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叙事詩世界イデアノテ  作者: 乃木口ひとか
2章 弱くてニューゲーム?
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幕間 2-17.5


 ある冒険家の手記


 俺は冒険家、申人のシーン。

 この書き出しで冒険の記録を残すのも何度目だろう?

 俺が故郷を旅立ってから一五年の月日が流れた。五つ目の冒険を終えた後、俺は所帯を持ち子供にも恵まれた。しかし俺はまだ目標を達成する事が出来ていない。このまま冒険家を引退しようかとも考えた。だが、燻る思いは消す事が出来そうに無かった。


 そんな折、巳都レーブレヒトに住んでいた俺の耳にある噂が飛び込んできた。冒険者の町ゲーレンに、五年ほど前に設立された冒険者ギルドという組織の設立者が、身の丈二メートルを超える真っ黒い毛並みの狼獣人の男と、申人では珍しい銀髪の男だという事だ。申人は何処かに去ったとの話だが、黒い狼獣人は未だその町に居て色々な技術を広め、冒険者ギルドの最高段位を持ち、無類の強さを誇るという噂だった。

 この人物だと思った。この人物こそ俺の原点だ。当時は知らなかったが、戌獣人では無かったのだな、狼獣人というのは初めて聞いた。

 そんな事はどうでも良かった。俺は歓喜に震えた。やっと会える。あの時の礼を言わなくてはいけない。そして俺の疑問に答えて貰いたかった。


 家族には悪いが、すぐさま俺は旅支度を整え、卯都ウルムから外側に向った先にある冒険者の町ゲーレンに向う為、辰都ハイルブロンに旅立った。


 ハイルブロンへの旅路は順調に進んだ。少し鈍ってはいたが、長年積んだ経験は俺を裏切る事は無かった。俺が本気で逃げれば、俺を補足出来る者など居ない。冒険家生活で身に付けた身のこなしと、危険察知能力は伊達じゃ無い。


 無事ハイルブロンに辿り着き、久方ぶりの暖かい寝床で休む事ができた。しかし次の日の朝、旅立とうとした俺にとって不運な出来事が起こる。

 「革命だ!」「我等に自由を!」と叫ぶ者達が辰都を占拠し、外出禁止、辰都封鎖が行われている。余程上手く根回しをしたのか、今の所戦いにはなって居ないようだが、それも時間の問題だろう。辰の奴等は、良く言えば実力主義、悪く言えば力ある者が正義といった考えの種族と聞く。そもそも王の代替わりの際、前王は新王に例外なく殺されている。これは新王の威厳を高める為に、戦って勝ちそして前王を殺すという昔からの慣習らしいが、聞くところによると今回は少し違うようだ。


 今代の辰王アドルフは辰獣人で強き王である。辰獣人は全種族の中で最も大きく、そして強い。

 今まで挑戦者を五回打ち破り、その全てを無傷で勝ち長く王を務めている。そんなアドルフ王に今回挑む事になるのは、辰人でマグヌスという名前らしいが、とてもじゃないがアドルフ王に勝てる器ではない。体も辰人にしては小さく二メートルに届かない。アドルフ王は三メートルくらい有ると言われているので、まるで大人と子供の戦いのようだ。

 俺としても早々に決着を付けて貰って、早くゲーレンへ行きたいのだから好都合ではある。しかし普通なら正々堂々と決闘を申し込みそれを王が受けるはずなのだが……長引かなければ良いのだがね。



 俺の心配は現実のものとなった。十日過ぎても封鎖は解けず、決闘の日取りも発表されてはいない。一体なにがどうなっているのか解らないが、いい迷惑だ。


 翌日、俺の泊まっている部屋の扉が乱暴に開けられた。飛び込んできた人物は驚く事に身の丈三メートル近い辰獣人だった。細身ながらも強靭そうな筋肉、それに纏われた硬そうな鱗、そして真っ白な長い美しい髭。噂に聞く辰王アドルフその人だった。


 アドルフは「少しの間でいいから匿ってくれんか?」と言いながら無理やりに部屋に押し入ってきた。俺の危機察知能力が全力で警鐘を鳴らす。これはやばい事に開きこまれるぞ……そう思った俺は、なんとか出て行ってもらおうとしたが、アドルフは話くらい聞いてくれと言い居座った。それを聞くと後戻り出来ない予感がした。


 アドルフは、此方の事などお構い無しに話をした。その内容は反乱を起した首謀者と決闘の日取りを決めようとしたが、戦いは望まないとかなんとか言われ、どういうところが悪いとか時代の流れがどうとか言われて「面倒になったから、お主等の好きにするといい」と反乱の首謀者に言った所、決闘をせずに王位が変わったことになり、その上処刑されそうになったとの事だ。

 自分の民を傷つける訳にも行かず、逃げて来たところなのだが、なんとか追っ手を巻いて此処まで来たとの事だった。


 アドルフの身の上が何だか可哀想に思えてきて、脱出を手伝う事になった。本人も既に王位に未練は無く、自由気ままに出来れば、何でも良いというスタンスだった。



 共に辰都を抜け出し、追っ手を退け、卯都に辿り着いた時は、二人とも満身創痍だった。

 アドルフが追っ手を殺そうとしない為、思った以上に苦労した。というか、追っ手を片っ端から殺せばアドルフ一人で逃げられたような気もしないではない。それほどアドルフは圧倒的に強かった。



 今俺達は卯都の宿屋で傷を癒している。傷が治り疲れが取れ次第俺はゲーレンに向うつもりだ。アドルフにもそこに向う理由などを話したら「それは面白そうじゃ、我もその狼獣人とやらの噂は耳にしておる」と言って一緒に付いて来る事になった。




 四百九十三年著 冒険家シーンの手記 六章“辰都での厄介ごと”より




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