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しつこく主人になってくれと言う未人の爺さんは、痩せ型で白い髭が生え見た目は如何にも執事! といった風貌をしている。何処かで見たことがあるんだよな……。兎に角、事情を聞いてみるか。盗賊のアジトの情報とかを持っている可能性はあるしな。
何時までも爺さんって呼ぶわけにはいかないので、まずは名前を聞くとしよう。
「俺は圭吾でこいつは千香華という。盗賊討伐の依頼を受けた冒険者だ。色々と事情を聞きたいんだが、まずは名前を教えてくれるか?」
爺さんはビシッと姿勢を正し、ハキハキと答える。
「名乗るのが遅くなり大変失礼致しました。私はヤーマッカと申します」
……ん? 俺の聞き違いか? 少し気になる事が出来てしまった。
「すまんが爺さん……ヤーマッカだったか? 千香華に泣いて縋りながら、ぼっちゃまぁ~って言ってくれないか?」
「ええ、ご主人様の命でしたらなんなりと『ぼ……ぼっちゃまぁ~! ヤーマッカは嬉しゅうございますぞぉ』……如何でしょうか? 感涙バージョンでございます。御気に召しましたでしょうか?」
その台詞を聞いて千香華が「や……や○おか!」と言いヤーマッカは「いえ、ヤーマッカでございます」と返している。
やっぱりな……似ていると思ったが、昔あったゲームの“何でも一番が好きな御曹司の事が好き過ぎる爺や”にそっくりだ。一人でうんうんと頷き納得していると、それを勘違いしたのかヤーマッカは嬉しそうに言う。
「ご主人様が千香華様を、坊ちゃまと呼べとおっしゃったという事は、漸く認めて下さったって事で宜しいですかな?」
あ! そういう意味になるのか? 失敗した……自分の欲望に勝てなかった。だって初期で死んだ筈なのに、後々になって御曹司の力になる為に帰ってくるんだぞ? 素晴らしい忠義じゃないか! 本当は名前的に俺に坊ちゃまと言って欲しかったぐらいだ。
そういう意味じゃ無いと断ろうと思ったのだが、千香華が「いいんじゃない? 俺は気に入ったよ? よろしくねーやま○かー」などと言い、ヤーマッカは「ありがとうございます。誠心誠意仕えさせて頂きます。……それとヤーマッカでございます」ともう引き返せない所まで来てしまっていた。
「あのな? ヤーマッカに言っておく事があるんだが、俺達は冒険者で根無し草だ。立派な屋敷もなければ、一所に留まる事もあまり無いと思う。……それでも着いて来ると言うのか?」
「勿論でございます。私、逃げ足だけには自信がございます。何処へなりとも、命が続く限り着いて行く所存でございます」
「お……おう」
そう答えるしか無い程、真剣な眼差しだった。そこまで言われちゃな……しかし真顔で逃げ足に自信があると言うのも清々しくて良い……のか?
「宜しくお願い致します」
そう言いながら頭を下げるヤーマッカは心底嬉しそうだ。未種族にとって主人を得られるという事は、最上の喜びだというのは本当なんだなと思った。
「それでは……何故私が追われていたか、と言う事からで宜しいでしょうか?」
実に話が早い。ヤーマッカは事の成り行きを簡潔に話してくれた。
ヤーマッカは巳都レーブレヒトで、巳人の豪商に執事として仕えていたそうだ。つい先月、その人物が亡くなり後継者は居たのだが、素行が悪く、黒い噂も絶えなかった。故に仕えるに値しない人物として見限り、故郷の未都モルデカイに帰る事にしたとの事だ。
幸い貨幣運搬の商団が順巡り(干支の順番)で出発する時期だった為、その商団に同行させて貰う事が出来たのは僥倖だったそうだ。長い間、豪商に仕え信用があったので、同行を許されたらしい。
午都オーギュストまで順調に旅は進んだのだが、元主人である豪商の後継者である男が体調を崩し商団から離脱する事になった。そもそも、それが事件の始まりだったようだ。
実は後継者の男は“午奮団”と繋がりがあり、貨幣強奪を計画していたようだった。ヤーマッカが同行を許されたのも、未種族の領域で事を起こし、その手引きしたとしてヤーマッカに罪を擦り付けるつもりだったらしい。
