間というものをお考え下さい。ケイゴ様はお疲れでございます。後ほどお越しください」


「ケイゴが起きれば問題無いんだろ? 起きろよー」


 再び繰り返されるノック音。諦めて出て行こうかと思った時にその声は聞こえてきた。


「あ゛あ゛ぁ゛! うっせぇな! ブチ殺がすぞ! クソどもがぁ!」


 あっ! 千香華寝起きモード(最悪)だ……。部屋隣だったもんな。ゴツッという音が二つ聞こえてきた後、静かになったのだが……まあ、いいか。二度寝の贅沢を味わうとしよう。


 光珠が輝きだし周囲が明るくなった頃、漸く俺は動き出した。爽やかな目覚めだ! やっぱり眠らなくても大丈夫とは言え、気分的に眠った方が頭がすっきりするような気がする。

 扉を開けて部屋の外に出ると、部屋の前でタンコブを作ったサライとヤーマッカが正座して居た。……可哀想にヤーマッカは巻き添えを食らったのだろう。なんて理不尽な世界なのだろう……だが寝起きの千香華という理不尽には俺でも対処する事が出来ない。ご愁傷様としか言えない俺を許してくれ。



 本当は朝飯でも食べてからと思っていたが、サライがあまりに五月蝿いので、先に修行をつけてやる事にした。ヤーマッカは、千香華が起きたら訓練場に居ると伝えてもらう為に宿屋に残したのだが、絶望を宿した目で此方を見ていた。早朝の千香華を見ているからだろうな……。


「よっしゃー! まず何をしたら良い? どうしたらあたし強くなれるかな?」


 脳筋娘は朝から元気だねぇ……。おっさんには辛いよ。でも修行くらいは真面目に見てやるか。


「まずは……そうだな。取り敢えず掛かって来い。全力でだぞ?」


 サライは愛用のグレイブを構え「へへっ。そうこなくっちゃな」と言っている。しかしこいつはいつの間にか口調が戻っていやがる。反省が長く続かないタイプなのかもしれない。


「じゃあ行くぜ……」


 とサライが言った瞬間にサライの背後に回り込み、軽く足を払ってやる。サライは盛大に転がり顔を地面にぶつけたようだ。


「ぐっ! 掛かって来いって言ったのにそっちから来るのかよ! 卑怯だぞ!」


「卑怯もクソもあるか。マーロ……爺さんに『常に戦いの場に居ると思って行動しろ』と習わなかったのか?」


 サライは覚えがあるのか「うぅ」と唸り他には何も言わない。俺はまだ座っているサライの頭に向けて前蹴りを放つ。転がるようにしてその蹴りをなんとか避けるサライ。

 ほう、反射神経は案外あるんだな。




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