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叙事詩世界イデアノテ  作者: 乃木口ひとか
4章 世界は誰が為に在る
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4-10



 アドルフの仕事は終わりそうに無いし、手合せするって約束も無効になりそうで正直嬉しい。しかしエイベルもまだ暫く戻って来そうに無いので、時間が空きそうだが、今日の所は久しぶりに宿でも取って、ゆっくり休むとしよう。


 ギルドのすぐ隣にある宿【戌小屋 モルデカイ支店】に入った。名称変えれば良いのにな……相変わらず良く解らないネーミングセンスだ。


「お一人様、一泊二食付で黒貨十枚です」


 何処と無くサシャに似た女将が言った。もしかしたら血の繋がりがあるのかもしれない。えっと黒貨十枚だから一万エンか? 意外と高いな。昔と比べて物価が上がったのかもしれない。

 ……!? ……俺お金持って無い。そういえば、戻ってきてからずっと、野宿か走り続けているかだったな。

 仕方が無い。情け無いが千香華に頼ろう。世界的大企業の元最高責任者様だし、これくらいの金額どうって事ないだろう。


「千香華……すまん。俺よく考えたら金持って無い」


「え? ……あっ!」


「え?」


 何故そこで慌てている? もしかして千香華も持っていないのか? 突き刺さる女将の視線が痛い。


「すまない女将。また後で来る」


 逃げるように宿を出た後、千香華に話を聞いた。どうやらイグニットの財産は全てギルドに寄付する事にしたらしい。ギルドの発展の為だしそれは良いとしよう。しかし、その後が問題だった。戻ってきた時に、渡そうと思っていた俺の財産と、寄付する事にした分とは別にしていたお金を、ゲーレンに忘れて来たらしい。


「ってことは俺達は無一文って事か?」


「あはは……その通りだね……」


 笑い事じゃないぞ? 確かに食べなくても寝なくても生きていけるが、出来れば最低限人として生活したい! そのためにはお金が必要だ。


「あの? ……あたしが出しておきましょうか?」


 サライも【戌小屋】を常宿にしているらしく、一緒に来ていたのだが話が聞こえていたようで、宿代を出すなどと言ってくる。それは出来ないと固辞すると「そうですか……どうしようも無かったら言ってください」と言ってくれた。初めのあれは夢だったんだな……ええ娘や。

 何はともあれ、稼がなきゃいけなくなったので、ギルドに再び戻る事になった。



 サライに稼いでくると言うと着いて来ると言うので、泥まみれだから風呂にでも入って来いと言って先に宿へ帰らせた。実はこの世界には既に風呂の文化が出来ていた。理術が広まった頃に千香華が考案し、あっという間に世界に広まったそうだ。元々温泉が湧く場所には風呂に入る事があったようだが、宿や自宅には無かった。水の確保や火の起し難さがネックだったのだが、それが理術で解消した事が一気に広まった理由らしい。


 さて、ギルドの依頼なのだが、なるべく割りの良いものを選ぶとしよう。あまり依頼に時間は掛けていられないしな。受付で聞いてみるか。


「すまない。すぐに出来る割の良い依頼はないか?」


 俺がそう尋ねると受付に居た未人の男(もちろん執事服)は、片手を此方に差し出してくる。意味が解らず首を傾げていると、受付の男は呆れた様に言ってきた。


「あの……すみませんが、冒険者カードはお持ちでしょうか? お持ちでしたら出して頂けると助かります」


 ああ! そういうことか! ゲーレンで依頼をしていた時は顔を覚えられていたし、あの頃はカードなんてなかったからな。


「これでいいか?」


 俺はカードを取り出して受付に渡した。「お連れ様も……」と言うので千香華のカードも渡すと、受付の男は妙に光沢のある、台座のような物にカードを乗せて理力を当てる。後で聞いたのだがあれはビッグジュエルビートルの神経索を纏めて加工した代物だという事だ。それを使う事でカードに内容を書き込んだり、確認する事が出来るようだ。良く考えてあるが、虫が苦手な俺としては、あまり気持ちの良い物ではないな。聞かなきゃ良かったと少し後悔した。


「確認致しました。三段冒険者の方でしたか! ケイゴさんにチカゲさんですね。実は高段位の冒険者に受けて頂きたい急ぎの依頼があるのですが、いかがでしょうか?」


 ほう……緊急依頼って奴だな。内容を聞いてみると、盗賊団の討伐依頼のようだ。

 数週間前、巳都レーブレヒトから、貨幣を運ぶ商団が出発したようなのだが、中々到着しない。不審に思い調査したところ、午都オーギュストとの間辺りで消息を絶ったそうだ。因みに貨幣は巳都でしか造られていない。理由としては材料になる海亀のような魔物が巳都周辺にしか生息しない為である。

 更に調べると、その周辺で午奮団ごふんだんと言う名の盗賊団が活動しているようだった。どちらにしてもひつじの領域で盗賊団を放置する事は出来ないので、これを殲滅して欲しいという依頼だ。

 報酬は、黄貨十枚……破格の報酬だ。更に奪われた貨幣以外の盗賊達が保持している財産も貰って良いようだ。依頼主の本気度が解るな……。午奮団か……たぶん午種族なんだろうな。解り易すぎだろう? 千香華が「なにこれ? バフンダン?」と言うのを聞いて思わず笑ってしまった。午を馬に変えるとそう読めてしまうよな……本当にこの世界のネーミングセンスは理解に苦しむ。


 しかし盗賊か……昔はそんな者は居なかったんだがな。もしかしたら俺達が世界に与えてしまった影響なのかもしれない。元々この世界の住人は、純朴で勤勉な者達が大半だった。人を騙したり害したりするという事すら、考えも付か無いような状態だった。しかし俺達が色々やるようになってから、世界は激変したといっても過言ではないだろう。

 良い方向にも悪い方向にもだ。だとすればこれを見逃すわけにはいかない! とか意気込んでみるが、実際は奇麗事ではなく、報酬が高いし旨い依頼だから受けるんだけどな。



 依頼を受けて現場の周辺に辿り着いた。何故現場だと解るのかというと、前方から助けを求める声が聞こえてくるからだ。こういう場合テンプレだと別の商団等が襲われていて、女性の助けを求める声が! とかなんだろうが……生憎と声の主は未人の爺さんだ。あの必死さは囮と言う訳でも無さそうだ。

 テンプレをとことん微妙に外してくる。これぞ“イデアノテ”クオリティ! とか言ってる場合じゃねぇな。


「助けてくだされ~! もう駄目でございます~!」


 えっと……爺さん足速い!? 後方から走ってくる午種族の盗賊の方がバテてきてるぞ? 放って置いても逃げ切れるんじゃないか? ……あっ! こけた! しょーがねぇーなぁ……。


「爺さん! こっちだ!」


 俺はわざと大声で爺さんに声を掛ける。勿論、盗賊達の気を此方に向けるためだ。


「おおぉ。この爺を助けてくださるのですか~ありがたいでございます。貴方は神でございます」


 うはははっ! 私が神だ! とか言ってみたい。……冗談だ。爺さんは拝むようにしながら、此方に駆け寄ってくる。


「千香華! その爺さん頼むぞ!」


「あいよー」


 俺は千香華がそう答えるや否や、爺さんを追ってきていた盗賊団と思わしき集団に向け走り出した。




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