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叙事詩世界イデアノテ  作者: 乃木口ひとか
プロローグ
4/177

0-4


 残念そうな顔をしている千香華を睨みつけていると、瀬戸さんが今までに無いほど真剣な顔つきでこちらをじっと見ているのに気付いた。


「えっと……なんですか?」


 視線に耐え切れず此方から話を促してみた。


「ああ、すみません。ある程度話も理解して頂けたと思うのですが、丁度良いので圭吾さんにも最終意思決定を行って頂こうと思いまして」


「なんか歯切れが悪いですね?」


「いえいえ……。圭吾さんはまだ人のままです。もしお断りになるのでしたら、あちらに送り返す事もできます。でも受けてくださるなら、相応の覚悟をしてください。あの世界で、もし失敗すれば魂の消滅です。先程見た“無”あれと同じになるとお考え下さい」


 そこで一旦言葉を切る瀬戸さん。多分考える時間をくれているんだろう。

 俺はまだ人のまま……だが今までの話から鑑みれば、千香華はもう戻れないのだろうな……。

 何も言わず冷静を装っている千香華だが、本当は不安なのが俺には解る。しかし“無”は怖い。思い出すだけで本能的な震えが来るほどだ。


「考える時間は取れますが、いかが致しますか?」


 そう聞いてくる瀬戸さんに対して俺は思考を統一して笑いながら告げる。


「ははっ! 考えるまでも無い。そんな楽しそうな事、千香華一人だけにさせる訳ないじゃないか」


 ニンマリと笑う俺を見て、表情の暗かった千香華の顔が喜色に染まる。ニヤっと三日月のような口でいつもの口調でこういった。


「さっすが私の相棒! そういうと思ったよー」


「ふぅ……。安心致しました。私としてもお二人を引き離すのは心苦しかったのですよ。圭吾さんのご想像通り、千香華さんはもうあちらには戻れません。そしてもし帰る事を選んでいた場合、圭吾さんは此処での事だけを全てお忘れになられていたでしょう。存在の無くなった千香華さんの事を、居なくなった理由も何も解らずむこうで過ごさねばならなかったのです。そして千香華さんは一人であの世界に挑んでいたでしょう……半分の力で。あなた方はお二人で一つの神です。まず成し遂げることは不可能だったと思います。私としても心苦しいですが、誰かに何とかしてもらわねば、周辺の叙事詩世界も全て巻き込まれ消滅してしまうのです。私も神の端くれですので、無数の命がただ消えるのを放置する訳にはいかないのですよ」


 やっぱりな……。千香華の性格からして、一人で背負い込む覚悟はあっただろう。そして自分に不利になる情報は隠して、こっちの意思に任せようとしてるのも。バカだなぁ。何年一緒にいると思ってるんだ? 俺は千香華の頭をグシグシと撫でる。嬉しそうに頬を染める千香華。

 ……いま千香華は男の姿だから絵面的には、ホモォが沸いてきそうでなんかアレだが……まぁいいや。


「では、新たなる神の誕生に祝福を……」


 瀬戸さんはそういいながら此方に手をかざした。すると先程【イデアノテ】を手にした時の様な眩い光が俺の全身を包んだ。

 おお? なんか意味不明な全能感? なんかそんな感じの、今なら何でもできるぜ! 俺! みたいな力が溢れる感覚が! ……俺は人間をやめるぞーってか?

 ん? なんか皮膚とか骨とかに違和感が……ムズムズする!! 顔が引き攣る! 痛い痛い!! なんか全身ゴキゴキいってる! やばいやばいやばいいたいいたいたい……!


「ぐおおおおおおおぉぉぉあおおおおおおおおおお!!」


 俺は獣じみた叫びをあげ、全身に感じる違和感と激痛に耐えた。

 


 やがて光が収まり、全身を襲っていた痛みが引いていった。俺は状況を確認するべく、目を開けて自分の手を見た。

 ……? 手? ……手というか……肉球? 肉球だよなこれ!? 自分の手ではなく、真っ黒い毛並みの犬の前足にしか見えないんだが?

 嫌な予感がして自分の背後をみると、やはり其処には、黒い毛並みの立派なモフモフした何かが見える……もっと良く見ようと顔を近付けようとすると、黒い何かは遠ざかる。近付く、遠ざかる。追いかける、逃げる。……なんか楽しくなってきた!! ぐるぐるーまてまてー……ハッ!


「これじゃ犬じゃねぇーか!!」


「プッ……あはははははははは。もふもふだ!! モフモフがいるぞー」


「ほう……、それが圭吾さんの神としての姿ですか。なるほどなるほど……」


「はぁ? 神としての姿? 犬の姿が?」


「いえいえー。犬ではありませんね。ほら……」


 そういいながら瀬戸さんが手を振ると大きな姿見があらわれる。その姿見に映った自分の姿は、真っ黒な体長三メートルはあろうかと思われる巨大な狼の姿だった。

 おおーかっけー俺かっけー。ふふふ、犬では無い、狼だ! (キリッ)


「わんわんー。お手ー。おかわりー」


「だけど……これじゃノートに何か書き込むとか、出来ないんじゃないんですかね?」


「モフモフー。おすわりー。ちんちんー」


「そうですねぇ……。意識を集中して人型に近くなれません? それくらいは出来ると思うのですが……」


「わんこー。伏せ、伏せ! お手! お手だってばー……ふぎゃ!」


 先程からうざい子になってる千香華の顔面に、お手をしてやって黙らせる。

 ふむ……集中ね。人型ー人型ー。お? いけそう。……あ! これやばい気がする……痛い痛い!! 関節がまたもゴキゴキいってるって! いたたたっ!! 死ぬ死ぬぅ! いたいいたいいたい!!