その事を知った時には既に遅く、商団員は全て毒殺されヤーマッカも捕まり、午奮団のアジトに監禁されたという。ヤーマッカが殺されなかった理由は、後継者の男のアリバイ作りの為だったらしい。
なんとかアジトから逃げ出したヤーマッカだったが、すぐに見つかり追われていた所に俺達が通り掛かった……とそういう事だった。
「じゃあ、やま……ヤーマッカはアジトの場所解る?」
ヤーマッカはその言葉に神妙に頷く。
「んじゃー殲滅しちゃおっかー」
千香華が買い物にでも行こうか的な気軽さで言う。
「しかしアジトにはまだ三十名程の盗賊達が……」
ヤーマッカが心配そうに言うが、千香華は「別に何人居たって問題ないよ」と言っている。確かにこの程度の奴等なら百人居ても問題ないが……。
「んー……ヤーマッカが場所知ってるんなら、こいつ等邪魔だよね? どうしよっか?」
千香華は地面に埋まって首だけ出た十五人の盗賊を指差して言った。
「うん? こいつらか……連れて行くのは確かに邪魔だな。しかしこのままって訳にもいかないよな?」
抜け出られても面倒だし、近くの村なんかを襲われても困るしな。一旦拘束したままモルデカイまで戻るか? そう考えていたら千香華が盗賊達に回復理術を掛け始めた。
盗賊達の傷は回復したが、まだ目は覚めていないようだ。
「ケイ? 気付けに使うのってアンモニアだっけ? どうしよう! オシッコ出ないよ!」
相変わらず唐突だな、確かに気付けにはアンモニアを使うが……。
「普通の水でも掛ければいいんじゃないのか?」
「えー、それじゃ面白くないじゃんー」
俺はため息を吐いた。こいつ俺が嗅覚高いって事を覚えているのだろうか? 変な物を理術で精製される前に自分でやるか……。
俺は理術を行使して、まずは埋まってる盗賊達の顔の周辺に空気の層を作った。臭いがこっちまで来たら堪らんからな。そしてその内部に地球で言うアンモニアと同じ成分の気体を作り出した。
盗賊達は即座に目を覚まし、盛大に咽ている。涙まで流して苦しそうだ。少し多すぎたかな? アンモニアは激毒物扱いだったか? 粘膜に入ると凄い刺激を起こし、目に入れば最悪失明する代物だ。危ないので空気の層ごと上空に移動した。確か空気よりも比重が軽いから高い所に移動させれば平気だろう。……くっさ! こいつ等に臭い移りしている。臭い! 鼻が曲がりそうだ。もう二度とやらない!
「おおー、ありがとー流石だね」
俺の気も知らずに千香華は軽く言う。臭いので俺は少し盗賊達から距離を取った。
「はぁーい! 盗賊の皆さん! おはようございまーす」
ふざけた口調で盗賊に話しかける千香華。盗賊達は初めは目を丸くしていたが、状況が解ったのか怯えた目を向ける者と睨みつけてくる者と分かれた。
「ふざけんなガキ! こんな真似して只で済むと思うな!」
「そうだ! 俺達にこれ以上何かしてみろ! 仲間が地の果てまで追い詰めるぞ」
「俺達は午奮団だぞ! こっから出しやがれ!」
臭い盗賊達は口々に罵声を浴びせる。怯えた目をしていたやつ等も、仲間の勢いに乗ったのか、今は一緒に文句を言っている。抜け出そうとする奴も居たが、首から下が完全に埋まっている為、全然抜け出られそうに無い。
「うん? 黙ろうねー。“黙らないと直ぐに殺し”ちゃうよ?」
千香華の雰囲気は軽いままだが、千香華の話す言葉は真実として捉えられる。盗賊達には本当にそうすると聞こえていることだろう。一斉に黙ってしまう。
「よろしい! “正直に答えれば助けてあげる”よー? まず……盗賊から足を洗う気はあるー?」
盗賊達は答えない。殆どの者が恨みを込めた視線を向けるだけだった。
「ふーん……そっかそっか。じゃあ、今までに人を殺した事はある?」
無いと答える者と、そんなの当たり前だと答える者と居た。それを聞いた千香華は「ふーん」と言いながら全員の顔を見渡して手を振りながら言う。
「はい。有罪」
その瞬間、十四人の盗賊の首があっけなく飛んだ。




