3-17
「貴様ぁああ! 我等が主様を愚弄するか!」
シャフォールは怒りのままに突っ込んでくる。
む? 思った以上に速いな……。俺は風理術の移動術を使って、攻撃を避ける。あわよくばカウンターを狙って行きたかったが、突進の速度が思った以上に速く、その圧力によって反撃の機会は失われた。
「許さんぞ! 戌風情が! 貴様は必ず殺す! 四肢をもぎ取り喰らってやる!」
通り過ぎざまに、尻尾での追撃が来るが、それも難なく避ける事が出来た。
「戌じゃねぇよ。知識が足りないな? 俺は狼だ!」
避けた後の尻尾に飛び乗り、奴の背中に駆け上がりながら更に煽る。
「トカゲ風情が必ず殺すだと? 出来るもんならやってみな?」
そう言いながら背の中ほどに渾身の力を込めて拳を振るった。ゴオッと拳から炎が吹き上がり、奴の背中を……焼けない……だと!?
俺の渾身の攻撃は、シャフォールの鱗に阻まれ意味を成さない。奴は俺を振り落とそうと体を揺さぶる。
仕方が無い……一旦仕切り直しだ。振り落とされて、この巨体に潰されでもしたら、その時点で終わてしまう。風理術で吹き飛ばされるように距離を取った。
「効かぬな! 貴様等小さき者が何をしようとも、我の体に傷一つ付けられぬわ!」
「はははははっ!」
「貴様! 何がおかしい!」
「何がって……その翼はどうしたのかな? って思ってな? えっと何だったか? 『貴様等小さき者が? 我の体に……』何だって?」
俺がやったことではないが、この際関係ない。
「貴様を殺して、あの猫のメスも殺してやる!」
「だから出来るもんならやってみろって、言ってるだろう? ほら来いよ? この片翼トカゲ」
兎に角、一撃でも貰う訳にはいかない。だからとことん煽る。攻撃が単調になればなるほど、攻撃は避けやすくなるからな。
だが、このままでは拙い事は解る。此方の攻撃は相手にダメージを与える事が出来ていない。持久戦になれば圧倒的に此方が不利なのだ。俺にも膨大な理力があれば方法もいっぱいあるんだがな……。
考えろ! 奴に攻撃が通る方法を……試す箇所は幾つかある。腹皮、目、関節、口内、金的、耳鼻などだ。
腹皮は一番狙い易いが、効かなかった時のリスクが高い。そのままひき潰されては堪らない。目を狙うか? しかし、目を狙う為には、奴の最大の武器である牙や爪を掻い潜らねば届かない。関節? あの巨体を支えている関節だ。望みは薄いだろう……腱なら多少は効果があるかもしれないが、どちらも致命傷にはならないだろう。
後は、口内か……喰われて終わりになる可能性が高いな。金的……何処にあるんだよ! 雄か雌かもわかんねぇのにな。耳鼻……いけるか? 上手くいけば脳にダメージを与えて致命傷になるかもしれない。目を狙うのと然程、変わり無いか? どちらも狙っていくか……爬虫類は頭を潰すのが一番だと聞くしな?
考えている間もシャフォールの攻撃は止むことなく続く。それを全て避けながらタイミングを計る。
噛み付き、左斜め後ろに引き気味に避ける。右爪の追撃、潜る様に左側前方に踏む込み回避。振り向きの左爪の薙ぎ払い、跳躍して振り切られた後の左腕に飛び乗りそのまま頭部へ駆け上がろうとするが、しなるように迫る尻尾の攻撃により断念。急ぎ左斜め後ろに大きく跳び距離を取る。
あんな所まで尻尾が届くのか? 想像以上に速い上に、あんなに硬い装甲なのに体は柔軟で、関節の稼動域も広い。性質が悪いトカゲ野郎だ。
「ちょこまかと煩わしい戌め! 大人しく我に喰われろ!」
誰が喰われてやるかよ! 再び突進して来ようとするシャフォール。しかし既に罠は張った。
「うおおお?」
シャフォールは足を取られもがいている。俺は回避しながらも土理術の【土崩】を使って、足元の地面奥深くを砂に変え、スカスカにする事によって落とし穴を作り出した。奴はそれにまんまと嵌ったと言う訳だ。片足が嵌る程度の大きさとは言え、かなり苦労した。気付かれないように表面的には変わらず、それで居て深く。一気に作り上げる理力は無いため、移動しながら三角形を描くように中心部に向って干渉した。
その甲斐もあり、シャフォールは完全に体勢を崩し、隙だらけだ。……頭痛が始まった。理力を使い過ぎたか? しかし、折角作った隙だ。今行くしか無い!