 多分ほんの数秒だと思うが、想像を絶する痛みでのた打ち回る事になった。姿を変える度に毎回痛みを伴うのかよ。本当に萎えるんだが?

 再び姿見に映る自らの姿を確認する……人型ではあるが、顔は狼のままで二本の脚で立ち、身長は二メートルを超えるだろう狼の獣人、といった感じの姿が映っていた。毛皮で解りにくいが、結構な筋肉が付いているのがわかる。姿見に向かって微笑んでみると、獰猛な狼の顔がニヤリと笑う……怖いよ! 食われそうだ!! あっ……俺だった。

 疑問は幾つも浮かぶが、一番気になる事を瀬戸さんに聞いてみることにした。


「えっと、これ毎回この痛みに耐えないといけないんですかね?」


「エー。わんわんの方が良かったよー。わんわんはー?」


「普通は痛くはないと思いますよ。ふむふむ……もしかしたらそれは圭吾さんの特性かもしれませんね」


「あのままでいいと思うんだけどなー。よし! 戻ってみようか? カムバックパトラーッシュ!」


「特性ですか? それはどういう……ああ! もう!! うっさいな!」


 ガアアアアァァァアアアァァ!!


 驚く程大きな声が出た。しかも獣じみた声だ。けど俺こんなにキレやすかったか? だがそんなことよりも、もっと驚く事が目の前で起きた。

 俺の声を受けた千香華が、ビクッと肩を跳ね上げたかと思うと、銀髪の青年の姿が掻き消えるように無くなり、そこには人と同じくらいの大きさのある、ロシアンブルーに似た猫の姿があった。

 猫は気だるそうな表情で此方を見て、ため息をつくような仕草をした後、俺の一番聞きなれた声でこう言って来た。


「あーもう……酷いよケイー。姿戻っちゃったじゃない。ケイも私と近い感じになったから、嬉しくってテンション上がりすぎたのは悪かったけどさー。そんなに怒らなくってもいいじゃない?」


「ああ、うん……ごめん。なんか思った以上に大きな声でちまった。というか、千香華は猫だったんだな……なんか納得」


「うん? どういう意味かなー? ……別にいいけどね。結構気に入ってるし」


 千香華はその姿のまま、香箱を組んで座っている。これは完全に猫だな……。


「それも特性だと思われますが……それはそうと圭吾さん、こんなところで神としての力を出されると些か困りますね」


 そう言う瀬戸さんの姿は、何故か複数の姿がだぶって見えた。すぐに最初見たサラリーマンのような見た目に戻ったが、重なる姿の中に何処かで見たような姿があった。あれは何だったかな?

 咎める瀬戸さんは、背筋が凍えるような雰囲気を出している。これは神としての挌の違いか? 凄く怖いので素直に謝ろう。


「すみませんでした。以後気を付けます」


「ああ、いえいえ。空間にも干渉しそうだったので……少し慌てましたよ。それはそうと、その姿は良いと思いますよ。親近感が沸きますねぇ。ですが服は着た方がよろしいかと。お出しいたしましょうか?」


「え? ……すみません。お願いしてもいいですか?」


 俺、全裸だ……そりゃそうだ。あんなでかい狼になって服が無事な訳が無い。瀬戸さんが出してくれたのは、何の革かは解らないが、滑らかで丈夫そうな革パンと同じ材質のロングコート。どちらも黒い。インナーは無し……まぁ毛皮着てるからいいんだけど……いったい俺をどうしたいんだ。着心地は悪くない、尻尾の穴開いてるしさ。

 取り敢えず無事だった眼鏡は掛けておこう。視力は良くなっているようなのだが、なんだが落ち着かない。



 瀬戸さんが言う特性とは、神としての性質とか技能の事を指すらしい。叙事詩に書かれた神の場合は、諸説色々ある神の全ての性質を受け継いで、複数の力を持ったりする。

 同じ一柱の神であっても、あれとこれが同一視されてるとか、神だとか悪魔だとか天使だとか……例としてギリシャ神話のゼウスの話を聞いた。色んな話で無節操に書かれるもので、本当にやばい程の無節操になってしまったらしい。

 そのせいで現在は謹慎中……笑えねぇな。でも瀬戸さんは「あの人にも困ったものですねぇ」って言いながら笑っていた。この人もしかして結構大物なのか?


