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焼け焦げた肉とむせ返る血の臭い……爆発によって散らされていて気付くのが遅れたが、知っている匂いが混ざっている。
予感はあった。
この場所の位置関係や未だ遠くに見える川に浮かぶ船団。
既に息絶えた遺体の纏っている装備。大半の遺体が光の粒子へ変換されていっている。
それは船の破壊作戦を行う為、途中で別れたサロメの率いる第一部隊の成れの果てだった。
「……うっ……うう。……サロ……すみま……」
うめき声が聞こえる。
辺りを見回すと、体が半分以上土砂に埋まっているにも関わらず、必死にその先にある“何か”に手を伸ばすヴェロニカの姿があった。
顔の半分は焼け爛れ、片腕は変な方向に曲がっている。
もう片方の腕は土砂に埋もれて……居るのではなく肘から先が存在しないようだ。
「ヴェロニカ! しっかりしろ! 何があった?」
ヴェロニカのした事に思うところはあるが、状況の把握に努めるべきだとヴェロニカに話しかけた。
だがヴェロニカは此方を見ることもなく、ずっとうわ言のように呟き続ける。
辛うじて聞き取れたのは、サロメと第一部隊への謝罪の言葉と『こんなはずではなかった』という後悔の言葉。
懸命に伸ばす手の先を見やると、そこにはサロメが着ていた鎧らしき物があった。
爆発で拉げて胸の部分が大きく抉れている。
もし中身があれば目を覆うような光景だろうが、サロメは既に生きる事を諦め光の粒となり消えている。
そこに残されているのは、サロメという男が居たという“残骸”だけだった。
辺りを見渡せば、同じような“残骸”だけが焼けた血肉の臭いを残し転がっている。
だがその“残骸”は死んで光の粒子に還るこの世界では遺体同じようなものだ。
「おや? まだ生き残っている者がいるとは! それも二人も……おお! それは質の良さそうな鎧ですね。潰して運びなさい」
辺りを充満する爆発跡の臭いで、巳午連合軍が近付いているのに気付かなかった。
声の主は白いローブを身に着けた面長の男だった。ピョコピョコと短い耳が頭の上辺りに動いている。
身体的特徴から午人だとわかった。
午人の男の指示に答えたのは、虚ろな目をしている辰獣人の男だった。
辰獣人は巨大なハンマーを振り上げ、それをサロメの“残骸”である鎧に叩き付ける。
「……!? うわあああああああああああああああああああああああああああああ!」
それまでうわ言を繰り返すだけだったヴェロニカが叫び声を上げた。
辰獣人の男は……正確には男達だ。
同じように虚ろな目をしている辰獣人達は、ヴェロニカの絶叫に意も解さず黙々と“残骸”たちを叩き潰し荷車に載せていく。
その悲痛な叫びは段々と小さくなり、声が聞こえなくなる頃にはヴェロニカも“残骸”だけとなり光の粒子となり消えた。
「おお! また一人神の元へ旅立ちましたね。喜ばしい事です……んんー? 貴方は無傷ですね。王からお借りしたあの兵器で無傷とはありえないのですが……ああ! 仲間を壁にでもしましたか? それとも格好からして軽装ですから……斥候で隊を離れていたとか?」
一人で納得したようにうんうんと頷く午人の男は、ベラベラと喋り続ける。
「しかしそうなると……あのヴェロニカとかいう女は使えない方でしたね! 全員を纏めておく様に言っていましたのに……他にも残りがいるのでしょうか? あれ? 貴方どういう事だって顔してますね? まだ寝返りの話等も聞いていない? なるほどなるほど……では教えて差し上げましょう!」
聞いても居ないのに男は勝手に喋り始めた。
手始めにヴェロニカに接触して寝返りを勧めた事。
ヴェロニカには彼女の出身である辰都の惨状を教え、圧倒的にギルド側が不利である事を理解させたという。
その上で事が終わった後、辰都を辰種族に返す事を約束したそうだ。
男が言うには勿論、嘘なのだがそれを信じたヴェロニカは本当に愚かだと笑っていた。
俺もヴェロニカは馬鹿な奴だと思う。こういう奴がする約束は守られる例がない。
辰都の解放の見返りとして、それなりの戦力を引き入れる事を条件としたそうだ。
そもそもゲーレンの常備軍といっても元は冒険者であり、第一軍の大半はサロメが率いていた元冒険者集団が殆どだ。
特に今回の作戦での精鋭は、全員がサロメの冒険者集団出身者で構成されていた。
勿論ヴェロニカもその頃からの副長であった。
サロメさえ説得すれば殆どの者がついてくるだろう。
だが男が見た感じでは、サロメの説得に難航しているようだったという。
直前にサロメにも接触しているようなのだが、使者は斬らぬとか言ってそのまま帰されたし、正々堂々と言われたそうだ。
サロメも本当に馬鹿な奴だ。常在戦場はどうした? そもそも奇襲のはずなのに……正々堂々もなにもないだろう。
本来は引き入れるはずだった第一軍だったが、午人の男は面倒になってきたようだった。
そこで船からの砲撃で吹き飛ばす事にしたそうだ。
弾は榴弾の様な物で、着弾と共に爆発してとても美しいと語る男の目のは、何かに酔っているように思えた。
ただ一発砲撃を打つと、その反動で船が一隻沈んだのは予定外だったと悔しがっていた。
随分と短絡的な思考だが、元々どちらでも良かったという。
この男が言うには、乗っているのは漕ぎ手の奴隷である辰種族しか乗っていなかったので、損害は無いに等しく砲撃した船自体も実験船らしい。
態々べらべらと話してくれるので、情報のために黙って聞いていたが……他者の命など何とも思っていないこの男の話は聞くに堪えない。
午人の男は、何も反応を返さない俺を何とか生き延び、あの爆発で動けなくなっていると思ったのか近付いてくる。
「そんな怖い顔をしても無駄ですよ。貴方ももうすぐ神の御許へ旅立つのですから……おや? これも質が良さそうです。あの女も役に立たないと思いましたが、こういった形で私達の為になるのですから本望でしょう……お前達! これもさっさと回収するのです」
そういいながら男は、つい先程までヴェロニカが着ていた鎧を蹴り飛ばした。




