2-7
宿の部屋に戻ってきた。今は千香華と二人きっりだ。ロキはどうしたかというと、あれでも忙しいらしく行かなきゃいけない所があるそうだ。
弟子になってしまった千香華に、あまり多くの事を教えてあげられなかった事を詫びていた。意外と義理堅いのに驚きだ。暇が出来たらまた来るよとか言っていたが、疲れるので程ほどでお願いという言葉は呑み込む事に成功した。
ついでに仕事を押し付けておいた。仕事といっても伝言なので、そんなに負担にはならないだろう。伝言はセトに感謝と謝罪だ。お人好しで苦労症の悪神様には心配と迷惑を掛けているようだし、頭があがらないな。
それと帰り際にロキが変なフラグを建てていった「そういえば! トールちゃんも君たちに興味があるって言ってた。だから今度連れて来るねっ」だそうだ。
あいつの言うトールちゃんとやらは、やっぱりあの神しかいないよな……はあ、嫌な予感しかしねぇよ。
「それで、明日からどうするの?」
なんだか色んな意味で疲れて、ベットでぐったりしている俺に、千香華がそう問いかけてきた。
「明日からかぁ……何か案はあるのか?」
「うん! まずはあの塩味だけをどうにかしたい!」
「は? そっちかよ!?」
この世界でどうして行くかの行動指針のことかと思っていた俺は、思わず突っ込んでしまった。まあ、確かにあれは何時か何とかしないといけないだろうとは思うがね。
この世界の食べ物のことについて愚痴をこぼし続ける千香華を諌めるように俺は言った。
「まあ待て、確かに俺も同じ意見だが、その前にやることあるだろう?」
「なにさ? あれ以上に緊急の案件はないでしょー」
余程堪えているのか、何時もより語気が強い千香華に苦笑しながら、お金の入った革袋の口を広げて前に出した。
「普通にまずは金だろう? 運良くオークが売れたから宿に止まれて、不味いながらも飯は食えた。しかし残金はあと黒貨二十九枚しかないんだぞ? 今のうちに稼ぐ方法考えないと、直ぐに宿無し飯無しになる」
「うっ……そうだね。何をするのにも資金がそれじゃどうしようも無いね……」
理解が早いな、流石は我が相棒だ。「うーん?」と唸りながら考える千香華に先に釘を差しておいた。
「詐欺まがいな事は駄目だぞ?」
「ううっ、解ってるよ。人聞きの悪い!」
千香華はそれが可能な技能を持っている。やろうと思えば直ぐに巨万の富を稼げるだろう。しかし俺達は仮にも神だ。出来るからといって余りに変な事をすると、止める者がいない為、エスカレートしてしまうかもしれない。
「そうだ! ギルド登「この世界にギルドは無いぞ」ろ……えー、無いの? こういう状況での稼ぐ手段のテンプレじゃん?」
この世界にギルドは無い。そのテンプレを排除する為に敢えて作らなかった。つまり異世界サクセスストーリーなんぞありゃしない。
しかも、もしノートでそれを解決しようとすると確実に枯れる内容になるだろう。
そう説明すると千香華はがっくり肩を落とした。
だが、ギルドか……異世界物でテンプレの一つであり、主人公の行動の根源を支えることが出来るシステムであり、その世界の生活水準を上げることが出来るという重要なファクターだ。もしあれば俺達もそれに乗っかって基盤を固められただろう。そう思うと本当に残念だ。昔の俺をくびり殺してやりたい。
けど待てよ? そうか……
二人とも同じ事を考え付いたのかもしれない。顔を上げた俺と千香華の目が合う。
「ギルドが無いなら……」
「作ってしまえばいいんだよー!」
同じ答えに辿り着いた俺達はニヤリと笑いあう。しかし直ぐに千香華の顔が曇った。
「けど、どうやって? お金無いんでしょ?」
「問題ない。方法も考えてる。お金もその過程で手に入るはずだ」
「おお? さっすがケイだー」
厳密に言うとギルドとは職業別組合のことだ。もしかしたら商業組合とかは、設定はして無いけどあるかもしれない。今回は排除してしまった冒険者互助組合つまり冒険者ギルドを自分達で作ろうということだ。
その方法とは、まず冒険者ギルドの概念を広める所から始める“誰かが依頼し、それを請け負う者が居る”単純に言うとこれが冒険者ギルドの根幹だ。それが便利であれば定着して、依頼人が増え、仕事が生まれる。仕事があれば人は集まり、やがて大きな組織になるだろう。
俺達がまず便利屋のように仕事を請けて依頼をこなし、便利なシステムだと理解してもらう。そうすれば依頼も増えていくだろう。そしてその過程でそれなりにお金は手に入るはずだ。
そのお金を元手に人を雇ってもいいだろう。最終的にはよく物語である、冒険者ギルドの形まで持っていって、支部などを作れば、商人護衛依頼なども可能になる。つまり流通もよくなり、世界の水準も大幅に上げることが出来るはずだ。
この考えの良い所はそれだけじゃ無い。他人に感謝される頼られるという所も、俺達にとっては好都合なのだ。前にセトから神力の回復方法を聞いた時『人が神に感謝の気持ちを持っただけでも多少なりとも力が増すことでしょう』と言っていたのを思い出したのだ。
つまり人が俺達に感謝すれば神力が多少なりとも回復し、俺の能力も早く元に戻る事が出来るかもしれないのだ。
まさに一石二鳥! 俺の好きな言葉だ。
考えを一気に話し、どうだ? いい考えだろう? と千香華の方をみるとそこにはベットに突っ伏して眠るロシアンブルーのような青みがかった灰色の猫の姿があった。
今日は色々あった事もあり疲れていたのだろう、姿が戻ってしまったうえに、突っ伏して寝るその姿は何とも言えない笑いが込み上げてくる。
俺は笑いを堪えながら、千香華にシーツを掛けてやり。蝋燭を消して自分も眠る為にベットに入った。
あれぇ? この蝋燭一体、何時間点きっぱなしだったんだ? ほぼ減ってねぇじゃねぇか……新たに湧き上がったイデアノテの不思議に中々寝付けず。こうして二十年目にして初めてのイデアノテの夜は更けていくのだった。




