2-13
ゲーレンの町から暫く歩いた所に、訓練場のようになった場所があった。ここはマーロウが自己鍛錬に使っている場所らしいが……思った以上に整っている。個人で作ったとは思えない。このヨルグとかいう辰人といい、マーロウは何者なんだ?
「さあ、着いたぞ。早速手合せを願おうか」
「なんでそんなに俺と戦うことに執着するんだ? 理由が解らない」
「理由か? 色々あるんだが……終わった後じゃ駄目か? ……一つは答えてやれる。単に俺が戦ってみたかったって事だ」
そう言ってマーロウは歯を剥き出しにして笑う。はい、バトルジャンキー確定! 俺は何故か昔からこういうのによく絡まれる。こういう時の対処法は戦ってやるか、ずっと逃げ続ける。これしか無い。
ずっと逃げるのは、今回はまず無理だし、精神的に辛いから論外。戦うしかないんだが、こういった戦闘民族の人たちは、本気度センサーでも搭載してるのか? といった具合にわざと負けるとか、手を抜くって事に敏感だ。
負けた場合、「お前の実力はそんなものでは無いはずだ」で万全な時に再戦をとか言われ。勝った場合でも「次は負けない! お前より強くなってみせる」で再戦決定。
そうなると向こうが満足するまで戦うか、諦めるまで逃げるしかなくなる。今回は逃げられないから……あれ? 俺詰んでないかこれ?
マーロウは待ちきれないのか、ウズウズしている。
「それじゃあいくぞ?」
「待ってくれ。戦うのは今回限りでという事でいいか? それと審判とかルールとかは無いのか?」
せめてもの抵抗だ。際限なくやり合うとか、本当に勘弁して欲しい。
「ケイゴが本気を出すんなら今回限りでもいいぞ」
そういってニヤリと笑うマーロウ。一番嫌なタイプだ……面倒くせぇ。
「ルールは相手が降参するか、戦闘継続不能でいいだろう? 審判は必要ない。勝敗は互いにしか解らん。第三者が勝敗の決定をするなど有り得ない」
視界の端に「うんうん」と頷くヨルグが見える。この世界では普通の事なのか? 既に手合せじゃなく決闘なような気がするんだが……。
「ねね? それだと、どちらかが死傷するんじゃないの?」
千香華の助け舟がでる。ナイスだ! 続けて俺も言う。
「それにマーロウ、お前降参とかしないだろ? 戦闘継続不能だって……お前が諦めるような気がしない」
その言葉を聴いてマーロウの纏っている空気が一変したような気がした。
「ほう! ケイゴは知っているんだな? 思う存分遣り合えそうだ。そうだ! 俺は“諦めない”、お前も“諦めない”だろ? ガハハハハ! 楽しくなってきたな!」
やばい! なんかスイッチ入っちゃってるよ! というかスイッチ入れたの俺? マーロウは“諦めない”と言った。もしかして知っているのか? 諦めない限り死なないという事を。これは確認しなくてはならないな。
「一回戦闘不能でいいんだな?」
「五回までは経験があるがな。今回は一回でいい」
確定だな。戦いに身を置いて居たのなら知っていてもおかしくは無いか。
「話は終わりだ。後は戦いで語ろう」
すまんが俺は肉体言語を習得してない。今日何回目になるか解らない溜息を内心で吐き、俺はコクリと頷いた。
寅獣人であるマーロウは武器を持たない。俺と同じく格闘戦主体なのだろう。低く構えギラつく目で俺を見据えている。開いた両手には鋭い爪、歯を剥き出しにした口には牙が生えている。この辺の魔物とは比べ物にならない圧力を感じる。正直怖い! ここで降参したら駄目だろうか? ……駄目だろうなぁ。
対して俺は構えてすらいない。拳を軽く握り、腕をダラリと下げたまま相手を正面に見据えている。所謂、自然体ってやつだ。その姿を見たマーロウは怒りを露に叫んだ。
「舐めているのか! 牙や爪を隠しているのは、俺相手には必要ないということか!」
ええ? そういうことになるのか? 俺は爪とか牙を使った戦い方を知らないだけだし、自然体は相手が何をしてくるか解らない時は、有効な構えだと思うのだが……弱点になる正中線を見せているのは、マーロウにとっては油断や嘲りと映るのか?
