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理術の名前は、結局俺が付ける事になった。一番しょぼい術なんだから、シンプルで良いだろう?
【火】は“火球”小さい火の球を、目の前に出す。火を着けるのに便利だ。
【水】は“水流”まあ、放水するだけ、水を汲みに行く手間が省ける。
【風】は“風弾”空気の塊を飛ばすのだが、塊にせずに風だけも送れる。涼しい。
【雷】は“雷球”電気の球を出し、ビリッとさせる。肩こりに効くかもしれない。
【土】は“土撃”土の塊を硬化させて飛ばす。はっきり言って投石した方が強い。
しょぼいな……だが初めはそれでいい。名前負けしているようにも思えるが、実は理を理解して効率を上げたり、込める理力の量を増やしたり、他の属性の術と組み合わせたりすると、威力も使い勝手も格段に上がる。
千香華が最初に出した白い炎も“火球”に理力を込め続けた結果だ。あの時は酸素(こちらでも酸素で良いかは解らないが、便宜上酸素とする)が足りず、不完全燃焼になっていたが、【風】で必要量の空気を送り込んでやれば、白く輝く炎を生み出す事も出来るだろう。
爆轟まで起こったのは、足りなかった酸素が急激に流れ込んできた為、バックドラフト現象に近いものが発生し、爆発を起こして火柱が上がったものと推測する。多分これも組み合わせで、作為的に起す事が出来ると思う。
俺は既に幾つかの派生も作り出しているし、千香華に関しては知識は足りないが、練度と圧倒的な理力による威力向上も出来る。十分実用レベルなのだ。
千香華に派生と混合を教えたら、なんとなくで使いこなしている。しかし「その時に起こっている反応は、何と言う?」と聞くと、首をかしげながら意味の解らない、独自の理論で答えてくる。これだから感覚人間は……。
そんな事もあり、理学の講師を俺がする事になった。本当は千香華にやって貰いたかったのだが、独自の理論を展開しすぎていて、聞く方も疑問符が絶えないという事になるはず……なのだが千香華は、もう一つ厄介な事に言った事が全て真実として捉えられてしまう。
うろ覚えの内容を教えて、教えられた方は真実として取り、疑問すら抱かない。これでは困るのだ。教えられた内容でも疑問を持ち、自ら調べて納得した時に、初めて学ぶ事を楽しいと思えるものだと思う。あくまで俺の持論だから絶対では無いが、そうやって先駆者や研究者が現れて、技術は発展していくものだと思うのだ。
数日後、俺と千香華はヨルグを執務室に呼び出した。理術を広める前に、意見を聞きたくて選んだのがヨルグだ。ヨルグはギルドの関係者の中で、マーロウと並び信用できる人物だ。頭も良く理解も早いので、今回はマーロウではなく、ヨルグに頼む事にした。というかマーロウに理術は厳しいだろうと言う判断でもある。
「私に御用との事ですが、どういった内容でしょうか?」
そう問いかけるヨルグに千香華が答える。
「実は画期的で新しい技術を広めたいのですが、その事について意見を聞きたくて、貴女を呼びました」
「私で宜しいのでしょうか? ケイゴさんとチカゲさん、そしてイグニットさんは、今までに知らない技術や、ギルドのような仕組みを広めて来ています。私の意見なんて、参考になりますでしょうか?」
心配そうな顔をして話すヨルグに、肯定として強く頷いて見せると、安心したのか表情が明るくなった。
まず聞きたいのはこの世界の常識的に、魔物の火炎を飛ばしたり、電撃を放ってきたり、風を操ったりする攻撃をどう思う? という事なのだが、ヨルグは「恐ろしいですね。空を飛ぶ強力な固体が、上空からその力で攻撃して来たら、私達では対処できませんから」と言っていた。
もしその力を自分達も使えるのならどう思うか聞くと「使えるものなら、使ってみたいです。町を守るのに役に立ちますし、それ以外でも生活に役立つと思います」という意見だった。変な忌避感は持っては居ないようだ。
扱いきれるか? との質問には少し悩んだ後にハッキリと答えた。
「全ての人にいきなりは無理でしょうね。しかし、力の弱い者にも自衛の手段が生まれるのは、素晴らしい事だと思います」
「ふむ、そうか……ありがとう。参考になった」
俺がそう言うと、ヨルグは少し興奮気味に質問をしてきた。
「もしかして、新しい技術とは、その……」
うん。こんな事聞いたら普通に感付くよな。しかし、まだ答える訳にはいかないのでヨルグにマーロウも連れて来るように頼んだ。
ヨルグが出て行って、マーロウと一緒に再び戻ってくる前に、千香華にどう思ったか聞いておきたい。
「千香華。阻害は今もしてるか?」
「うん、もちろんだよー」
「そうか……どう思った?」
「教えても大丈夫じゃない? どうせ理解が低いと火種出したり、水を確保出来る程度なんだし。ただ一般に広めるのは少し様子を見たほうがいいかもね。……言い方が悪いかもしれないけど、ギルド員での実験を重ねてからが良いかも」
ギルド員での実験って所で少し言い淀んだが、概ねその通りだと思う。トライ&エラーを繰り返さなきゃいけないのは確かだし、いきなり一般人に粗悪品の混ざった拳銃を配るような真似は出来ないだろう?
その拳銃は、大口径マグナムかもしれないし、銀玉鉄砲かもしれない。見た目じゃ解らない上に暴発する危険性もある。そんなもので自衛しろなんて、頭がおかしい奴がすることだ。
その点、ギルド員で適性を選抜して、俺達の目の届く所であれば危険は減らす事は出来る。きっちりと教育の枠組みとか、技術として精練されてから、広める方向でいこうと思う。
その事を伝えると、千香華は大きく頷いた。
「あともう一つ、選抜をヨルグにも手伝って貰いたいのだが、そろそろ【看破】も広めていいだろうか?」
適性を知る上で【看破】は役に立つし、ヨルグはギルドの受付業務も纏めている。他のギルド員と一番接触が有るのがヨルグなのだ。冒険者の能力を客観的に見れるなら、仕事の振り分けも楽になるだろうしな。
因みに俺は、この世界で千香華以外の“人”に【看破】を使ったことが無い。人の能力を勝手に覗き見するって事に、どうも罪悪感を感じてしまう。しかし、相手もそれを承知していて、当たり前の事だとなれば話は別だ。間違いなく便利だし、きっとギルドの発展にも役立つだろう。
使える便利な物を使わないなんて、馬鹿がすることだと言う人も居るかもしれないが、性格的な問題なので仕方ない。
自分と人の能力が視れる事も、先に質問してどう思うか、聞いた方がいいだろうな。




