6-22
ご無沙汰しておりました。
物語の展開など色々見直したり、私的事情が重なったりなどで更新が滞ってしまって申し訳ありません。
不定期ではありますが、更新は続けて行きたいと思っておりますので、気長に待って頂けると幸いです。
二万の軍勢が卯都ウルムを目指しひたすら走る。本来は、走り続ける行軍などありえない。なぜならば戦場に辿り着いた時に『疲労困憊で戦えません』では話しにならないからだ。
しかし、俺達の作り上げた組織の冒険者ギルドに所属する冒険者はそんなに軟ではなようだ。
過去に俺が冒険者達の訓練をしていた頃、初めにやらせた事は兎に角走らせる事だった。体幹を鍛えるのに走る事は欠かせないという理由もあるが、当時大量に冒険者志望の者が集まり、ほぼ一人で教官をしていた俺は手が足りず全てを見る事が不可能になっていた。そこで考え付いたのが『走らせている間は手が空くじゃないか』という……サボりじゃないぞ? 組み分けして数組走らせている間に他の者に指導したり座学を行ったりしていたのだ。
愚直で真面目なこの世界の人々は、最もらしい理由を説明して理論まで付け加えると尊敬の眼差しを向け納得してくれた……騙している訳じゃないが、何故か罪悪感を覚えたのを記憶している。
だがやはり各個人で(種族的なものかもしれないが……)走る速度に差異が現れる。出来れば纏めて指導したい俺は、速く走れる者にはハンデを付ける事にしたのだ。初めのうちは自らが普段から身に纏う装備を着用させ武器まで担がせて走らせる。
それでも足りなければ十キロの重りを……最後の方は自分の体重と同じぐらいの重りを着けて走らせるという暴挙に出たのだが、元々脳味噌が筋肉気味のこの世界の人々は、疑う事無くそれをこなし、いつの間にか昇級試験の条件にまでなっていた。
「お前等! 疲れを残さないようにしろよ! 整理運動はちゃんとやっておけ」
前方で寅人の男が他の冒険者に声を掛けている。どうやら現在の訓練教官を務める者らしい……冒険者は引退しているが、今でも戦えるぐらいには鍛えているのだろう。息切れ一つ起していない……というか他の冒険者も息切れも起さず黙々と柔軟やマッサージをしている所を見ると、この程度は普通の事なのだろう。
訓練メニューの元を作ったのは俺だけど五十年以上経った今でも続けていて、冒険者達を鍛えていると言うのは何だか不思議な気分だ。
「おう! ケイ! お前も身体をほぐしておけよ。まあ、あのアドルフさんが居るギルドの出身ならこのくらいでどうこうなるような鍛え方なんてして無いと思うが、ウォーミングアップとクールダウンは重要だ! あの英雄ケイゴ様が考案して広めたものなのだが……」
本部訓練教官のサロメとはここ数日の行軍で仲良くなったのだが、兎に角話が長い……特に訓練の理論の話や、それを広めた英雄の話となると実に長い! その英雄が俺自身なのが本当に性質が悪いというか……どう反応を返していいのかとても困る。“ケイゴ名言集”なる本まで出版されているようで、それを引用までしてくるのだ。確かに似たような事は言った記憶はあるが、それをこうも目を輝かせながら話されると恥ずかしくて仕方が無い……黒歴史と言っても過言じゃないが、俺は今人型で“ケイ”という名前のモルデカイ支部桃源郷出張所の出身冒険者なので否定する事もできやしない。
サロメ自身悪い奴じゃないし、面倒見が良い訓練教官で冒険者達の信頼も厚い。勿論ギルドとしても信頼に値する人物だ。今回のウルム救援軍の第一部隊隊長に任命されている。
そんなサロメも他の者と一緒に走って行軍している。それどころか総大将であるギルドマスターのヨルグも走って行軍……一応参謀扱いの筈の俺も同じくだ。
いや、おかしいのは解っている。全速力で最高指揮官を含む全てが走る行軍なんて……二万人を超える大マラソン大会とか頭がおかしいとしか思えない。
一応全軍が此処に居る訳ではないから全てというのは齟齬があるかも知れない。当初出兵する総数の内、一万は輜重兵とその護衛であり、後詰めとして通常行軍速度で向っている。理術車――理術で動く荷車――と普通の荷車で食料及びウルムへの支援物資を運んでいる。
