2-11
ゲーレンの町に居ついて、一週間が経とうとしていた。当初はどうなる事か少し心配していたが順調に事は運び、何でも屋業は上手くいっていた。
卯小屋とは別の食事所からも依頼が来たり、荷物の運搬や配達、草むしり、清掃などの町中の依頼とかも請けるようになった。その中でも一番きつかったのは、牧場の手伝いだった。
マーロウから聞いていたエスケープゴートの牧場なのだが、出荷する為に捕獲しなくてはならないので、その追い込み及び捕獲の手伝いだったんだが。かなりの重労働だった。精神的にな。
この世界の魔物は言葉を話す。それがどういうことかというと……。
「やめて! こないで!」
「おかーさーん! やめてー! 何処につれてくの!」
「近寄るな! くそっ! 追い込まれた!」
といった悲痛な叫びが牧場にこだまする。牧場の娘のクリスティンちゃん(戌獣人十歳)は良い笑顔で嬉々としてエスケープゴート達を追い込んでいっている。もうやめて! 俺のSAN値はゼロよ!
牧場主のオッフェン(戌獣人二十六歳)にそれとなく話を聞いたら「魔物が話すのは当たり前でしょう? そんなの気にしてたら生きていけませんからね」と言われた。
慣れって怖いな……最終的に俺は鋼の心を手に入れることに成功した。因みに千香華は初めから「この仕事楽しいねー」とかいっていた。これが精神力の違いか!
そんなこんなで過ぎた一週間だったが、ある日の朝、千香華がいきなりキレた。俺も我慢の限界だったが、千香華もそうだったのだろう。俺に千香華を止める事は出来ない。気持ちが俺にも痛いほどわかるのだ。
「もう限界だ! 無理! もう無理だー!」
「ああ、俺も流石に限界だ」
「ケイ! 協力してくれる?」
「手伝おう!」
俺と千香華はガッチリと握手を交わす。俺も既に色々準備は出来ている。ただ漫然と糧を得る為だけに、町の外で依頼をこなしていただけでは無いのだ。
俺達の尊厳を懸けた戦いは始まった。……単に不味い飯に耐え切れなくなっただけなんだがな。
この先何年もこの世界に居なければならないのに、あのレベルの飯を食わなきゃいけないなんて耐えられないんだ。
俺達は本来、食べなくても生きていけるのだが、人と混じって生きていかなければならない以上、何も食べない訳にはいかない。必要が無いのに食べているのだ。不味いものを不味いと言えずに、毎日毎日毎日毎日……おっと危ない。暗黒面に引きずり込まれる所だった。ストレスが溜まりすぎると良くないよな?
そこでだ。美味い料理が無いなら作れば良いじゃない! そしてこの世界の料理の水準を俺達の手で上げれば良いのだ。幸い俺達二人は料理が出来る。この世界の材料で可能そうな料理を提案しようそうしよう。
という訳でまずは調理場の確保だ。
「ライナー! 調理場貸して!」
「ええっ? チカゲさん、どうしたんですか?」
「いいよね? 今の時間なら問題ないよね? 貸してくれるよね?」
「は……はい」
俺が思っていた以上に千香華は限界だったらしい。有無を言わせないとは、まさにこの事をいうんだろうな。怯えているライナーには悪いが、きっとこの辺で一番の店になるさ。今は我慢してくれ……。
「ケイ! これお願い」
渡されたのは、昨日のうちにマーロウの所から譲ってもらっていたオークの骨だ。これの他にも色々と譲ってもらう為に、手合せを約束させられたが、背に腹は変えられない。
一番大きな鍋に水を張り、オークの骨をバキバキと折りながら入れていく。
他にも匂いで見つけたニンニクのような食材、葡萄のような色をしているが林檎のような形の果物、多分ネギ科の植物の球根、強いにおいを放つオレンジ色をした葉野菜、地球でいう所のニンニク、林檎、玉葱、ホウレン草に相当するだろう食材だ。全て適当に切って鍋に放り込んで火にかける。
