幕間 残された者の生き方1
千香華視点
後方から聞こえてくる戦闘音に、後ろ髪を引かれる思いだった。本当は放り出して、今すぐ駆けつけて一緒に戦いたい。やっと共に戦う術を得たのだから……。
でもきっと彼はそれを望まない。二人の安全を確保する……私が今やるべき事は、それなのだから。
こんな時に限って邪魔するものは現れる。オークが群れを成して襲い掛かってきた。メス! メス! オンナ! オンナ! 本当に煩わしい。デザインしたのは私だけど、ここまで酷いなんて思ってもみなかった。この世界の女性達に謝りたい気持ちになったよ。
こんな奴等に時間はかけて居られない! 一気に片付けたいけど、細かい制御は苦手なんだ……二人を巻き込む畏れのある理術は使えない。もどかしい! ケイなら範囲に巻き込んでも影響を受けなくする理術が使えるのに!
オークの群れを殲滅してひたすら歩く。頭が痛い……これが理力が半分になったって事? 初めてなったけど、月に一度の激痛に比べたら全然耐えられる程度じゃない? この程度で集中が乱れるなんて、この世界の人達は痛みに弱いのかな? 朝からずっと理術を使っているけど、それと同じくらいは、まだまだ使えるって事だと思う。だったらケイを助けられるよね? 急がなきゃ!
「イグニット、心配なんだろう? 俺達はもう大丈夫だ。ケイゴの所へ行ってくれ」
焦る私にマーロウから声が掛けられる。マーロウは私の治療理術でだいぶ回復したけど、失った左耳、左目、左腕はどうしようもない。右の足も上手く動かす事が出来ないようだ。今の私では神経の接続なんて出来ない……知識が足りないからだ。
多分ケイなら出来ると思う。昔から知識に貪欲だから……解らない事が嫌いって言ってた。私が質問して、ケイが知らなかった事があったとしたら、遅くても二日後には色んな雑学と共に答えが返ってくる。何時そんなに調べたのって尋ねたら「いつの間にか」って曖昧な返事をする。そんな変な奴だから、人体の事も知って居ておかしくないと思うんだ。私も、もっと色々知っておくべきだったなぁ……と少し後悔する。
それよりも今はマーロウ達の事だ。ヨルグは未だに目を覚まさない。ギリギリまで理力を使ったのが原因なのかな? 脳が痛みに耐えられなくて、シャットダウンしちゃったんだろうね。
マーロウは戦える状態じゃない。強がっているけど、置いていったらきっとオークに殺される。
私は首を振り拒否を示す。
「マーロウ? そんな事したら、二人とも無事で居られないって解るよね? ケイが悲しむよ? 私はきっと怒られるし」
それだけ言うとマーロウは、それ以上何も言うことなく先を急いでくれた。
やっと冒険者の一団が見えてきた。前方から歓声が上がっている。無事を喜んでくれているのだろうけど、まだ終わって居ないんだよ。
状況説明をするのが面倒臭い。というかそれに時間を割かれるのが困る。マーロウとヨルグを預けたら、説明を任せて私はケイの元に急ごう。
冒険者の何人かが引きとめようとしてきたけど、殺気立つ私の迫力に負けて何も言って来なくなった。「同行します」と言って来た者も居たけど「着いて来れたらね」と言って、そのまま引き離してぶっちぎった。
このスピードでもまだ足りない! 私は人の姿から本来の姿である猫に戻り、全速力で走り続けた。
さっきの所まで戻って来れた。地面はボコボコで戦闘の激しさを物語っている。ケイは何処? 辺りを見回すが何処にも居ない。
更に前方のクレーターになっているような所から、ボロボロの黒いドラゴンを掴んだ白いドラゴンが、世界の中心にある柱の方向へ飛び去って行くのが見えた。そんな! まさかケイが負けたの? 白いドラゴンも同時に戦ったの? 言いようも無い焦燥感に苛まれた私は、クレーターを駆け下りる。
巨大なクレーターのほぼ中心部にケイは居た。本来の姿の大狼に戻っている。どす黒い血に全身塗れ、苦しそうにのた打ち回っている。
ケイの体が突然動かなくなる。光の粒が体から立ち上って行くのが見えた。あれは命が消えていっているのだと直感で解った。ケイは諦めようとしている。