それだと先行して走る本隊の軍事物資はどうするのか? という事になるのだが、そこは俺が共に行く事になって解決した。俺が連れているオブサロリスのロリスが全ての物資……二万人を一月養えるほどの食料及び野営用の天幕や予備の武器等を収納可能だった為に……。
他の冒険者にもオブサロリスを連れている者は居たが、そこまでの容量は無く精々食料に換算して十人分を五日程と言った所だろう。
これはオブサロリスの中に存在する同族……様は家族縁者の数が多ければ多い程、その容量が増える為らしい。オブサロリスは強き者に寄生して生き延びる魔物であり、その寄生主が強ければ安心して生めよ増やせよと、その数を増やすという事らしい。
それなりの強さの寄生主では一家族分すら増える事も稀な事で、その容量を見た他の冒険者達が、絶句して口が開けっ放しになった時には少し焦ったものだ。
これでもサナトに株分けならぬ“集落分け”を行いオブサロリスを引越しさせたのだが……また匹数が増えているようだ。いったい何匹になったのか知りたい様な知りたく無い様な……。
因みに俺の連れているロリスはサナト以外の下へ“集落分け”される事を拒んだ。サナトの下へ行った奴からは他の魔物へ“集落分け”する事もあったのに、何が気に食わないのかこいつはそっぽを向いて頑なに拒む。
勿論、千香華に分けようとしても同じ反応だしな。いや千香華の場合は、それよりも酷い。千香華に相対したオブサロリス達は一様に目を逸らし、怯えている様に後ずさりするのだ。様にというより怯えているんだなあれは……サナトからヴァレンスに下賜されたオブサロリスも千香華を主として認めなかった。
何か理由はあるんだろうが『いいもん! ケイが連れてるロリスちゃんが居るし、悲しくなんかないよ!』いじける千香華は少し可哀想だった。なんだかんだ言っても千香華にしがみ付いている事もある俺のロリスは、千香華も主と認めているのでは無いのだろうか? って事は怯えている相手は千香華じゃなくて……。
俺は今夜の野営用の資材を袋の中から取り出しているロリスに視線を向けた。その視線を感じ取ったのかロリスは俺を仰ぎ見て『何?』といった風体で小首をかしげている。
……いや、まさか……な。ロリスの様子を見て、それは無いだろうと一つの過程を頭から追い出すべく頭を振った。
「……って事だ! どうだ! 英雄ケイゴの教え広めた理論はこうして冒険者達を今でも護っている! 素晴らしいだろう?」
野営地が決まりそれぞれの部隊に資材を置いて行く間、ずっと語りかけてくるサロメが言葉を締め括り、同意を求めてくる。俺は出発してから何度言ったか解らない台詞を返した。
「すまん。聞いてなかった」
「ぬ? そうか! 聞いてなかったか! がははははは! 大丈夫だ! ケイはその理論をちゃーんと理解している。俺が言うのだから間違いない! それどころかより高度なレベルで実践しているのも……」
めげないなこいつは……何度素気無く扱っても手が空けば何時も話しかけてくる。話している内容はそれなりに面白いのだが、兎に角長いのと“英雄ケイゴ”へのリスペクトが心酔レベルまでなっているので、本人である俺からしたら勘弁して貰いたいの一言に尽きる。
今も“常在戦場”の心得を説きながらも初代ギルド戦闘指南役……つまり“英雄ケイゴ”の事を褒め称えている。
後半日やそこらで戦闘域に到着するというのに“常在戦場”はどうした! ……と言いたい所だが、このサロメという人物はこんなに暑苦し……熱心に語っていても常に周囲の警戒は怠らず、何時戦闘に移行しても良いように気を張っている。流石に人に心構えを説く立場だから、自らが出来ていませんじゃまずいよな。
一言で言って面倒臭い! それよりも更に面倒臭いのは、サロメの後ろに付き従っている人物だった。
「貴様! 聞いているのか! サロメ殿が話をしているのに何だその態度は! 何様のつもりだ!」
神様です。とか言ったらどうなるんだろうな……まあ、言わねぇけど。