「いや、そういう訳じゃない。俺はこういうスタイルなんだ」
「……ならば何も言うまい。こっちから行くぞ」
そう言うとマーロウは真っ直ぐに向ってくる。くっ! 思った以上に早い! あっと言う間に、マーロウと俺の距離は縮まり、マーロウは右の爪を繰り出してくる。
俺は右足を引き、反るようにその爪を避ける。鼻先でチッと音がする。くそ! 掠ったか。掛けていた眼鏡が何処かに吹っ飛んでいった。顔が狼面だったな。もう少し大きめに避けないと……うっ! 左の爪が眼前に迫っていた。今度は屈むように避ける。
だがそこでマーロウの攻撃は終わらない。縦横無尽に繰り出される左右の爪が俺に迫る。上下左右に上体を動かしなんとか防いでいる。しかし避けきれない為、体には一撃毎に裂傷が生じる。
このままではジリ貧だ。爪をまともに食らえば、只じゃすまないだろう。俺は一歩踏み出しマーロウの懐に入り、ショートフック気味にボディブローを繰り出した。ボゴッという音がした。……クッソ硬い。まるでタイヤを殴ったようなという表現があるが、正にそんな感じだ。
「そんなの効かん!」
そう言いつつマーロウは肩を突き出し体ごと俺に体当たりをしてくる。
ドゴォ
俺の体はその衝撃で吹き飛ばされ、風景が凄い勢いで前に流れていく。ゴロゴロと地面を転がるが、なんとか受身をとった。
マーロウは何処だ? 先程までマーロウが居た場所をみるがそこには居ない。
影が差し、はっと顔を上げると、そこにはマーロウの鋭い牙の生えた口が、俺の左首筋を狙って迫っていた。体を捻りかわす。
「ぐああぁ!」
避けきる事が出来なかった……左肩に痛みが走る。首は無事だが左の肩肉を少し持っていかれた。
ぺっ! っと俺の肩肉を吐き出し。血で染まった口でマーロウは言った。
「牙や爪を使わねぇと、俺には傷一つ付ける事は出来んぞ!」
確実に俺よりも能力が高そうだ。思わず【看破】を使いたくなったが、それは失礼だろうと我慢する。左肩の痛みは、段々とましになっていく。自己再生の技能があるためか、先程までの焼け付くような痛みは既に無い。
反則みたいなものだけど、自動なんで勘弁して貰いたい。マーロウは強い、普通に避け切るのはまず無理だろう。
俺は右足を引き、右の拳を顔の前まで上げて軽く握り、左手は前方に下げ拳は作らず軽く開いておく。左半身の構えだが、空手や中国拳法とは少し違う構えだ。
自然体だと正中線が丸見えなので、攻撃を誘い体の真ん中に集中し易い、避ける事が容易であり。此方の攻撃も読まれにくい為、構えを取らなかった。
しかし、マーロウの戦い方と能力の差から、この構えが良いと判断した。傾向と対策はバッチリだ。
それを見てマーロウは目を細める。その目は語る『まだ牙と爪を使わないのか?』と。再び振るわれる爪の攻撃。
パシッ
その攻撃を左手で逸らし、避ける。マーロウは今度は目を見開き驚きの表情だ。
パシッ
左手で逸らし、避ける。簡単なことだ。力を受け流し、軸をずらす。爪の攻撃は弧を描くので力の方向を少し変えるだけでいい。……そろそろか?
マーロウは焦れて来たのか牙での噛み付き攻撃をして来る。しかし俺はそれを待っていた。噛み付く為に出された頭……狙いは顎だ。右で掌打を繰り出す。
ガツッ
一瞬踏鞴を踏むマーロウ、しかし大したダメージは無さそうだ。首も強いし脳が揺れなかったみたいだ。こいつの耐久力はどうなってんだ? それとも俺が非力なのか?
「へっ、効かねぇな」
再び効かないと言うマーロウだったが、その声には若干の焦りが見える。それはそうだろう、自分の攻撃が全部封じられているのだ。先程よりも攻撃が慎重になり攻撃が鈍くなる。その鈍くなった攻撃なら……
マーロウの右の爪での攻撃を左の手で掴み、引く事により体を崩して懐に入る。右腕をマーロウの右腋の下に差し入れ、跳ね上げるように投げを打つ。
「おお?」
ふわりとマーロウの体が浮く。……くそっ! ミスったな。本来投げは落とすように投げるのが正解だ。浮いてしまったという事は、滞空時間が生じるということに他ならない。
マーロウは体を空中で捻り背中から叩きつけられる事はなかった。流石はネコ科だな。身のこなしが素晴らしい。って言ってる場合じゃない。体勢を整えたマーロウが掴み掛かってきたからだ。
「ぐぅっ! ……ああああああああああ!!」
苦痛の声が漏れる。俺のじゃなくてマーロウのだ。
何をしたのかというと、掴みかかってきたマーロウの腕を肩に乗せ、肘の関節を極めそのまま圧し折った。ゴキリと言う音が、耳に近い所ですのるはあまり気持ちが良いものではない。
いくら筋肉が硬くても、関節部まではそうはいかなかったようだ。
しかし、まだまだマーロウの戦意は衰えない。互いに睨み合い一瞬の静寂が訪れる。
「きゃあああ!」
絹を引き裂くような悲鳴が静寂をかき消す。悲鳴がした方に振り向くと、千香華とヨルグに襲い掛かる一際大きく、上半身にだけ鎧を纏ったオークが、棍棒を振り上げ襲い掛かる所だった。




