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叙事詩世界イデアノテ  作者: 乃木口ひとか
6章 イデアノテ
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6-11



 取り敢えずヴァレンスを落ち着かせヤーマッカに話を聞くと、ちゃんと事情は説明して連れて来たと言っていた。この部屋に入るまでは使命に燃えて誇らしげな表情をしてたという。それが部屋に入った途端にこれで、ヤーマッカも意味が解らないと首を傾げている。

 これは本人に聞いた方が早いだろ? そう思った俺はヴァレンスに声を掛けた。


「なあ……なんでそんなに怯えているんだ? 謝られる理由も特に思い浮かばないんだが……」


「そうだよー。ヴァレンスどうしたのー?」


 俺と千香華の言葉にヴァレンスは顔を上げて目を丸くしている。


「へ? ワシは殺されるんじゃねぇんですか?」


「なんでー? グンドルフが反逆罪だから血縁者も……って事? それは無いよー。それとも叔父が捕まって恨みでも持ってる?」


 千香華は意地悪そうな顔をして笑う。この状態でそれは酷だろ……冗談だと解ってもさ。

 ヴァレンスは正座のまま、両手を胸の前で高速で振って否定を表している。手が大きいから微妙に風が伝わってきてるぞ? どれだけ高速で動かしているんだよ……。


「いえいえいえいえいえ! 滅相もございません! 叔父は自業自得だ、です! 昔から威張り散らしていて……いえ! あのような方なので、ワシもざまあみろと……ゴホン! 兎に角です! その事はヤーマッカ様から聞き及んでおりますので、申し訳なく思う事はあれど、恨む等という事はまず有り得ません!」


 嘘は言っていないな……心の底からグンドルフに『ざまあみろ』って思ってるのが伝わってくる……あの阿呆は身内にまで嫌われてたのか?


「じゃあ何故殺されると思ったんだ? あの事をもう誰かにバラしたとか?」


 ヴァレンスは“あの事”というのに反応して大きな身体をビクつかせる。話したのかな? まあ、あの程度の口止めじゃ効果はあんまり期待していなかったが……早すぎるだろ? と思ったがそうではないらしい。


「いいえ! その事はまだ誰にも話してねぇです! この先も話す事は無いです……」



 ヴァレンスが殺されると思った理由は、部屋に入った時に俺、サナト、千香華の順番で並んでいるのを見て、俺+千香華=サナトと見た目で気付いたらしい。というか……普通に気付くよな? 肌と目の色は俺と同じで目付きは俺に似ているし、髪の色は千香華と同じで顔立ちは千香華にそっくりだ。今まで誰も気付かなかったのがおかしいと思える。

 だが、その理由は単純な事だった。この世界の人族は両親の特徴を受け継がず、片親の特徴を継いで生まれてくる。しかし魔物は例が少ないとはいえ、ハーフになる事があるようだ。多くの魔物はその事を知らないが、ヴァレンスは何故か知っている。

 どうして知っているのか問うと、ヴァレンスは言いにくそうにしながらも自らの真っ赤な髪を掻き分け、額に生えた二本の小さな竜角を見せ「ワシの母はマンドレイクだそうです」と自嘲気味に笑った。髪で隠れた首の後ろには竜鱗もあり、火も噴けるとの事だった。

 昔からその事でグンドルフには『汚らわしい半蜥蜴が!』と馬鹿にされていたようだ。


 ヴァレンスは、今までの自分の口の利き方や馴れ馴れしい態度を思い出し、魔王の父だけではなく母にも不敬を働いた事と“魔王がハーフである”という重大な秘密に気付いた事で口封じで殺されると怯えていたそうだ。

 どうやら全てではないが、魔物はハーフを下に見る傾向があるようだ。厳密に言うとサナトはハーフでは無いのだが、それを説明するのには俺達が神であることも説明しなくてはならなくなる。

 魔都の絶対的な支配者である魔王サナトクマラがハーフだった! なんてゴシップみたいな内容だが“権力者の弱みを知った者は消される運命にある”と思い込んでいるようだな。


 突然部屋中にサナトクマラの笑い声が響く。ヴァレンスは何事かと目を白黒させ、驚きを隠せないでいた。


「はははははは! なんだ……そんな事で殺されると思っていたのか? ハーフ? 結構な事ではないか! 我は父上と母上の息子である事を誇りに思っておる。父上の良い所と母上の良い所を受け継ぎ我はある! 何を恥じる事があるというのだ? 貴公も我と同じではないか! 心配しなくともそんな事で下に見られるような都にはせぬ……胸を張って生きよ!」


 サナトの言葉にヴァレンスは目に涙を貯めていた。徐にヴァレンスはその涙を拭い去り、立ち上がって胸を張る。そして誇らしげに張られた胸に右の拳を叩きつけるように当て、深く頭を下げた。


「魔王軍第一団団長の任、謹んでお受けいたします! この命は魔王様と共に!」


 おお? なんか上手く纏まったみたいだな。俺は風理術と水理術を使って、ヴァレンスの前髪を後ろに流してやる。髪に隠れていた小さな角は、ヴァレンスの額でその存在を誇らしげに主張する。今まで隠され居心地の悪そうだった小さな角ではない……それは今のヴァレンスの表情と相俟って立派な角に見える。


「もう隠す必要は無いだろ?」


「そうだね! ヴァレンスは、そっちの方が格好良いよー」


 ニヤリと笑う俺と千香華。ヴァレンスは照れくさそうに頭を掻いてしまい髪型が崩れ、それを慌てて直してから笑顔を見せて言った。


「おう! ありがとよ! ……ございます。御尊父様、御母堂様」


 ずっと思っていたが……ヴァレンスは敬語が下手だな。俺も人の事は言えねぇけどさ。


「うむ! 良い面構えだ!」


「左様でございますね」


 これにて一件落着な流れだったのに、千香華が思い出したように手を叩いた。


「あっ! そうだ! これを機にサナトもハーフ(みたいな物)だと発表してしまえば、ヴァレンスの就任に文句言う者が減るんじゃない? そうしたら他の肩身の狭い思いをしていたハーフ達も立場が改善されて、一石二鳥!」


「ですが……それだとお二人の事もバレますが……宜しいのですか?」


 ヴァレンスが心配そうに俺達を見つめる。だよな? そうなればヴァレンスのように気付く者も増えるだろう。そうなればまた面倒な事になりそうだし、初めから名乗った方が都合が良いだろう。けどなぁ……。


「いいのいいのー。隠してた一番の理由って大した事無いからねー……ねぇケイ?」


 千香華はニヤニヤしながら俺に話を振ってきた。俺は苦笑を返しそれに答える。


「ああ、大した理由じゃねぇよ……サナトの親だとバレると、皆が今のヴァレンスのような微妙な敬語で話しかけて来るだろ? 面倒臭いじゃねぇか……ただそれだけの理由だよ」


 本当は、権力の事とかの面倒事も理由にあったが、一番の理由は“俺が面倒臭い”って事には変わりない。

 微妙な敬語と言われたヴァレンスは、複雑な表情をしていたが本人も自覚があるようで「申し訳ありません。勉強いたします」と言われた。

 俺としては前みたく気軽に話しかけてくれた方が良いんだけどな……。職務中は仕方が無いにしても、それ以外では普通に喋るようにさせようかな?


 各地から魔物達はまだ集まってきてるし、俺の仕事は増えたし……。今日は溜息ばっかりだなぁと考えながら、俺は大きな溜息を吐いた。




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