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千香華がどうしてもと言うので、洞穴の外まで移動してきたのだが、やはりというか……当然のように黒い影は着いて来た。
流石に明るい所に出てきたら、千香華もあれが何か気が付いたようだ。灰で薄汚れているがその姿はあの爆発の中に居たとは思えない。
「あれ……オブサロリスだったの?」
「みたいだな」
「もしかして、ケイは気付いてた?」
俺は自分の鼻をトントンと人差し指で指差した。千香華は「ムキィー」と悔しそうだった。
結局這い出てきたオブサロリスは七匹居た。千香華が嬉しそうに「おいでー」と手招きしたが、何故かオブサロリス達は千香華からスッと目を逸らし戸惑っている。
「……あれ? おかしいな」
千香華がゆっくり近付くと、オブサロリスはゆっくり避ける。そしてそいつ等の目線の向く先は……。
「俺?」
千香華の代わりに俺が近付くと、オブサロリスは両手を掲げ掴まろうとして来た。好きにさせると俺の腰が定位置になっている、白っぽいオブサロリスの袋の中に全員入っていった。
「えー! なんで? 倒したの俺なのにー!! おかしいよー」
千香華は不満の声をあげる。こっちにロリスが居るから、そこに入っただけだと思うのだが……あの目の逸らし方は少しおかしかったな。
「盗賊ごと燃やしたから怒ったんじゃないのか?」
冗談交じりに言ったのだが、千香華は「ロリスちゃんに嫌われた!」とショックなようだ。そんな事よりも気になる事があったので千香華に質問を投げかけた。
「ところで、ロリスの中に入っている物って、どうやって取り出すんだ?」
少し不満そうに此方を見て千香華は答えた。
「直接頼めばいいよ。腰にしがみ付いているロリスが、全部のロリスの袋の中身を把握してる筈って誰かが言ってた」
なんかフワフワした回答だが……まあいいか。俺はオブサロリスに話しかける事にした。
「おい。言葉は解るか? 先程合流した奴等の中に、大量の鼈甲貨を袋に持っている者はいないか?」
オブサロリスは一瞬だけ首を傾げ小さく頷く。何こいつ! ……可愛ええ。じゃなくて、どうやら大量の貨幣がこいつの中には存在しているようだ。
「それは箱とかに入っているのか? もし入っているなら出してくれ」
オブサロリスはもう一度首を傾げた後に、袋の中から一メートル四方の木製の箱を取り出した。ドスン! と音がして地面に箱が落とされる。
「は?」
何が起こったのかさっぱり解らない。オブサロリスが袋を漁ったと思った次の瞬間には、箱が中空にあったのだ。取り出される過程が全く見えない。そういえば他のオブサロリスが入る瞬間も見えて居なかった事に気付く。少し恐ろしくなったが、今は箱を調べる事にしよう。ヤーマッカも待っているし、俺の倒した五人の盗賊は気を失っているだけだ。
箱を見ると焼印のようなもので蛇を模った模様が押されている。これで間違いないようだな。中には大量の鼈甲貨が詰まっている。「同じものは後幾つある?」とオブサロリスに話しかけたが、答える筈も無く袋の中から出そうとしたので、慌てて止めた。「一杯あるのか?」と聞くと何度も頷くので後で出してもらう事にしよう。
既に出した箱も渡したら、結構重いはずなのにヒョイっと持ち上げて、袋の近くまで持ってきたかと思えば消えたかのように袋にしまわれた。何度見ても意味が解らない。
「無くなった貨幣は、さっきのロリス達が持っていたみたいだねー。じゃあ……こいつら要らないね」
そう言いながら千香華が掌を下にして水平に振ると、指の間から順番に空気の断層が飛んで行き、五人の盗賊達の首を跳ね飛ばした。
あれ? おかしいな……先程気を使ってくれたんじゃ無かったのか? あっさり殺しやがったぞ。
その光景を呆然と見ていた俺に千香華は言った。
「慣れない事はしない方がいいよねー。証人は一人確保してるし、ヤーマッカも事情が話せるから問題ない。それに……巳種族はこいつ等を生かしておくことは無いよ。今死んだ方が幾らかましなんじゃないかなー」
言う事は最もだ。それに巳種族に『執念深い』という性格設定をしたのは俺だしな。特にお金に関しては異常ともいえる執着を見せる……だったか?
