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叙事詩世界イデアノテ  作者: 乃木口ひとか
6章 イデアノテ
172/177

6-23



 軽金属の鎧を身に纏い、その鎧の下には鎧そのものよりも強靭さを誇るであろう深緑の鱗。鋭い牙を剥き、怒りを露に食って掛かってくるその辰獣人の女はヴェロニカという名前だったか? サロメの隊の副官を務めていてサロメの信奉者だ。

 どうやらヴェロニカは俺の事が気に食わないらしい。突然現れ一つの部隊を任せられ、その部隊運営方法が認められてゲーレンの要する部隊全ての様式を変える要因になった男……いや、変えなくてはいけなくなったと思っているのかもしれない。

 その癖に自らの部隊をゲーレンに置き去りにして、参謀としてウルム救援軍にしゃしゃり出てくる野心に溢れた男とでも見られているのだろうか?


 多分嫌われている本当の理由は何となく解るんだ……要するに嫉妬だと思われる。しかも功績云々の話じゃなくて、敬愛するサロメ隊長が事あるごとに俺に構うのが気に食わないのだろう? 過去にも有ったからなぁ……と思っていたら、過去に嫉妬で面倒臭かった人物が手を振りながら此方に向って来ているのに気付いた。


「ケイさん! 探しましたよ。軍会議を始めますので来て頂けますか? ……あら? サロメも一緒だったのですね? 貴方もですよ……」


 声を掛けてきた人物……現ギルド本部マスターであり今回の救援軍の総大将であるヨルグだった。ヨルグは俺とサロメに声を掛けてチラリとヴェロニカに視線を向けると直ぐに何かに気付き、困ったような表情を一瞬浮かべた。

 しかし、ヨルグは直後に厳しい顔付きになりヴェロニカを叱責し始めた。


「貴女はこんな所で何をやっているんですか? 隊長及び幹部衆が会議をする事は前もって伝えていたはずですが、その際に副官は自らの所属の隊を隊長から預かり、野営及び警戒の指揮を執るようになっていますよね?」


「え……あの……しかし……」


 狼狽しながらも何か言いたそうにするヴェロニカを一層厳しい目で睨むヨルグは声を荒げた。


「しかしではありません! それに何故貴女は剣に手を掛けているのですか? 冒険者同士の私闘は原則認められていません! それに今は戦時中であり、参謀であり別部隊の隊長のケイ……さんに害意を向けるのであれば拘束しなければなりませんが?」


 そう、ヴェロニカは腰の剣に手を当てていた。それだけで叛意としては十分なものだろう。俺としては別に剣を抜いて切りかかられても脅威にもなりはしないし、何よりも何時も饒舌なサロメが困った顔をして黙るのが面白いから別に構わないのだがな。

 だがヨルグにしたら堪ったものではないのだろう。何せ俺が神である事も知っているし……千香華にもしバレでもしたら恐ろしい事になるとでも思っているかもな。それだけではなく、過去の自分を見ているようで恥ずかしいと言う気持ちもあるのかもしれない。


 ヨルグから言われて慌てて剣から手を離したヴェロニカは悔しそうな顔で此方を睨む。爬虫類の縦裂けの目で睨まれると怖いよな。相手は辰獣人なので女性でも人型の俺よりも背が高いから迫力がある。

 俺が肩を竦めて見せるとヨルグは溜息を吐きながら言葉を続けようとしたがそこにサロメが割って入った。


「申し訳ございませんヨルグ様。この度の事は私の監督不行き届きです。解っていながら同行を許し、好きにさせていたのは私の責でございます。ケイもすまなかったな……こいつは少し気が強すぎるのだ。突然の事で止めるのも遅くなって申し訳ない」


 嘘つきだな……サロメは解っていて止めなかったのだろう。俺がどう対処するのか試すのと……あわよくばヴェロニカの鼻っ柱を折らせるつもりだったんだろう? 過去にも同じような事されたしな……六十年以上くらい前かなぁ。なあ? ヨルグ。といった感じでヨルグを見るとすっと視線を逸らされた。

 ああ、うん。解っているんだな? いや、あれはマーロウも悪かったし、そんなに気にする事無いぞ。


「そうですね。部下を制御できないのは上官の責任です。第一部隊長の任を解き……」


「そんな! 私がしでかした事です! サロメ殿は関係ない!」


「……最後まで聞きなさい! 解任と言いたい所ですが、敵は直ぐ目の前です。今からサロメを降ろすと士気に関わるでしょう。ですから……この戦争が終わったらギルド会館の全トイレ掃除を一ヶ月して頂きます」


 若干意地悪そうな顔をしながらヨルグがそう言うと、サロメはほっと息を吐いた後、何かを数える素振りを見せて心底嫌そうな表情をした。

 本部ギルド会館は、昔と違い大層広い。五階建てで各階に三箇所、中庭の訓練施設にもあるし、併設してある酒場やその他の施設にも存在する……二十箇所じゃきかないんじゃないのか?

