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「では、早速手合せ願おうか?」
トールお前もか!
「前言撤回、お前も帰れ!」
「お前もって……ぼくもやっぱり帰れなの!?」
「ふっ……冗談だ。見た感じ、ケイゴは本調子では無さそうだな? 我も神器が無くては本気が出せん。そんな状態でやりあっても面白くあるまい?」
良かった多少の常識は持ち合わせているようだ。なんでこういうバトルマニア達は、直ぐに手合せと言う名の決闘をしたがるんだ? 俺の何が悪いのか?
「ケイゴ。お前は戦いを欲している! 戦神たる我には解るのだ」
やめて! 変なフラグ立てないで! 俺は平和に生きたい。
「何にしてもケイゴとは、何時か戦ってみたいものだ……良い事を思いついたぞ! 次のラグナロクでヴァン神族側で参戦してくれ! それなら思う存分戦えるであろう?」
駄目だこいつ……早くなんとかしないと。戦ってみたいから敵陣営に参加してくれって、言う神はどう考えてもおかしいだろ! ロキは面白そうにニヤニヤ笑ってるだけだしな。
「忙しい! 断る!」
そう忙しいのだ。この二柱と違い俺達の世界は安定していない。フラフラしていて良い訳じゃないのだ。という事を懇切丁寧に説明し、「セトさんの許可も下りないだろう?」と言ったら、何とか解ってもらえた。セトの名前強いなぁ。
「うむぅ……。しかし……いや。セトか。うむぅ」
肩を落として見るからに落胆しながら、考え込んでいるトール。
「あははっ! セトさん怖いもんねぇ。ぼく前に「四肢をもいで『無』に放り込むぞ!」って脅されて、ごめんなさいしたもんねっ」
セトさぁん。怖いよ! 物騒だよ! しかし、そんな脅され方して、セトをおちょくれるロキも大概だと思うけどな。
「よし! こうしよう! 手が空いたら参加してくれ!」
トールよ。お前はめげろ!
後々聞いた話では、ラグナロクは神話の段階ではガチ戦争だったけど、叙事詩世界になった後は、神として不滅になった為、現在はスポーツ戦争みたいな感覚で、定期的に行われている様だ。終末戦争が聞いて呆れるわ! 週末戦争にでもしとけよ。
「もう用事はないんだよな? 帰れよおまえら」
既にトールにも完全にタメ口である。トールも全然気にしていないので、別に構わないだろ?
「ぬぅ? 我等が居るのは邪魔か? ロキがうざがられるのは仕方ないが、我も同列に見るのはやめて貰いたい!」
既に同じようなものに認定してるよ。
「トールちゃん!? まさかの裏切り? ぼく吃驚だよっ! 裏切るのは、ぼくの役目のはずなのに! 悔しい!」
悔しがる所はそれかよ! 神話でも軽口を言い合える仲だったとあるが……
「お前等仲いいな」
トールは微妙に嫌そうな顔をしたが、本気で嫌って訳でもなさそうだ。因みにロキは得意満面である。
「ぼくの用事はトールちゃんの引率だったけど、さっき面白そうな事してたから、興味湧いちゃったぁ。教えてくれるまで帰らないよっ」
引率って……まあいいけどさ。というか、覚えてやがったか。
「んー? 理術の事かな?」
千香華はロキの目の前で、水鉄砲のような理術を展開しながら答えた。
「おお? 理術って言うんだ? それ面白そう! ぼくも使えるかなぁ? 使えるんなら教えてっ!」
「残念だがロキには使えない」
「なんでなの? なんで使えないの? 圭吾ちゃんが意地悪だから?」
別に意地悪で言ってる訳じゃねぇよ。条件としてこの世界に生まれたものしか、使えないようになっているからな。唯一の例外が俺と千香華だけだ。
それに理術を使うためには理力が必要になる。多分ロキが持っている魔力や神力とは別物なので、使えるわけがないのだ。そう説明すると残念そうな顔をしていたが、渋々ながらも納得したようだ。
そんなロキの目の前で、次から次に理術を使う千香華に、それを体育座りで羨ましそうに見るロキの姿は、大道芸人とそれに憧れる子供のように見える。ロキの隣にトールも体育座りしているから、シュールな絵面になってしまっているがな。
暫くその光景を眺めていたが、ロキが満足したのか突然立ち上がった。
「確かにぼく等には無理そうだね。術式の系統が違うし、扱い方がまるで解らない。オーちゃんは残念がるだろうなぁ」
「そのオーちゃんって、オーディンだよな?」
「そだよ。魔術マニアなんだ。知らない術なら欲しがるかなって思ってたけど、この世界のは使えそうに無いしねぇ」
そういえば、そういう神だったな。魔術のために首吊ったり、目玉抉り出す事も、厭わないんだったか?
「それに、どちらにしてもこの世界には、来ないだろうしね」
「えー? なんで? やっぱ嫌われてるのかなーこの世界?」
千香華が心外だという感じで反応した。
「そんな事無いよぉ。どっちかって言うと、興味津々って感じだよ。でもね、圭吾ちゃんの本来の姿って大狼でしょ? ……ぼくの息子知ってるかなぁ?」
「えっ? ロキって子供いたの!?」
「ああ、知ってるぞ。フェンリルだな」
「えええ! そうなんだ!」
千香華は神話あんまり詳しく無い。だがフェンリルという名前だけは、知ってるから驚いたようだ。
「そうだよ。圭吾ちゃんは、ぼくらの事を良く知ってるから想像付くかもしれないけど……」
そうか、嫌われているのは、この世界では無く俺か。そりゃあ自分を殺した相手と、同じ様な姿が本体の俺は嫌がられても仕方ないな。
「……怖がるんだよぉ。トラウマになってるみたいだねぇ。フレキとゲリは小さいから大丈夫みたいなんだけどねっ? うちの息子も「ごめんね」したんだけど、なんか震えちゃってねぇ。本人は武者震いだって言ってたけど、あの表情じゃ説得力ないよねっ?」
同意を求められてトールは困った顔だ。自分の所の主神だし下手な事言えないよな……。大きいと駄目ってことは、食われたのが結構ショックだったんだろう。食い千切られて丸呑み! みたいな状況だったんだろうな。
因みにフレキとゲリっていうのは、オーディンの連れている二匹の狼の名前だ。他にフギンとムニンという名前の二匹のワタリガラスも連れている。後は有名なスレイプニールだな。動物好きなんだろうか?
まあ、此方としても主神とか偉い人は遠慮したいから好都合かもしれない。でもトールもオーディンと同格以上の存在だった気がするが……まぁいいや。
結局長い時間、相手していた気がする。「もう疲れた。帰って寝たい」と告げたら、ロキは「名残惜しいけど仕方ないね」と言い、トールは「また来るからな! 絶対にだぞ!」と最後まで暑苦しかった。
悪いやつ等じゃ無さそうだけど、ロキは何時も、タイミングが悪いぞ? それとも狙ってるのか?
「やっと帰ったか……」
俺がぐったりしながら言うと、まだ居たのか虚空から声が聞こえた。
「セトさんの許可が出たら、うちの子も今度連れてくるねぇ。遊んであげてね? じゃあ、まったねぇ」
やめろ! フラグを立てるな! 太陽を飲み込む様な奴と、どうやって遊ぶんだよ!
俺は大きくため息を吐くと、大きなモフモフを想像して、ワクワク顔の千香華を促し、ゲーレンへの岐路に着くのだった。