「ケイはゆっくり慣れると良いよ。昔とは違うから戸惑うかもしれないけどね」
そう言葉を紡ぐ千香華は少し悲しそうだった。
ヤーマッカとの合流地点に行くと、そこには何故か机と椅子が置かれていて、お茶が用意されていた。
「お帰りなさいませ。首尾は如何でしたか? お茶を用意しておきました故、まずはお掛けになってください」
胸に手を当て恭しく頭を下げるヤーマッカ。その姿は“出来る執事”そのものだった。
俺は戸惑いながら椅子に座った。
「あ……ありがとう。この椅子や机はどうしたんだ?」
ヤーマッカは背筋をビシッと伸ばし、何でも無い事の様に答える。
「ひとっ走り襲われた地点まで戻り、私物を取ってまいりました。何時如何なる時でも、主人にお茶を提供出来なくては執事の名折れにございます」
「そ……そうか。流石だな」
「光栄の極み! ……でございます」
ヤーマッカが、何処かで聞いたことがあるような台詞を、恍惚の表情でのたまっている。直ぐ側には少し大きめのバックパックが置かれていた。あれに入っていたのなら、この椅子と机は折りたたみ式になっているって事か? これを常に持ち歩くとか、執事も大変だな……。
「まあ、それは良いとして……見てもらいたい物がある。ロリスあの箱を全部そこに出してくれ」
次から次に積み重ねられていく木箱は数えてみれば五百五十個もあった。その全てに蛇の焼印が押されている。
「すまん……まさかこんなにあるとは、思っていなかった。今回運んできていた貨幣はこんな物だったか?」
「申し訳ありません。今回私はそれを知る立場にありませんでした……」
あ! そうだよな? そういう話だった。
「……しかし通例ですと、黄貨百五十箱、黒貨二百箱、褐貨二百五十箱を運ぶ様になっている筈でございます。ですので、ほぼ間違いなくこれで全部だと愚考いたします」
「おお! そうか、ありがとう。ではこれで依頼完了だな」
「ありがたきお言葉! 至極恐悦に存じます」
ヤーマッカは、いちいち大げさだな。取り敢えずロリスには悪いが、全て回収するように頼んだのだが……ロリスの袋から大量のオブサロリスが出てきて、ゆったりとした動きながらも、それぞれ貨幣入りの木箱を自らの袋に収納して戻ってくる。
こいつら……なんて便利なんだ! しかも可愛いぞ! 初めは気持ち悪いとか思ってすまない……。俺の緩む表情を見て千香華がニヤニヤとしている。俺は咳払いを一つして、ロリスに「ご苦労だったな。ありがとう」と労った。
ヤーマッカが少し悔しそうな顔をしていたが、魔物と張り合ってどうするんだ? それともヤーマッカが全部担いで持っていくつもりだった、とかはあるまい。そんなことしたら老人虐待になっちまうぞ。
さてと、兎にも角にも依頼は完了だ。早く帰りたいが……ヤーマッカもいるし、証人として一人生かした盗賊も連れて行かなきゃいけない。本来の姿で駆けて行くのが早いのだが、流石にそれは拙いだろう……。
この辺りから、モルデカイまで普通に移動したら十日程掛かる距離だ。幾らヤーマッカも足が速いとはいえども、休憩も無しで走るのは酷ってものだ。
しかも、俺達は食事が必要ないし、日帰りくらいの気持ちだったので、野営の道具すら持ってきていない。さて……どうしたものかね?