因みにこの世界で火を摩擦で点けたりは出来ない。何故出来ないのか解らないが、いくら擦っても燻りさえしないのは何故なんだろうか? 弱体化する前は殴るだけで手から火が出たのにな……。
ではどうするかと言うと、火種をずっと維持し続けてそれから取っている。今町で使っている火は、百年以上前から燃えている火だそうだ。最初の火は落雷からと伝わっている。ある意味凄いな……だが地球でも原初の火はそんな感じだったと伝わっているからおかしくはないのか。
それを支えるのは、魔物素材の薪だ。これは便利なことに中々燃え尽きない。あの何時までも無くならない蝋燭の謎もこれで解けた。魔物から取れる蜜蝋から作られているそうだ。
閑話休題
ビクビクと怯えながら、俺達のやってる事を見ているライナーが恐る恐る聞いてきた。
「あの……何をやっているのですか?」
「出汁をとっている」
「だし?」
「そう、出汁だ。俺達の故郷では、魔物の骨や匂いの強い植物を煮出す事によって旨みを引き出していた。それを出汁というんだ」
ライナーは他にも聞きたそうな顔をしていたが、千香華に引っ張られていった。先程千香華はランドピジョンという名の、飛ぶ事が出来ないハトのような魔物の肉を切っていたので、唐揚げの説明でもするのだろう。
片栗粉は前から作っていた。主食として毎日食卓にならぶ、ジャグという芋をすりおろす。それを布で包んで水にさらして揉む。さらした水を暫く放置しておくとでんぷんが下に沈むので、上澄み液を捨てて綺麗な水を入れて放置する。これを何度か繰り返して、乾燥させて粉状にすれば片栗粉だ。時間は掛かるが実に簡単だ。
俺はオークの肉とランドピジョンの肉を挽肉にしている。石包丁しか無いので中々苦労するが、粗引きと二種類作った。
初めに普通の挽肉を粘りが出るまで混ぜ合わせ、塩と香りの強い香草と胡椒のような実を砕いて入れる。どちらも薬草を取る時に見つけていた。
胡椒のような実は、此方では硬いうえに、噛むと舌が痺れる危険な実として知られていたが、どう考えても胡椒だった。見つけたときは小躍りしたもんだ。
全て入れて混ぜ合わせて少し寝かせる間に、先程の鍋の灰汁を取っておく。あっ! ライナーに説明してねぇや! と思ったが千香華が説明をしてくれていたようだ。
次に用意するのは絞り袋だ。この世界には当然のようにビニールとかゴムのような物は無い。代わりに使うのはエスケープゴートの胃袋、綺麗に洗って乾かしてある。そこに先程の挽肉を混ぜ合わせた物を入れて絞り袋の代わりにするのだ。
同じくエスケープゴートの腸に胃袋製の絞り袋を使って、挽肉を充填する。留め金も無いので少し歪にはなったが、上手い事充填できたようだ。それを適度な大きさに捻ってぶら下げておけばソーセージの完成だ。
今回は燻す事が出来ないので、ドイツの伝統的なヴァイスヴルスト風にしてみた。食べる直前にボイルすればいいだろう。
「ほぉ」
俺の手際を見てライナーは感嘆の声を上げていたが、こっちは爪で腸を破ってしまわないかとドキドキしながらの作業だった。
「ケイ、油の温度上がったみたいだよー。これ宜しくね」
「了解。スープと盛り付け、ライナーに説明も頼むな」
元々こういった感じで分担しながら料理をしていたので、違和感も無く作業が進む。俺は結構口下手なので、解説や説明は千香華に丸投げしておいた。
次にするのは、千香華が用意しておいた唐揚げとハッシュドジャグを揚げる。唐揚げは醤油など無いので塩唐揚げだ。ハッシュドジャグは片栗粉を作ったときの絞りかす、とサイコロ状に切ったジャグを混ぜて、片栗粉を加え塩と胡椒っぽい実を砕いた物で味を調えてある。既に形も整えてあるので後は揚げるだけだ。
机の上には、少なくともこの町では見たことが無い料理が多数並んでいる。ライナー一家はそれを見て目を丸くして鼻をピクピクさせている。まあ元々目は真ん丸で、表情の変化は解り難いんだけどな。
久しぶりに食べるまともな料理だ。存分に味わって食べよう。




