2-10
町の出口には、最初町を訪れた時と同様に門番などは居らず。自由に出入りが可能なようだった。ただ、近くには物見櫓があり、そこには常に三人詰めているようで一応警戒はしているようだ。
この町にはそれなりに戦力になるような自警団のようなものがあって、交代で見張りしたり、魔物を狩ったりして町が維持されているようだ。
見る限り初めに俺達が襲われた、ドラゴンフライみたいなレベルの魔物が襲撃してきたら、一溜まりも無い程度の危うい平和だと思える。今だけは俺が居るから大丈夫、と言いたい所だが弱体化している今の俺では、あっさりやられると予想できる。なんにしても早く力が戻らないと、この世界は危険だ。
町の出入り口からは真っ直ぐに道が伸びている。サシャが言っていたがこの先には、卯都ウルムがあるはずだ。小説として書いている時には、ちゃんとした地図を作っていない為、地理はさっぱりだ。唯一解るのは、十二支の順番で時計回りに各種族の都が配置されていたってことくらいだ。つまり卯都の隣は寅都と辰都て事だ。文字だけの設定だったから実状は解らないがな。
それはそうとして、道を外れて草原を歩いているのだが、特に危険は感じない。この体になってから元々良かった鼻が異常に良くなっていて、意識すれば特定の物の匂いを嗅ぎ分ける事も苦ではない。
オークも度々見かけるが女が居なければ基本ぼーっとしているだけ(悪態はついてくるが)危険を感じろって言う方が無理だ。遠くには嗅いだ事無い魔物の匂いもする。
嗅いだ事の無い魔物の匂いの方へ行ってみると、鹿のような姿をした魔物の群れを居つけることが出来た。
「お? あれきっと肉美味いんじゃないかなー? 名前は“出世ディア”だよー」
千香華が魔物の解説をしてくれたが、さっぱり解らん。「ホップ、ステップ、ジャンプ! なんだよ!」とか「出世するんだよー」と得意気だ。多分体験させてビックリさせたいのだろう。仕方が無い今日は狩るつもりが無かったが、ちょっとやってみるか。
狼なのに持久力が壊滅的な俺は、低く伏せながら出世ディアの群れに近付いて行った。もちろん風下を取るのを忘れない。大小様々な大きさの出世ディアが居る。大きい奴は立派な角を持っていて、あれに突撃を食らうと痛そうだ。小さいのを狙うのが得策か?
「!」
くそっ! 気付かれたか! 俺は声を上げながら一気に距離を縮めた。
「ガァアアァァァ!」
群れの大半は竦みあがり、身動きが取れなくなったようだ。一番近くて小さい出世ディアに標的を定め襲い掛かった。
しかし、そこに一際大きな出世ディアが、角を突き出しながら割って入ってきた。なんとか角を掴んで受け止める事が出来のだが、俺は重要な事を忘れていた。
「逃げろ! 我が子らよ! ここは我が止める!」
「は?」
「貴様に我が群れの子等を殺らせる訳にはいかん! 暫し我に付き合ってもらうぞ!」
うわぁ、すっげぇやり難い……なんかすげぇ悪者の気分だ。実際あっちからしたら悪者なんだろうけどさ。オークの時もだったが本当に魔物がしゃべるのはやり難い。
暫く力比べになっていたが、今の俺の腕力よりも大きい出世ディアの方が少し強いようだ。膠着状態になっている間に、竦んでいた小さい方の出世ディア達が動けるようになったようで、次々にピョンピョン跳ねながら逃げていく。その間も「父上!」とか「良いから早く逃げよ!」とか飛び交っていて罪悪感が湧いてくる。
一匹を残して全ての出世ディアが逃げ出し、この大きい出世ディアのみとなった。出世ディアが今までよりも強く首を振り、俺は三メートルほど吹き飛ばされる。
俺は難なく着地すると、油断無く出世ディアを睨む。しかし出世ディアはニヤリと笑うとこう言った。
「我の勝ちだ!」
「勝利宣言か? いい度胸だ!」
先程までのやり取りで狩る気は削がれていたのだが、挑発されれば戦意が再び湧き上がる。
今までよりも深く踏み込んだ出世ディア……来る!
上等だ! カウンターで頭を蹴り砕いてやる! と思っていたのだが、予想とは全く違う出世ディアの行動に俺は開いた口が塞がらなかった。
深く強く踏み込んだ奴は、そのままビョーーンと大きく跳躍……というかあれはもう飛翔だ。
大ジャンプをして逃げたのだ。空の彼方に消えていったその姿は、“キラン”という擬音が聞こえたような気がした。
「……はぁ?」
「あはははははははっ……」
顎が外れそうにな程、口が開きっぱなしの俺と、顎が外れそうなほど笑う千香華だけがそこに残された。
暫く経って笑いの治まった千香華が言うには、出世ディアとは“ホップディア”→“ステップディア”→“ジャンプディア”と成長で名前の変わる魔物だということだ。絶対千香華がふざけて設定書いた魔物だな。俺も全部の設定をまだ見て無かったから、度々こういうのが現れそうで怖いわ。
ホップ、ステップまでは普通の鹿系の動物がする程度の跳躍しかしないそうだが、ジャンプまでいくと、その異常な脚力で山くらいは飛び越えられる程の跳躍を可能とするとのことだ。
多分あの魔物も、この辺では食材や服の材料として有用なものだろう。毛並みも良かったし、鹿の角は薬にもなるっていうしな。
いつかリベンジする事を心に誓い、今日のところは町に帰る事にした。