嫌だ! 待ってお願い! 消えないで! 私の嫌な予感はこれだったの? 私はあらん限りの声を張り上げケイの元へ駆け寄る。
「ケイ! 死なないで! 諦めたら駄目だ! まだまだ私達にはやる事があるんだよ! お願い! 私は待って居るから! 消えないで!」
その声が届いたのか、ケイの目に力が戻った。私の姿が見えたのか解らないけど、こっちに向って微笑む。
その直後、ケイが身に着けているセトに貰った金の腕輪が眩い光を放った。光はケイの体を包み込む。そして一際大きく輝くとそこには、何も無くなっていた。
一瞬何が起こったのか理解出来なかったが、ケイが消えずに済んだ事だけは解る。私とケイは、二人で一柱の神。ケイが消滅して居ない事は、感覚で解った。良かったと思う反面、あのドラゴン二匹に強い怒りを覚えた。
一つ問題が発生している。私が降りて来た所と反対側にこっちをみている者が居た。今は光に目が眩み、見えては居ないと思う。しかし、この姿のままは拙いよね? イグニットの姿に戻らないと……。
悲しむ暇も、怒りに震える事も出来ないなんて、なんて酷いんだろう。
こっちを見ていたのは、申人の男と……多分辰獣人の男。辰獣人を見るのは初めてだけど、特徴が“竜”ではなく“龍”だからそう思った。ケイが言ってたけど、辰は“龍”で西洋風の“竜”では無いとかなんとか? まあ良く解らないけどヨルグと同じ角だしね? きっと間違えていないはず!
申人の男が走って来る。なんだか何処かで見たことがあるような無いような?
「おーい! アンタ一体何者だ?」
失礼な奴だねー。いきなり何者だってさ? しかも滅茶苦茶警戒してるし……。
「貴方こそ何者ですか?」
「これは申し訳ない。俺は冒険家のシーンという者だ。今ここに黒い狼が居て、それが光を放って消えた様に見えたんだが、その事について話を聞きたい」
なんか慌ててない? 名乗るだけ名乗って、私の名前結局聞かずに話進めてるよね? 因みに辰獣人の男はずっと無言でこっちを見てる。ケイよりも背が高いし、白い髭に厳つい顔立ちでとても偉そうだ。べ……別に怖くなんてないんだからね!
私がイグニットと名乗ると二人とも驚いた顔をしていた。「何故こんな所に冒険者ギルドマスターが居るんだ?」と聞かれたので、黒い狼は見間違いで、あれが圭吾だったと誤魔化し、事のあらましを話すと申人の男はガクリと膝を着き呆然としていた。
「そんな……やっと見つけたのに。そうだ! 銀髪の申人は? あの人は居ないのか?」
「銀髪の? チカゲさんの事ですか? 彼は五年前に旅立ちました。消息は不明です」
「そんな! いや……しかし、あれはあの時と同じ光だった……だとすれば……」
シーンは何かブツブツと呟いている。なんだろ? こいつ気持ち悪いなぁ。……ん? あの時? どっかで私たちを見たことがあるの?
「あっ!」
「え? どうかしましたか?」
「いえいえ、なんでもありません」
危ない。声に出てたよ……もしかしてこの申人は、あの時の小さな子供? おかしな縁もあるものだね。
暫くすると、冒険者達が到着した。私は簡潔に状況を説明して、指示を出していく。折角のドラゴン素材だもん。ちゃんと回収して有効利用させて貰うよー。
皆、ケイが死んでしまった事に深く悲しんで居る。咽び泣く声も聞こえる。良かったね! ケイはこんなにも慕われていたみたいだよ。
黙々と指示を出す私の態度が腑に落ちないのか「冷酷だ」とか「薄情だ」とか聞こえた。あれれ? そんな風に見えた? 私も悲しんでいるし悔しいよ? 思ってた以上に落ち着いてるけどさ。これはあれかな? 精神力が高いって、こういうのも抑えるのかな? ……なんか嫌だな。
まあいいか、今はやるべき事をするよー。ケイが帰って来るまでに、ギルドを繁盛させておかなきゃね。理術も発展させなきゃいけないし、作りたい物も一杯あるんだよー。忙しいよね?
早くケイ帰ってこないかなー? 帰ってきた時に、褒めて貰える様に頑張ろー。