 叙事詩に書かれず、俺達のように各世界から神になる場合は、元の性格や技能などが極端化するらしい。日本人から神になった人がすでに何名か居るのだが、大体の神が『模倣』『最適化』『効率化』の技能を、『堅実』『凝り性』『謙虚』などの性質を持っていることが多いそうだ。「なんででしょうかね?」と聞かれたが、「日本人の特性ですかね?」と苦笑いで返すことしか出来なかった。

 因みに瀬戸さんは表面的な一部の技能と性質を見ることが出来るそうだ。追々自分で理解していくことになるらしい。なんか性格診断されるようで怖いな。

 身体的なところも極端化はされるようで、例えば足の速い人は素早い神に、手先が器用な人は器用な神になる。これは鍛えていたり衰えていたりとかの現時点での能力ではなく、その人の本質、元々の素質から極端化される。……よかった! メタボに足突っ込みかけていた俺としては、素質で本当に良かった。


 肝心の姿を変える時に激痛があるのは、『現実主義』『意固地』が原因ではないかと瀬戸さんは言った。

 つまり、現実的に考えて骨格が変わったり急激な変化があるときは痛いはず。ほいほいと姿が無茶な形に変わって問題ないとか、何処の未来から来た液体金属機械人形だよ? とか考えているせいで体にまで影響が出ているらしい。「今更考え方とか変えられない。ずっと痛いままですか?」と聞いたら、「そう考えるのも『意固地』が原因ですね」と返された……これ絶対痛いままだな。

 千香華にお前は痛くないの? と素朴な疑問をぶつけたら、「私のは特性だもの。他者にそう認識させてるだけだから、体が変化してる訳じゃないし痛くないよ」だとさ……化粧をする女性にでる特性だが、千香華の場合は『模倣』ではなく『完全模倣』が技能にあるのでより強力で、神同士でも認識させられる。ぶっちゃけチートだな。

 そして声? 雄たけび? 咆哮? まあ、何でもいいけど……かっこいいから咆哮でいいや。『憤怒』の性質と狼のような姿になった影響で咆哮が強化され破邪の力を持つようになったとか。『古来から狼や犬の声には邪を払う力がある』なんて話があるので叙事詩世界神の持つ特性ではそういうものらしい。

 他にも色々あるみたいだけど、自分でどうにかするしかないようだ。今はこのくらいしか解らないみたいだしな。




「では、そろそろあなた方の世界にお送りいたしましょうか?」


「え?」


「え? 行かないの?」


「ここからノートに書いて世界を変えていけばいいんじゃないんですか?」


「いえいえ、その神器はあの世界でしか効力を発揮しませんよ? それにここは仮に私が創った場所ですので……」


「ああ、そういえばそうでしたね。それに折角だから世界を実際に見たほうが楽しいし、効率もよさそうだ」


「うんうん、折角の異世界だよー。一緒に冒険しよーぜぇ」


 嬉しそうにそう言う千香華は、最初に見た銀髪の青年姿になっている。何時の間に? 本当にどうやってるんだか。


「てか何で男の姿なんだ?」


「旅をするのに女の姿だと色々不便だろ? 察しろよー」


 なるほどね。初めから冒険する気満々だったんだな。俺は苦笑いしながら自分の頭をガシガシと掻いた。


「それじゃあ送っていただけますか?」


 俺がそう告げると、瀬戸さんは心配そうな顔で黄金の腕輪二つを差し出した。


「何かあったら私の所に戻って来れる様にこれを渡しておきます。あなた方世界は一筋縄ではいきそうに無いですからね」


「はい。ありがとうございます。瀬戸さん色々とお世話になりました」


「では、御武運をお祈りしております。……それと発音が少し違いますね。私は瀬戸ではなく……」


 俺と千香華の周りに光の柱が立ち転送される直前に、瀬戸の顔がジャッカルのような顔に変わるのが見えた。


「……セトです」


 ニヤリと笑うその顔は、【悪神】とも呼ばれるセトとは思えない。とても優しい笑顔だった。




セト エジプト神話に登場する神。オシリスの弟。エジプト九柱の神々の一柱。



砂漠と異邦の神であり、キャラバンの守り神である一方で、砂嵐を引き起こしているのも彼であるとされている。神話体系内でもっとも共通する添え名は『偉大なる強さ』。荒々しさ、敵対、悪、戦争、嵐、外国の土地などをも象徴している。ピラミッド文書の一つには、ファラオの強さはセトの強さであるとの記述がある。サハラの民に信仰された神アシュ(Ash)とも関連がある。


セトはジャッカルの頭をした神であると思われているが、壁画などで表現されている彼の頭は実はツチブタのものである。しかし全身が動物化して表現される時はさながらグレーハウンド犬のようである。一般的に四角い両耳、先の分かれた尾、そして曲がって大きく突き出した鼻を持ち、犬、ツチブタ、ジャッカルのほか、シマウマ、ロバ、ワニ、ブタ、そしてカバなどとも結びつけられている。このため、想像上の動物をわざわざ作ってセトに充てた、とする説も存在する(このように、様々な動物を合体させて想像上の動物を作り神に充てる例は多く、他に、トエリスが挙げられる)。 ウィキペディアより引用。


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