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「ふむ……イグニットは元気だったかの?」
手紙を読み終えたアドルフがそう問いかけてくる。俺は一瞬迷ったが「ああ」とだけ答えた。アドルフの目が此方に向けられるが、その目は疑うような目だった。それを見た千香華がこう言い出した。
「ケイは隠し事をするのが相変わらず苦手だね……アドルフさんになら話しても平気だと思うよ? ……正直に言います。表向きには気丈に振舞っては居ますが、もう長くは無いかもしれません」
そして悲しそうな顔をする千香華。ナイスフォローだ! 俺にはこういう切り返しはできねぇからな……。暫く黙っておこう。
「そうか……。本人もそう感じておるようじゃ。他の種族は寿命が短いのぅ……皆この爺を置いて逝ってしまうわい」
本当に悲しい顔をしてアドルフは呟くように言う。やはり試されていたのか? しかし、俺達にも他人事ではなくその気持ちは解る。多分この先俺達は、多くの者達を見送る事になるだろう。
俺はまだその場に実際居たわけじゃ無いから実感が湧かない。マーロウがもう亡くなっているという実感も未だに無い。千香華は既にマーロウも含め多くの死を見ているのだろうか?
「すまんのぅ……。少し感傷的になってしまったわい。……手紙に書いてあったが、そなた達に便宜を図ってくれと、それと用途は聞かずに自由に使える土地を探してくれと書いてある。ふん! イグニットの……本部ギルドマスターの頼みじゃ無かったら、突っ返しておるわい。この辺りで手付かずの広い土地で、木々が豊かな場所と岩場のある土地を探しているそうじゃな? ……間違いないかの?」
確認をするかのようにアドルフが聞いてくる。千香華がコクリと頷くのに合わせ、俺も肯定として軽く頷いておいた。
「ふむ? だそうじゃ……どうかの? 未都の周辺で融通しても良い土地はあるかのぅ?」
アドルフはエイベルに問いかける。エイベルは少し考える様子を見せてから答える。
「アドルフ様の頼みと在らば、直ぐにでもと言いたい所ではありますが、今はなんともいえません……ただ場所に心当たりはありますので、掛け合ってみましょう」
「そうか。すまないのぅエイベル。頼りにしておるぞ」
呆気に取られる俺達を尻目にエイベルは「では行って参ります。代わりの者もすぐ遣します」と言って部屋を出て行った。
俺が意味が解らず首を傾げていると、それを見たアドルフが答えてくれた。
「エイベルは、現未王じゃ。あいつは王でありながらも、何故かワシの執事をしたがってのぅ。仕方が無いので好きにさせておるのだ」
「は? いや、すまん。そうなのか……しかしそんな事話してもいいのか?」
「構わんじゃろ。この都の者は皆しっておるしの」
俺この町はおかしいと思うんだが、これで良いのか? 当人同士の問題だけじゃ無い気もするが……住民達もそれで何も言わないのだから、俺には何も言えないよな?
取り敢えずエイベルが戻ってくるまでどの位掛かるか解らないので、この場を辞そうとしたのだが、手紙を読み終わってからずっと黙っていたサライに引き止められた。
「ちょっと待ってくれよ。手紙にアンタ達に面倒見てくれるように頼んだって書いてあるんだけどさ……」
は? ケイローは何を書いてやがるんだ? そんなの本人に書く物でもないだろ……いきなり知らない男二人組みに面倒見てもらえとか……女の子だったら嫌に決まってるだろう。
「それは……修行の面倒も見てくれるってことだろ? じゃあ勝負だ!」
頭が痛い……この脳筋娘をどうにかしてくれ。千香華をちらりと見やると、また笑いを堪えている。……そうだ! たまには千香華にも戦ってもらおう!
俺は千香華を見てこう言ってやった。
「あー……二人に面倒見て貰えって書いてあったんだろ? じゃあ千香華に勝ったら相手してやるぞ」
「は?」
千香華は突然そんな事を言われるなんて、思っても居なかったのだろう。目を白黒させて此方を見ている。
「えー。この弱そうなにぃちゃんかよー? 戦えるの?」
千香華はその物言いに、少しも苛立ちを見せず言った。
「んー? 俺は大して強く無いから……パスー」
「俺は千香華に勝たないと戦わないぞ?」
「ちょっ! まじにやめてー。俺死んじゃうー」
千香華の臆する事無い態度に、逆にサライはやる気を出したようだ。
「どちらにしてもケイゴと戦う為には、チカゲを倒さないといけないんだろ? それに弱い奴に世話になるつもりはないからね!」
その言葉に千香華は深いため息を吐く。
「はぁ……解ったよ。でもやるからには手加減とか出来ないからね?」
どちらかというとサライでは無く、俺に対しての言葉のようだ。俺は頷き「死なない程度にな?」とどちらにも取れる言葉を選ぶ。
「そうと決まれば訓練場にいこう!」
まったく……面倒な事を押し付けられたもんだ。今回は千香華に押し付けたけど、毎回こんな感じだと逃げたくなるな。
今度は黙って話を聞いていたアドルフが、白々しく言った。
「おお! それじゃケイゴが暇になるな! ワシと手合せじゃ!」
「アドルフ様がお暇ではありません。仕事が貯まっていますので、しっかりと補佐をして仕事をさせよと、エイベル様から仰せつかっております」
いつの間にか側に居た別の未人執事が、アドルフにそう告げた。
「爺、ざまぁねぇな。頑張ってお仕事してくれよ~? ギルドマスターさ~ま~」
サライがアドルフを煽る。アドルフはぐぬぬと言い出しそうな表情でサライを睨む。
「いーやーじゃー。ワシも戦うのだ! 最近書類仕事ばかりで、体が鈍りそうじゃ!」
そんな事いわれてもなぁ。というか子供かよ……これでこのギルドは大丈夫なのかね? 先程アドルフに声を掛けた執事がパンパンと手を叩くと、更に三人の執事が大量の書類を持って部屋に入ってきた。
三人とも女性のようだが、全員執事服……普通そこはメイド服だろう? と思ったが、未種族は男女問わず“執事”になりたがる設定だった。というか普段から皆執事服だしな。
もう執事がゲシュタルト崩壊を起している気がするが……。
持ってきた書類を、アドルフの机の上にドサドサと積んで行く執事達。部屋の外に出たかと思えば、追加を抱えてまた入ってくる。瞬く間に、机の上は一杯になった。
「これが全部終わるまでは、一歩も外に出られませんので、その御つもりでお願い致します」
うんざりした表情で書類の山を見るアドルフが少し可哀想に思えたが、これだけ仕事を貯めたのが悪いのだから頑張るべきだと思う。
「終わったら戦えるのかの?」
「はい。今日中に終わらせて頂ければ、可能でございます」
おい! 勝手に何言ってんだよ! それを決めるのは俺だろう? そう言った執事を見やると、目配せをしてくる。ああ、終わる量じゃ無いんだな……アドルフのやる気を引き出すために言っているって事か?
「ああ、その時は戦ってやってもいいぞ?」
「言ったな! しかと聞いたぞ! 絶対じゃな? よーし! ワシ頑張る!」
まさか本当に終わらせて来るって事はないよな? 俺は一抹の不安を覚えながら、千香華とサライを伴い訓練場に向った。