俺は奴の眼前に全速力で接近する。狙いは奴の左目だ。先程から貯め続けていた静電気に、理力で干渉して更に増大させる。【事象干渉(物理)】と【事象干渉(理)】を両方活用する俺だけにしか出来ない方法だ。右の拳に紫電が宿る。
「脳味噌まで焼き切ってやる!」
シャフォールの左目に拳が突き刺さる……その直前に奴の目の内側から薄い膜――瞬膜と呼ばれるものだろう――が閉じられ電撃が散ってしまった。ちくしょう! これだから爬虫類は!!
「今のは危なかったぞ! 戌めが! 姑息な手を使いよって!」
「何度でも言うが戌じゃねぇよ! その少ない容量の脳味噌じゃ覚え切れないか? 電撃で活性化したかもしれないのに、惜しい事したな?」
単なる負け惜しみだ。解っている……このままでは本当に俺の負けだ。頭痛にある程度の耐性があるとは言え、痛いものは痛いし、決定打が無いとジリ貧だ。
「貴様がそういう積もりなら……此方にも考えがあるぞ!」
攻撃に失敗した俺は、再び距離を取っていた。その俺に向ってシャフォールは、口を大きく開ける。
やはりそうくるか! 奴の口内に燃え盛る炎の球が現れる。俺は奴に向って走り出す。
シャフォールの口内で炎がボボッボボッと音を出して、小さくなったり大きくなったりしている。何時もと様子が違う事に奴も気付いたのだろう。慌てて炎を吐き出そうとするがもう遅い。奴の目の前で炎が一気に弾け、衝撃波を伴う爆発……爆轟が起こる。
何が起こったのか……初めに千香華が理術で火球を出した時と同じだ。奴が炎を出そうと干渉した周囲の空気を遮断し、不完全燃焼を起した。そしてその後、一気に酸素を送り込みバックドラフト現象を再現した。
これなら流石に一溜まりもあるまいと思っていたが、甘かったようだ。晴れる砂塵の中には、体から煙を上げるシャフォールの姿がある。その体は怒りに震え、恐ろしいまでの殺気を振りまいている。
「妙な真似を! ならばこれならどうだ!」
シャフォールは片方しかない翼を大きく広げ羽ばたく。片翼で飛べるわけが無いと、高を括って居たのが間違いだった。体は傾いて不恰好ではあるが、奴は確かに飛んでいる。どういう原理なのか俺にはさっぱり解らないが、飛んでいるという事は“詰んだ”という事だ。
俺にはあんな高さに攻撃する術は無い。つまり……
上空からシャフォールの放つ炎の球が降り注ぐ。直撃はなんとか避けてはいるが、巻き起こる爆発により撒き散らされる石片を、全て避けることは出来ない。転がるように無様に避け続けるしかない。
考えろ! この窮地を脱する方法を……くそっ! 頭が痛い! 考えが纏まらない……次々に起こる爆発で地面にクレーターが出来、足場が悪くなる。……終わりか? もう駄目なのか? どうやっても届かない……終わりだ。
違う! これは理力が減った事によって、ネガティブになっているだけだ! 何かあるはずだ! 諦めるな!
自らを鼓舞して体を動かす。降り注ぐ爆撃を避け続ける。
爆撃が止んだ。シャフォールは上空で何か叫んでいるが、聞き取れない。やっぱりあいつ……あんまり頭良く無いな。そんな事を考えていた俺に突然声が掛けられた。
「人の子よ。我が手を貸そう」
そいつはいつの間にか俺の傍に居た。




