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叙事詩世界イデアノテ  作者: 乃木口ひとか
6章 イデアノテ
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6-19



 幾ら種族で性格を設定していても、彼等はプログラムに従って動く機械ではないのだ……この世界に生きる者達なのだから、各個人の経験した事によって性格も変わる。


「そうか……色々聞かせてくれてありがとう。もう戻っていいぞ」


 マルセルはビシッと敬礼をして、部屋から出て行った。



 俺はここの所ずっと一つの思考をある悩みの為に割き続けていた。千香華とヨルグが後押しをしてくれたが、未だに悩み続けている事がある。


 この戦争……人と人の争いに“神”が介入しても良いものなのだろうか?

 マルセルの話を聞いて、辰都を取り戻す手助けをしてやらねばと思う反面……俺の創った設定から独自に歴史を紡ぎ始めた、この世界の成長に不用意に手を出すべきではないとも思えるのだ。

 色んな種族が存在し、それぞれ色んな考えの人が出てきて……自らの利益を求め、若しくは生き残る為に戦うというのは、自然な流れでは無いのだろうか? 俺達(神々)のエゴで片方に味方するのは……消滅した他の世界の神(ナイトハルト)と同じで“自分の思い通りに世界を動かしたい”という傲慢なのではないのだろうか?




 思考がループに入りそうになった時、ノック無しで扉が開かれた。この部屋にノックせずに入ってくるような人物は一人しか思い当たらない。


「やあやあー、ご機嫌はいかがかなー大隊指揮官殿ー?」


 軽く手を振りながら部屋に入って来た千香華は、何故かドイツ式の軍服のような物を着ていた。


「副指揮官殿はご機嫌なようだな……その服は?」


「え? 何となく……流石にハーケンクロイツは付けてないけど、雰囲気でるでしょー?」


 千香華が帽子を取ると、その長い銀髪が帽子の中から零れ落ちる。人だった頃の千香華は綺麗な黒髪をしていたが、今の銀髪も悪くないと思う。黒っぽい軍服に銀髪は良く映える。綺麗な髪だな……と、ぼーっと眺めていると千香華は俺の前までやって来て、自らが被っていた帽子を俺に被せた。


「……ケイは帽子似合わないね! お揃いの軍服も悪くないって思っていたのに……」


 それは当然だろ? 今の俺は人型をしているが、頭に耳があるんだからな? 帽子が微妙に浮くし、人だった頃にも似合わないって言われていたのに、顔のベースが変わらないんだから似合うわけが無い。

 残念そうな顔をした千香華が、手を軽く振ると頭の上から帽子の感触がフッと消える。千香華の能力でそこに有ると認識させていただけのようだ。なんとも便利な能力だなぁ……羨ましい。


「……それで? 何か用があったんじゃないのか?」


 見惚れていた事に気付かれると面倒そうだと思った俺は、話題を変える為にワザとつっけんどんな言い方をするが、千香華のニヤニヤした顔を見ると無意味に終わったとすぐに解った。

 表情はそのままだが、どうやら話題の変更には乗ってくれるらしい。


「用っていうかねー……ケイの事だからまだ悩んでるんだろうなーって思って……」


 中々痛いところを突いてくるな……今現在でも千香華と話しながら、別の思考はグルグルと同じ所を巡っている。


「……その様子だと図星みたいだねー? 前にも言ったかもしれないけど……ケイは、考えすぎなんだよー。しょうがないんだよー引き受けるって言ったんだから……それじゃ駄目なの?」


 駄目じゃない……自分達が設立したとはいえ、冒険者ギルドの現ギルドマスターの指名だ。冒険者の俺はそれに従う義務が発生する。

 ギルド支部がある都や町が外敵にさらされた時、ギルド本部は他の支部の冒険者と共に協力して、外敵から人々を護らねばならない。魔物だけではなく外敵が同じ人族であってもだ。

 これはギルド支部を設立する時に各都の王にも了承を得ている。つまり『他の種族に喧嘩売るんならギルドは敵に回りますよ』と暗に脅しをかけている事に他ならない。

 戦争を起さない為の抑止力という面もあるが、何時かこういう事が起きた時のため……そう思っていた。戦争を起す奴等なんぞ、神罰を与えてやるぐらいに思っていたのは確かだ。

 恥ずかしい話だが、俺も初めの頃は“所詮自分の創作物”という考えが無かったとは言えないのだ。


 何も答えない俺に、千香華は溜息を吐きながら言う。


「……ケイは気付いてる? 午種族と巳種族があまりに手際が良すぎる気がしない?」


「ああ、それは俺も思っていた……この世界で戦争は一度も無かったはずなのに、戦争のやり方を知っているような……」


 戦争のやり方を知っている? 戦争が無かったこの世界で戦争の知識を持っているのは、俺と千香華ぐらいなものだ。例外として湯幻郷の岩人と森人が居るが、彼等は戦争を憎んでいる……その可能性は、ほぼ無いと思っている。

 人族にはギルドを通して、戦い方とその心構えは教えた……仲間との連携の取り方もギルドでは必須科目と言っても良い。

 だが、多人数同士の戦闘知識は教えていない。唯一教えたのは魔王サナトクマラだけだ……サナトからその知識が人族に伝わる事は絶対に無い。

 では“誰が”戦争の知識を教えたのだろうか? 午と巳だけに……。


「そう……戦争の知識を“誰か”が教えた。その“誰か”は、戦争をした事があるんだろうね……」


 千香華は何時に無く真剣な表情だ。


「これは私の“勘”なんだけどね。私達以外の神が関与している……とまでは言えないけど、少なくともこの世界以外の者が関わっていると思うんだ」


 こういう時の千香華の“勘”はとても良く当たる。俺の曖昧な“嫌な予感”とは違い、明確なビジョンが浮かぶ事があるらしい。それは今までの経験測だったり、ふとした思い付きだったりするが、的中率は思いの外高い……人だった頃ですら八割を超える“勘”が、神になった事によって極端化されているとすれば……それはもう予言に近いのでは無いだろうか?


「それは数年前、午都に神が降臨したと噂になっていた事と関係があると見るべきか? ……あの時は、あの女の子とロキを探す事しか頭に無かった。俺の失態だな……」


「そうだね……ケイのミスだよ。神と言っても私達は元人間でミスを犯すんだ! だからケイは責任を取らなきゃいけない! 今、確信したよ……この戦争はこの世界での順当な争いじゃない。ケイは神としてもこの戦争を終結させなくてはいけないんだ! 悩むのは後にしよう? もし私の“勘違い”なら、責任は私にもある。その時は一緒に後悔して悩もうよ! 私とケイは二人で一柱の神なんだからね」


 少しきつい言い方だが、別に俺を責めているという訳ではない。

 千香華に諭されて、俺は漸く一つの思考を閉じる事が出来た。千香華にはいつも心配をかけて、フォローしてもらって……頭が上がらないな。軽く苦笑いする俺に千香華は一つ付け加えるように言った。


「あっ! でもケイみたいに長く悩む事は出来ないよ? 私は悩む事が苦手だからねー」


「その通りだな……悩んでいる千香華なんて想像できない」


 千香華は頬をぷっくり膨らませて怒ったような口調で言葉を返す。


「ぶー! それはどういう意味だよー! 私だって人並みには悩みますー……いつの間にか悩んでいた事を忘れるけどねー」


 俺は笑って千香華の頭にポンポンと手を置く、感謝と謝罪の意味を込めて……。




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