 俺だったら部隊長を解任される方を選ぶ。間違いなく!


 それでも納得がいかないのはヴェロニカだ。自分のせいで敬愛する人物が罰せられるのを黙って見ている訳には行かなかったのだろう。


「違う! 罰するのなら私を! そもそもこの男がサロメ殿の……」


「サロメ! 止めるんだ!」


「まだ解らないのですか! 貴女を罰する場合は拘束しなければならなくなるのです! それを解っているサロメが庇ったのに無にするつもりですか? 貴女が不用意な事をすれば、貴女が尊敬する人に迷惑が掛かるのです。その意味を良く考えなさい! 貴女の信じる人は他の誰かが現れたぐらいで色褪せるものなのですか?」


 ヨルグの一喝に、ヴェロニカは苦虫を噛み潰した様な表情をする。そして不承不承といった感じで頭を下げる……サロメに向って。


「申し訳ありません」


「いや違うだろ! 俺に謝ってどうする!?」


「サロメ殿にご迷惑をお掛けしたのですから……」


「ヴェロニカ!」


 サロメに怒鳴られヴェロニカは此方の方に向って頭を下げる。しかし全然謝っている様子ではなかった。寧ろ頭を下げているのはヨルグに向ってだし……。


「……チッ!」


 舌打ちまでしやがったよこいつ……。


「おいぃぃぃ! ヨルグ様申し訳ありません! こいつにはよく言って聞かせますので……ケイも本当に申し訳ない! 後日改めて詫びは入れさせるから今回は勘弁してくれ……」


「何故サロメ殿がこいつに謝らなければな……え? サロメ殿? 何故私の首根っこを……待ってください! まだ私は……」


 ヴェロニカはサロメに引き摺られるように連れて行かれた。寅人のサロメよりも辰獣人であるヴェロニカの方が体格は大きいので正しく引き摺られて行くような形だ。


「……はぁ」


 思わず溜息が漏れる。周りに居た冒険者達も面倒事に巻き込まれるのは嫌だったのか遠巻きに此方を見ていたが、彼等の雰囲気もやれやれといった具合に見える。

 俺はチラリとヨルグに視線を向けるとヨルグはビクッっと身体を刎ねさせ他の冒険者に聴こえないぐらいの小さな声で言ってきた。


「あの……なんかその。すみません……」


 ヨルグは表面上には平静を装って、しかし声は本当に申し訳ないという気持ちがありありと出ていた。少し怯えているような声色にも聞こえるのだが、これはヨルグが俺の事を神であると知っているからなのだろうか? それでも周りの冒険者に気付かせないようにしているのだから流石だと思える。


 別にヨルグが謝る事じゃ……ああ、ギルドマスターとして部下を掌握出来ていないとそういう事になるのか?

 要するにお忍びで来た会長にその事を知らない社員が失礼な物言いをして怒らせて、その事について社員の教育がなっていないと社長が叱責されるとかそんな感じか?

 いや別に叱責したりしねぇよ。イデアノテに住む人々は良くも悪くも直情的な者が多いし、マナーや上下関係、常識に疎い者が多いしな。

 ギルドの創立者で神だといっても俺自身があんまり自覚の足りないというのもあるんだ。一々、目くじらを立てていてもしょうがない。一人一人の動向や性格を把握しろってのは幾らなんでも酷だろう?


 そういった事を小声で伝えると、ヨルグは少し安心したかのように安堵の溜息を吐いた。

 だが俺も人間だ……いや元人間か? 今は一応神だしな。まあ、多少ストレスを解消したくなってもおかしく無いだろう?

 そこで俺は少しヨルグに意地悪をしたくなったのだ。


「ヴェロニカは昔の“誰かさん”みたいだな」


 只一言、何気ない様に言ったのだが、嫌味っぽくなったかな?

 ヨルグには自覚があったのか顔色を悪くして消え入りそうな声で「……申し訳ありません」と言って見るからに項垂れてしまった。


 俺としては、だからこそあの二人を悪く思う事が出来ないのだが……あれ? ヨルグ? ヨルグさん? ずっと項垂れたまま動かないのは何故だ?

 罪悪感に苛まれた俺は、軍会議の時間になるまでヨルグにフォローを入れる嵌めになった。ある意味自業自得なのは解っている。




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