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新章開始です。
あれから五十年……五十年経ったらしい。半世紀だぞ? 信じられるか? 三年寝太郎どころの話じゃ無い。何故こんなに時間が必要だったのかは、セトが説明してくれた。
理由は二つ。一つは単純に限界を超えて力を使った為に、魂が傷付き過ぎていたらしい。そしてもう一つは、俺達二人が別々になっていた為らしい。どういう事かというと、俺達は二人で一柱の神で、神力も共有している。
セトの神殿は神力の回復が早いという事と、有名な“医神”が診てくれている様なのだが、それはあくまで半分。俺だけに適用されている。つまり前回の二倍以上時間が掛かるのも当然という事だ。
今俺はゲーレンを見下ろせる丘の上に居る。随分と大きくなったものだ……初めてゲーレンに来た時に比べ、面積だけなら、五倍程の広さになっているかな? まあ、五十年も経てばな……。
ハッキリ言って久しぶりにこのイデアノテの地に降り立った時、セトがまた変な所に下ろしやがった! って思ったんだが、数日の間、地形や匂いで確認した所、此処は間違いなく冒険者の町ゲーレンだった。セト……疑ってすまん。
時刻は夜半過ぎ、人々も寝静まってきた頃だ。俺は町を見下ろし、さてどうしたものか? と鼻の頭を前足で掻いている。
実は一度町の中に入ろうとはしているのだ。しかし、門番が居て簡単に町の中に入る事が出来無そうだった。一人一人に身分証みたいな物を提示させている。当然の様に俺はそんな物を持ってはいない。考えあぐねた結果、勝手に入るという愚行を犯してしまうのは仕方が無い。
果たして上手く侵入出来てしまったのだが、俺はそこで自分の目を疑う事になる。微妙に残る面影に懐かしさを覚え、周囲をキョロキョロと見回しながら歩いていたのだが……当時の町の中心部辺りに、それは圧倒的な存在感を放ち鎮座していた。
「はぁ?」
間抜けな声が出てしまった。そこにあったのは、俺の姿をした巨大な石像が、人々を見下ろす様に建っていた。
そこに記されているのは『偉大なる英雄ケイゴの功績を讃える』と書かれている。……馬鹿か! ばっかじゃねぇのか? 何だよこれ……嫌がらせか? はっ!
気付いた時には遅かった。つい拳が出て、その文字が書いてある石盤を殴りつけてしまっていた。『ケイゴ』の文字が砕けて読めなくなっていた。
周囲がざわつく。町の警備と思わしき一団が、此方に駆けて来るのが見えた。
俺は逃げた。コートを頭から被り、全速力でその場を離れた。
物陰に隠れて、町から出るタイミングを計っていると、いつの間にか後ろに一人の男が立っていた。男は頭からローブを目深に被り、顔は良く見えない。焦っていたとは言え俺の後ろを取るとは……などと思っていると、男は小さな声でこう言った。
「今晩、合図を送る。町が見下ろせる丘で待て」
それだけ告げると、男の姿は霧のように掻き消えていった。
男の正体については、大方の予想は付いている。それよりも“合図”だ。もう結構な時間此処で待っている。どういう“合図”を出すのかすら解らない。
俺は深いため息を吐きながら町を見下ろしていた。すると町の一角から光が発せられているのに気付く。
それは同じ感覚で明滅を繰り返す。短く三回、長く三回、そして短く三回……あれはトンツーか? 所謂モールス信号だった。意味はSOS……救難信号だ! なにかあったのか? あれはこの世界の人には、解るはずは無い。ということは、千香華なのか?
俺は慌ててそこへ向う。光が発せられているのは、町でも一番高い建物の五階にある一室。遠目にも窓が開け放たれて居るのが見える。大きな窓でこのまま突っ込んでも問題無さそうだ。俺は屋根を伝いそのまま大きく跳躍してその窓に飛び込んだ。
四本の足でしっかりと着地して、部屋の中を油断無く確認した。部屋の中には二人……ん? この匂いは?
「おおぅ! 派手な登場だねぃ。認識の阻害していて良かったよぉ」
そこには、千香華と……千香華? 銀髪の青年の姿の千香華が二人居た。二人は腕を組んでグルグル回り、そしてこう言った。
「「どっちが本物でしょー?」」
俺はため息を吐いて、本物の千香華に向って言う。
「お前だろ?」
「ええ! どうして? 何でわかるのさ? ぼくつまんなーい」
もう一人の千香華が姿を変える。やはりそこに居たのはロキだった。
「圭吾ちゃんは乙女ゲームの主人公かっ!」
すまんが言ってる意味が解らない。
「でも、なんで解ったの?」
俺は前足で鼻をトントンと叩き言う。
「匂いだよ」
「ええ? ぼく臭い? 臭う?」
「逆だ」
「うん? 私が臭いの?」
二人して自分を嗅いでいる。
「違う。ロキは知っている匂いがしないんだ。千香華は誤魔化しているけど、ロキは別物になっているんだろ?」
俺がそう言うと、二人は「なるほどね」と言って頷いている。本当は、千香華が姿を変えて誤魔化しても何故か解るのだが、とりあえず黙っておこう。いつかリベンジ! とか言って、別の姿でやられた時にも言い当ててやる。
「それよりも……何かあったのか?」
「ん? “合図”するって言ったじゃん?」
「え?」
「え?」
……こいつ解って無いのか? ロキが半笑いなのだが、知っていてそのままにしてたのだろう。
「あのな? あのモールスの意味解っているのか?」
「うん? 私あれしか知らないし……」
俺は半笑いのロキを睨みつける。
「いやいやっ! あれの方が早く来るだろうって思ってねっ? しかし本当に早かったねぇ。愛だねっ! 愛!」
お前はもう黙れ! 俺は今日何度目かのため息を吐いた。千香華を見ると、揺れ動く俺の尻尾に目が釘付けになっている。
「ねねね? なんでその姿なの? モフって良い? 良いよね?」
と言いつつも既に俺の尻尾に纏わり付いている。そう、俺は本来の大狼の姿で此処に居る。
「そうだ! 何だよあれ! 俺この町歩けねぇじゃねぇか!」
「……あっ!」
あっ! じゃねぇよ! こいつ何にも考えて無かったのかよ!
「ごめん……ケイを驚かせるって事ぐらいしか考えてなかったよ。そうだよね……良く考えたら、同じ格好して歩いていたら……英雄に憧れる痛い人だよねー。あははははははっ」
「あははははっ! 千香華ちゃん旨い事言うね! 憧れて英雄コス……ぷっふー」
こいつ等……殴られたいのかな? 俺殴っちまうよ? 全力で!
俺は未だに尻尾に纏わり付く千香華を振り払い、獣人型に戻る。全身の骨がゴキゴキ音を立てる。筋繊維がブチブチと鳴り、変質していく。今はあまり痛みを感じない。何故だか解らないが、あの時『痛みは邪魔だ』と思ったからか? セトは思い込みと言っていたからな……まあ、何にしても良い事だ。あれは想像以上にきついからな。
狼獣人の姿に戻った途端に千香華が抱きついてきた。
「何にしても……ケイ、お帰りなさい。寂しかったよ」
俺は千香華の頭を撫でながら答える。
「待たせてすまないな。ただいま……千香華」
俺と千香華は、再会の抱擁を交わす。こいつ今男の姿だけどな! ネットでたまに湧く奇怪な鳴き声の生物が出てきそうだ。




