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瞼に焼け付くような眩しい光が、強制的に覚醒を促す。寝ているときにいきなりライトで顔を照らされた事は無いだろうか? まさにアレだ、遠くに見える光珠を忌々しく睨みつける。夜はゆっくり暗くなるくせに、朝はいきなり真昼間の明るさまで輝くらしい。
昨夜、寝る直前に浮かんだ疑問のせいで寝不足気味の俺は、窓側じゃ無い方のベットで未だ夢の中の千香華を恨めしく眺める。
暫くぼけっとしていたが、二度寝する気も起きず起きる事にした。部屋が二階だったので、階段を下りて水場を探す。中庭に井戸があり、そこには戌獣人のサシャがいた。
「あっ! ケイゴさん、おはようございます。昨夜は良く眠れました?」
「ああ、おはよう。久しぶりにゆっくり出来たよ。ありがとう」
本当は寝不足なのだが、あまり寝付けなかったとか、宿屋の娘に言えるはずも無く、目の周りに隈が出来ていたとしても解らない狼面に少し感謝した。
「あれ? チカゲさんは?」
「あいつは朝が弱いんだ。そっとしておいてやってくれ」
「あははっ、解りました。でも意外ですね、チカゲさんしっかりしてそうなのに」
へ? しっかりしてる? 誰が? 正体を知っている俺からしたら笑える冗談だが、周りからしたらそう見えているのかねぇ。そう考えていたら、サシャが水の入った桶を渡しながら、こう言った。
「なんか怖い顔してますよ? ケイゴさんは、初め怖いって印象でしたけど、そんなこと無いって解りました。でも時々押し黙ってする表情は未だに怖いです」
冗談めかして笑いながら言われたが、なるほどと思った。確かに昔から考え事している時は、眉間に皺が寄ってなんか怖いといわれていたけど……この体になってから、獣の表情の作り方なんて知る訳も無いし、あまり表情が無かったのかもしれないな。よし笑ってみるか。
「ケイゴさん……。笑った方が百倍は怖いかもしれないです」
若干引きながら言われた。ちくしょう! 笑顔が怖いってどうすればいいんだ!
ムスっとしながら顔を洗っていると、サシャがクスクス笑っているのが解った。からかわれているのか? しかし、この子は人懐っこいな。戌人だからか? まあ、不快にはならないしいいか。宿屋の娘だし、物怖じしないのは良い事だと思う。元の年齢から考えると、親と子くらい年が離れている為か不思議と優しい気持ちになれる気がする。
「あっ! 今の笑顔は良かったですよ?」
「なっ……」
不意にそんな事を言われて、言葉に詰まってしまった。それを見てまたサシャが笑う。俺はふと昔を思い出していた。千香華と出会うまで、あまり表情を表に出せなかった俺が千香華に出会って笑顔を出せるようになった頃の事を……そんな千香華は今、光を憎々しげに睨みつけ、ゾンビのような有様で此方にフラフラ歩いてくる。
「あ゛う゛ぅ……太陽が憎たらしい」
千香華、それ太陽じゃないから。
「ケイ……起してくれてもいいじゃない……」
お前どうせ起きないじゃん。
「あっ! チカゲさんだ! おはようございまーす」
そう言いながらサシャが千香華に駆け寄って行った。ああ、千香華に朝からあのテンションはきつそうだな。
ややあって覚醒した千香華は、何事も無かったかのようにサシャに話しかけていた。完全覚醒まで掛かった時間は体感で十分くらいだろうか?
「昨日サシャちゃん達は、町の外に出てたよね? あれは毎日行くのかな?」
「私の場合はプラムの付き添いで、昨日は出ていただけです。町の周りでも採れてた時は、あの子一人で大丈夫だったんですけどね。どれ位で採りにいってたかはプラムに聞かないと……それがどうかしたんですか?」
「いやね、昨日みたいな事があったら危険でしょ? 俺達暫くこの町で、何でも屋でもしようかと思ってね」
「何でも屋?」
「そそー。皆から何でも仕事を請け負って、主にケイが解決するんだ」
「主に俺かよ……」
「うん。だって俺戦えないし! あっ! 町中仕事ならやるよー?」
まあ、弱体化している俺よりも戦え無さそうだしな……能力が盗賊向きか魔法使い向きだし、魔法が無いっていうのは戦力の幅を狭めてるなぁ。何時かどうにかしないといけないか?
「そういうことでしたら、プラムのお父さんに話してみるといいかもしれませんね。後はマーロウさんの所とか……」
「そうだな。そういう人達に声を掛けてみるのがいいか」
「あっ! よかったらお客さんとかにも、宣伝しておきましょうか?」
「いいのー? 助かるよ。ありがとねー」
「任せてください!」
元気良くサシャはそう言ってくれた。本当にいい子だ。
俺達は朝飯のついでにプラムの父親に話をしてみる事にした。朝飯か……昨日の感じじゃあんまり期待は出来ないが、宿代に含まれているし我侭も言っていられないか。
卯小屋の店の扉を開けて中に入ると、元気な声で「いらっしゃいませ」とプラムが声を掛けてきた。
「おはようございます。朝ご飯直ぐに持ってきますね」
「おはよう。じゃあ頼むよ」
プラムは「はーい」と返事をすると厨房に駆けて行った。本来は部屋の鍵を見せて朝飯を出して貰うようだが、鍵を取り出すまでも無く朝飯にありつけるようだ。
朝飯は直ぐに出てきた。朝だというのにやはりボリュームが凄かった。この世界の人はこれが普通なのだろう。
今日の朝飯は、昨日の夜と同じ塩味のスープと……!! まさかあの食べ物に似たものをこっちの世界で食べる事になるとは思わなかった。どうみてもフィッシュ&チップス! 素揚げのような魚に素揚げの芋、もちろん魚も芋も元の世界で見たことも無いようなものだが、ネットで見たあのベチャベチャ感が今ここに!
恐る恐る口に運んだ……すまないがコメントは控えよう。一つ言える事は、少なくとも朝から食べる物では無いということか……うぷっ。
何とか完食して、色々と落ち着いてからプラムに声を掛けた。
「プラム、お前の親父さんに話があるんだが、仕事が落ち着いたら呼んでもらえるか?」
一瞬キョトンとしたプラムは顔を赤らめて「え? そんなまだ早いわ」とか言っているが、違うからな? 千香華に助けを求めるように視線を向けると、ニヤニヤと笑っていたがちゃんと助け舟を出してくれた。
「ちょっとお仕事関係の話で、少し長くなるかも知れないから、お昼の仕込みとか終わった後でもいいですよって伝えてもらえるかなー?」
プラムは自分の勘違いを理解したのか、慌てて厨房に走って行った。可愛くはあるが、あくまでマスコット的な可愛さで、そういう対象ではないのだが……困ったものだ。




