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地面に座り込んで、指で“の”の字を書いている。千香華の声が聞こえる。
「ん? ケイ? お座りなの?」
ああ、座ってるな……座ってるのもだるい……。俺は地面にうつ伏せに寝転んだ。
「伏せ? 伏せしてるの? どした? なんかおかしいよ?」
うん、俺は頭がおかしい……もう生きてる価値あるのかな?
「ねねね? しゃべってよー。いきなりなんなのさ?」
しゃべるのも億劫だ。考えるのも面倒臭い……。なんだよ。うるせぇな? あ? 考えるのを止めるな? しらねぇよ……もうどうでもいい。
ん? 考えるのを止めると死ぬぞってか? 死ねばいいんじゃないんですかねぇ? そうしたらもうこんな面倒な事ともオサラバだ。ああ? うるせぇ。わかったよ。何を考えればいいんだよ! ああ、面倒くせぇな。
(思考がネガティブになり始めた時、嫌な予感がして思考の並列化をして正解だった。今の俺は何故か心が弱っている。というか鬱状態というべきか?
多分こうやって考えている俺が無くなると、自ら死を選んでしまう気がする。思考を止めると死ぬ……今生命力が尽きる事があれば、確実に諦める方向に思考が傾いて、そのまま消滅してしまうだろう。
それを阻止する為に、常に考え続けろ。こんな阿呆な事で死んで溜まるかよ! しかし、何故こんな状態になったんだ? 直前まで理術を使っていたが……もしかしなくても理術の行使が原因だろうな。
ってことは、千香華もこの状態になる可能性があるのか? 千香華は俺の奇行を見て、訝しげな表情をしながら話しかけて来ていたが、今は諦めて理術の練習をしている。止めないとやばいな。千香華まで同じ状態になったら全て終わりだ。
俺の体はうつ伏せになって、微動だにしない。口も動かせないし、もちろん手足も動かせない。
これは今考えているのが、メインの思考じゃ無いからだ。メインが体を動かし会話したりしている間に、別の事を考えるだけの思考がこれだ。
もしその思考が体を動かせたりしたら、もうそれは多重人格だろう。俺が寝ている間に勝手に出歩いたり、女性だったりする事は無い。
兎に角今はどうする事も出来ない。千香華が同じ状態にならない事を祈る位しか無い。何とか現状を維持しながら回復を待った)
徐々にだが思考がクリアになっていく。まだ完全とは思えないが、死にたくなるのは止まった。倦怠感はあるしちょっと油断すると、面倒くさいと思ってしまうがな。だが千香華の理術行使を止めないといけない。
「千香華! 理術を使うな。今すぐ止めろ」
「へ? 今度は何? いきなり変な行動取ったと思ったら、いきなり寝るし……寝転んだまま真面目な顔されても、意味が解らないよ?」
俺はうつ伏せスタイルから顔も向けずに、千香華に話しかけている。体はだらけて顔だけキリッである。そりゃ何やってんだこいつってなるわな。
俺は何とか力を込めて、仰向けに成るべく転がった。
「何も異常は無いな? 倦怠感とか鬱状態になってはいないな?」
「は? 異常なのはケイです。以上! なんちゃって」
俺は仰向けになったままの体勢で、千香華に顔だけ向けている。ふざけているようにしか見えないだろうが真剣だ。
「どうやら何時も通りだな」
俺は安堵の息を吐いた。
「へ? あ? 真面目な話なの? ごめん、ふざけてるんだと思ってた。私は特に変なとこ無いよ? どうしたの?」
千香華は声色で俺が真剣な事に気付いたようで、特に異常は無いと告げてきた。千香華は俺がふざけて寝転がっているうちに、寝てしまったと思ったらしい。疲れているんならと、そのまま放って置いたとの事だ。
千香華に俺に何が起こったのか説明すると「それは、かなり危険だね」と言いながら、若干引き気味だった。暫く考えた後、首を傾げて疑問を口にした。
「んー? 確かにそれが使い過ぎでそうなるんなら、私の方が多く使ってると思うよ? 大体一時間くらいは練習続けてるもの……でも何とも無いよ?」
確かに千香華は、俺が動けない間ずっと一人で練習していた。俺はそれをハラハラしながら見ていたのだ。
そして声を出せる様にまでなったのは、一時間過ぎた後……それでも俺と同じ症状は欠片も出ていない。
もしも理術を使うのに何か消耗されるとしても、理解度からいって、俺のほうが効率よく理術を行使出来る筈だ。だとすると後考えられるのは、総量の違いだろうか?
俺と千香華の能力値は極端に違う。理術を使うのにMP的な感じで何か消耗されていて、千香華の方が圧倒的に多いと考えるのが妥当だ。
体から放出して干渉しているから減るのは当たり前だな。完全に失念していた。しかし、使えば使うほど死にたくなるってのは、危険すぎだろう……勘弁して欲しい。
そして俺の考えが正しいなら、以前に似た症状を体験している。設定ノート使用時、体が枯れ生命力までもっていかれた時に、完全に生命力が失われる直前で生命力が戻るのを経験しているが、その度に段々と生きる気力が減った気がするのだ。
つまり、死の淵から戻れる回数と言うのは、理術を使うときに消耗されるものと、同じなのではないだろうか?
それならば千香華の方が総量が多いのも納得できる。
しかし困ったぞ? このままでは危険すぎて、広める事が出来ない。生存率と生活レベルを上げる為に理術を創った様なものなのに、代わりに自殺者が増えるじゃ本末転倒だろう。誰もそんなもの使いたがらないだろうしな。
いまいち本調子じゃ無いせいか、考えがまとまらない。そんな折、千香華が軽い感じで言った。
「それってさ。警告与えるような現象を追加したらいいんじゃない? 理術を使う力……理力でいいかな? 理力が五割を切ったら、体に痛みが走り始める。三割切ったら気絶するとかさ」
「おお、そうか……それなら無闇に使いすぎることも減るし、気絶してしまえば死にたくなってもどうする事も出来ないな。……でもそれって気絶した後はどうなるんだ? 諦めない限りは死なないが、気絶した状態で死んだ場合は、諦めた事になって死んでしまうんじゃないのか?」
「……それはなんとも言えないね。というかそうなった時、怖いよね……」
それは確かに怖い。理術を使えば消滅の危機が近くなる。五割ってのは少なすぎる気もするが、安全から言って妥当だと思われる。しかし、三割で気絶は不安要素が高すぎる。意識がなくてそのまま消滅は、流石に嫌すぎだ。
そういう訳で、五割から軽い痛みが生じて、段階的に痛みが強くなるような設定にすることにした。
それと【看破】で理力も表示出来る様にしよう。最大量の目安ぐらいにしかならないが、有ると無いでは理術を使うのに、向いているか居ないかの判断ぐらいは出来るだろう。
俺は設定ノートに追加設定を書き込んだ。
文字が輝き、受理される。文字の輝きは、思っていたよりも強く光っていた。




